第十二話 逆鱗ツィーラと始まりの同盟
「長瀬様! 賭け事は良くありません!!」
普段は大人しい印象の**ツィーラ**が、驚くほど激しい剣幕で長瀬を責め立てた。声は宿屋の一室に響き渡り、周囲の客の視線を一斉に集める。
——ツィ……ツィーラ?
すまん、少々戯れが過ぎた。けれど、世の為人の為に戦っているんだ、多少の恩恵ぐらいあっても……
ツィーラの肩が震える。師としても恩人としても尊敬している長瀬が、平静を保とうとしながらも平謝りしている。それでも怒りは収まらない。烈火の如き激昂だ。
「なーがーせーさーま!!
世の為人の為と言いながら、己の為だけに善良な市民を陥れても良いとでも言うのですか? そもそも金策に賭け事を発想する段階で良くありません!!」
(ま、不味い……これは、アレか。
セクンダの正義感が思ったよりも強力な上にツィーラも同調してるのか。)
長瀬は完全に委縮し上手く言葉も出ない。身振り手振りで必死に取り繕う。だがツィーラの剣幕は止まらない。視線を辺りに飛ばし助けを求めるも、身体の無い幽霊のような存在に助け舟を寄こせる者などいない。そもそも、見物人たちには長瀬の姿は見えない。霊感の鋭い者がいたとしても、ツィーラが怒鳴り散らしている空間が僅かに揺らいでいる程度にしか見えないのだ。もはや万策尽きて、叱られた子猫のように身を縮めるしかなかった。
霊体であるはずの長瀬が正座させられている光景は、何も知らぬ者から見れば奇妙そのものだ。薄ぼんやりとした影に向かって激しく激高するツィーラに、客たちは「何事か」と囁き合い、先に雇った兵士も遠巻きに様子を窺っている。下手をすれば、彼女が突然に気でも狂ったのか、または気に食わない事でもあって癇癪でも起こしたのかとも思えてしまう。
このままではツィーラの外聞にも良く無い。何とかしなければ。
そう長瀬が思ったその時、見知った声が戸口から響いた。
「……おい。お前、何やってんだ?」
ツィーラが振り返ると、そこには見覚えのある男が立っていた。**ラダゴス**だ。
私達を襲い、兄と、弟妹を奪って行った難き相手がそこに居た。
「……ラダゴス……!」
男は薄く笑い、ツィーラを見下ろす。
「おめぇ……生きてやがったのか。ちょうどいい、好転する機会を探してたんだよ」
ツィーラの背筋が強張る。宿屋のざわめきが一瞬静まり、ツィーラは立ち上がってラダゴスを睨みつけた。背後では、正座したままの長瀬がもじもじしているのが見える。
(……長瀬様、今は動いてください……!)
瞬時に戦闘態勢を取り、警戒を最大にしたツィーラが普段とは逆に激を飛ばす。
直前まで油断をしていた為か武器は手にしていない。だが、拳を固め左手を正面に防御の姿勢を取った。何か動きが有れば直ぐに飛びのいて机に立てかけておいた剣を取る為に、右手を下げたまま反撃に移る準備も怠っては居ない。けれど……。
——む、無理だ……足が……痺れて……いや霊体なのに……なんで……?
一触即発の状態でありながら、長瀬は情けない声を上げる。四つん這いで蠢く姿は、もはや滑稽ですらあった。その様子を横目で見ながら、ツィーラは心の中でため息をついた。
良くわからないが一人で百面相のように表情を変えるツィーラを気にも留めず、ラダゴスは観客を追い散らすと扉を閉め、椅子を引いてツィーラの前に大胆に座った。幸いにもラダゴスに敵意は感じられない。
観客に混じって様子を伺っていた雇った兵士は、何かを込み入った状況でもあるのかと察して自分の部屋へと戻っていった。
「お前……あの時のガキだな。
死んだと思ってたが……生きてたか」
兵士がその場を去ると、やっと話しやすい状況になった。あの襲撃の状況を知る者は、この場にツィーラとラダゴスの二人しかいない。いや、厳密には足の痺れにのたうち回る長瀬もいるにはいるのだが。
軽い口調で話始めたラダゴスに反して、ツィーラはさらに警戒を強め拳を握りしめた。
「あなたが、私たちを襲った……」
ラダゴスは鼻で笑った。嘲るように。挑発しているかのように。ただ、武器に手をかけてはいない。すぐ戦闘に入るような素振りも見せず、ただ笑った。ツィーラの平穏を奪った仇だと言うのに、おくびもせずに悠々と。
「襲った?違ぇよ。
俺は“助けてやった”んだ。
あのままじゃ、帝国の奴らに皆殺しにされてた」
ラダゴスの言葉に、ツィーラの眉がぴくりと動く。セクンダを殺し、アルドを奪い、ノヴァとホラを攫っておいて、言うに事欠いて“助けた”と言う。その不遜な態度に、ツィーラの感情は強い警戒から激しい憎しみへと代わった。鋭い眼光で睨みつけながら、言葉を返す。
「……助けた?兄と弟妹を連れ去っておいて……?」
「連れ去ったんじゃねぇ。
“預かった”んだよ。
だが……俺の部下だったガルターの野郎が裏切りやがってな。
子供たちも、あの兄ちゃんも、全部あいつが持っていきやがった」
ツィーラの胸がざわついた。
(……ガルター……)
「お前、あいつらを取り戻したいんだろ?」
「……もちろんです」
ラダゴスは低く頷き、話を切り出す。核心をついた話だ。ツィーラは間髪入れずに返答する。もちろんだ、むしろそれ以外の望みは無い。
「なら、協力しろ。ガルターは今、山の拠点に根を張ってる。俺一人じゃ無理だ。だが……お前と、その後ろの“影”がいりゃ、話は別だ」
ツィーラは思い出したかのように、背後を振り返る。長瀬はまだ四つん這いで突っ伏したままだ。
(……長瀬様……)
ラダゴスは続ける。
「瀕死だったお前が平然としているのも、その“影”も。なんか、あれだろ? 特殊な能力でも持ってやがるんだろ?」
ツィーラは答えず、長瀬に視線を向けて交信する。
——だ、大丈夫だ……ツィーラ……。私は……すぐに立てる……はず……。
(はず?はずって何ですか!?)
ツィーラの声が鋭くなる。普段は大人しい者が怒ると、これほど恐ろしいものなのか。主従関係ではないものの力関係は明らかに長瀬の方が上だ。だが、今現在の逆転した力関係はまだ正常に戻っていない。長瀬は慌てて弁解しようとするが、ここでラダゴスは話を変えた。
交渉の途中で、切り札でもあるかもしれない事を詰め寄るのも良くはない。ましてや生死を分けるような特殊な能力を。ツィーラからの返答が無い事に、話題の振り方を即座に変化させた。
「それに……お前、兵士を雇ったんだろ?どっちみち戦いに赴くつもりなんじゃねーのか? あの若造一人じゃ心許ねぇぞ……俺の知り合いに腕の立つ奴がいる。ついでに紹介してやるよ」
ツィーラの目がわずかに輝く。長瀬が見えている事といい、兵士を雇った事と言い、奴はどこまで此方の状況を把握しているのか。いや、そんな事より今は……。
「……仲間を……?」
今は少しでも戦力が欲しい。喉から手が出るほど。
「そうだ。“コンパニオン”ってやつだ。戦えるし、指揮もできる。お前みたいな初心者にはちょうどいい」
——ツィーラ。これは悪くない話だ。
“助ける”だの“預かった”だのの話は嘘だと思う。だが、それも交渉術の一つだ。戦力は必要だし、ガルターの居場所も掴める。
いつもの長瀬の助言が脳裏に響いた。間違いは無い。いや、間違いがないと思えるほど信頼している。ただ、今は四つん這いで情けない姿を晒してはいるが。
ツィーラは深く息を吸い、決意を固めた。
「……わかりました。協力します。ガルターを討ち、弟妹とアルドを取り戻すために」
ラダゴスはガルター討伐の交渉に成功した。奇しくも、本来は敵であったはずのツィーラ相手に。それはツィーラ側も同じであったが、今はとにかく戦力が欲しい。昨日の敵が今日の友とまで割り切れはしないが、それでも敵が減り味方が増えるのは大助かりの状況でもあった。
ラダゴスはツィーラの返答に満足げに頷き、明日の朝、街の北門で待つよう告げて宿を出て行った。
***
静けさが戻った部屋で、ツィーラは長瀬を見下ろす。
「……長瀬様。そろそろ立てますか?」
——あ、ああ……もう大丈夫だ……。ツィーラ、すまない……。
「怒ってませんよ。でも……賭け事の話は、もう言わないでくださいね?」
——……はい。
ツィーラは小さく笑った。胸の内には、明日から始まる戦いへの覚悟が燃えている。
(……明日から、また戦いが始まる……でも、今度は一人じゃない)
セクンダの願い。プリムス兄さまの想い。長瀬の導き。そして、新たな仲間。ツィーラは静かに目を閉じ、固い決意を胸に刻んだ。
「……絶対に、取り戻します。ノヴァとホラ……そしてアルドも……」
その言葉は、夜の静寂の中で確かに燃えていた。
登場人物
ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承。攫われた家族の救出を目指す。
プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠る(スリープモード)。ツィーラにより同化で自分が助かったので、兄も助かって欲しいと言う思いから、勝手にプリムスの名を継承。
長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関として核を同化。ツィーラに寄生した幽霊のような状態で彼女を援護する。
ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。
プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。奴隷商により捕縛された。監禁状態。身にワンの魂(眠り)を宿す。
ノヴァ:ローエン家次男。アルド、セクンダの弟。奴隷商により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。
ホラ:ローエン家次女。アルド、セクンダの妹。奴隷商により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。
ラダゴス:元奴隷商の山賊頭。副頭領のガルターに裏切られ逃亡。仇討ちの為にツィーラに同盟を持ち掛ける。




