第十三話 集う者たちと、アジトへの道(①)
朝の冷たい空気がツィーラの頬を撫でた。
昨夜の騒動が嘘のように、街の北門は静かだ。木々の間から差し込む光が霧を淡く照らし、世界を白く染めている。
ツィーラは片手剣の柄を握りしめ、深く息を吸った。
(……今日から、本当の戦いが始まる)
背後では、雇ったばかりのバッタニア青年兵が緊張した面持ちで付いて来ている。ツィーラの肩越しには、霊体の**長瀬**が腕を組んで浮かんでいた。
——緊張しているな、ツィーラ。
「……少しだけ。でも……大丈夫です」
——そうだ。君はもう“戦士”だ。
昨日の盗賊との戦闘で、戦い方は学んだ。足がすくむ怖さも理解した。たった一度の戦闘経験ではあるが、その一度の戦闘を経験するしないの差が、以前とは違う自信につながって精神を強くした。
ツィーラは小さく頷いた。力強い足取りで北門を抜けると影から、ラダゴスが姿を現す。彼の背後には一人の男が付き従っていた。細身だが精強な顔立ちをしている。
「おう、来たか。待ってたぜ」
ツィーラは姿勢を正す。家族を奪ったラダゴスへの憎しみは消えないが、それでも今は数少ない協力者でもあった。精一杯の平静を装い返事を返した。
「……ラダゴス。紹介したい人がいると言っていましたね」
「ああ。こいつだ」
ラダゴスが手招きすると、背の高い青年が一歩前に出た。栗色の髪を後ろで束ね、弓と短剣を携えた軽装の戦士。瞳は鋭く、しかし誠実さを感じさせる。
「バッタニアの狩人、**エルドレッド**だ。腕は確かだ。弓の腕前は俺より上だぜ」
青年は軽く頭を下げる。
「エルドレッドと申します。あなたが……ツィーラ殿ですね?」
ツィーラは驚いたように目を瞬かせた。思っていたよりも澄んだ声。それに丁寧な言葉。乱雑な盗賊のラダゴスが連れ立って来たとは思えないほど、礼儀をわきまえた好青年だった。
「……はい。よろしくお願いします」
「ラダゴス殿から事情は聞きました。子供たちを救うために戦うのであれば、力を貸しましょう」
ツィーラの胸に温かいものが広がる。
(……仲間……)
——良い目をしている。信頼できそうな男だな。
長瀬もエルドレッドの第一印象には好感を持った感想を口にした。もちろん、盗賊のラダゴスから紹介された彼が、今後どんな行動をするかはわからないが、しっかりした容姿と口調は、少なくとも悪い印象は感じられなかった。
エルドレッドの紹介を済ませたラダゴスは腕を組み、周囲を見渡した。まだ朝日も昇ったばかりだからか、北門の外には人影も見当たらない。もちろん門の内側には数人の衛兵が警備しているのだが、ここなな会話していても不審に思われる事も無いだろう。
「さて……これで三人と一人の影だ。ガルターの砦を落とすには、もう少し戦力が欲しいが……まずは偵察だな」
ツィーラは息を呑む。横目で長瀬の姿を確認した。ラダゴスは何故か長瀬が傍にいる事もわかっているようだ。霊感だか体質だかの差だろうか、それとも何か特殊な視認方法でもあるのだろうか。
長瀬は視線の動きでツィーラの不安を察したが、今の段階では何もわからないと肩をすくめて見せ、それよりも今は会話を続けるよう促した。
「……拠点の場所は?」
「ここから北東の山道を抜けた先だ。奴らは山賊崩れだが、拠点防衛力は本物だ。油断すれば返り討ちに遭う」
明確な答えが返って来た。しかも戦力もある程度は把握できているようにも思える。元頭領だけあって潜伏場所や戦力は想定できる範疇なのだろうか。油断すればと言うが、油断しなければ何とかなる戦力差なのだろうか。少しのやり取りから状況を分析して、考えていると横から不安げな青年兵が呟くように聞いて来た。
「……俺たちだけで大丈夫なんですか?」
そう、それだ。ツィーラもそれが一番知りたい情報だった。青年兵が代わりに聞いてくれた事で、少し気が楽になったツィーラも同意するように力強く頷いた。
その様子を見て、ラダゴスは笑った。
「心配すんな。まずは“見るだけ”だ。いきなり突っ込む無茶なんてしねぇよ、まず準備が整ってからだ」
ツィーラは、まだ戦闘に入らないとラダゴスの返事を聞き、少し安堵した。とはいえ、敵情を把握し準備が整ったら戦いが始まる。問題を少しばかり先延ばしになっただけだ。早く救出したい逸る気持ちと、戦いに恐怖を感じる気持ちの狭間で、彼女は剣を強く握りしめる。
(……アルド……ノヴァ、ホラ……待っててください)
——まて。誰か来る!農民?いや……難民……か?
と、その時、長瀬が異変を感じて通信を送って来た。反応して視線を南側へ移すと、必死の形相で走って来る数人の集団が見えた。彼らは出会うなり怯えた口調で叫ぶ。
「どうか乱暴なことはしないでくれ!」
第一声は、恐怖に滲んだ懇願だった。
見れば、明らかに疲れ果てて今にも倒れそうな集団が、此方を見て逃げる足を竦ましてしまっている。
冷静に状況を考えれば、人数は少ないがこちらは武装している。しかもラダゴスのような人相の悪い者もいる。何かから逃げるように北門へ飛び込もうとしていた先に、ツィーラ達が立ちふさがっていたのだ。接近するまで気が付かなかったのは、向こうの落ち度でもある。だが、それにも気が付かぬほど必死な何かがあったのだろうとは想像がついた。
ツィーラは努めて穏やかな口調で応じた。
「乱暴? あなたたちに危害を加えるつもりはありませんよ。それより、どうしたのですか? 何か慌てているように見えますが」
ツィーラの口調に安心したのか、難民たちは落ち着きを見せ、やがて口々に苛立ちを吐き出し始めた。
「あぁ……あの悪魔どもめ。奴らが村を襲撃して、手当たり次第に皆を連れて行ってしまった。おそらく奴隷商人だ」
「奴隷商人?」
ツィーラは思わずラダゴスを見た。奴隷商人と言えばラダゴスだ。彼は先日まで、その集団の首領だったのだから。彼女は、共に戦うと契約した今でも不信感を拭えずにいる。瞬時に非難の目を、鋭く刺した。
「お、俺じゃねぇよ。なんだなんだ? この顔つきは生まれたってのものだぜ!」
図らずも視線を集めてしまったラダゴスは動揺を隠せずに、思わず口答えしてからしまったと後味の悪い表情をした。
違う、人相のことを言っているのではない。襲撃された被害者が逃げる先に、彼がいるのが問題なのだ。奴隷商人の元首領がこの場にいる事が。だがツィーラは敢えて口に出さず、難民に問い返した。
「村が奴隷商人に襲われているのですか?」
「あぁ、そうだ。奴らはまだ各地で動き回っているという噂だ。我々はその集団から逃げてきた。誰か奴らに天罰を与えてくれる者はいないだろうか」
一人は恨めしそうに、別の一人は嘆くように言葉を吐き捨てながら、街へ助けを求めて通り過ぎて行った。相当ひどい目に遭ってきたのだろう。
「ちっ……しゃーねぇな。俺は関係ねぇが、少し先に行った所に村がある。食料も買い込む必要があるし、そこに情報収集ついでに向かってみるか」
奴隷商人と聞いて、避難の目が自分に向いているのに気付いたのか、ラダゴスは自ら村へ向かうことを提案する。そもそも襲撃した犯人が、この場にいる事はありえない。まず間違いなくラダゴスは、この襲撃には無関係であるのは確実だ。ただ、彼は奴隷商人の元首領。それを分かった上でも、ツィーラの不信感は隠せずにいた。
元奴隷商人……いや、盗賊……山賊か。いや……もう何でもいい。
元々悪党の親玉だったラダゴスは、どう言い繕っても非難の目から逃れられないと悟ってか、諦めて今後どうするかに話を切り替えた。
ラダゴスは顔つきも性根も悪党だが、曲がりなりにも集団を引き連れていた長だ。戦闘が長引くことまで考えて食料を買い込んでから村へ向かおうと提案した。その発想は、彼の経験がもたらしたもの。ツィーラにとって、これは今後部隊を率いる上での学びでもあった。食料の重要性を改めて再認識し、街で買い出しをしてから向かうことを了承した。
固く焼いた黒パンと、火で焙っても蕩けそうにない燻んだチーズ、それにどう形容しても美味しそうには見えない燻製肉と馬乳酒。ラダゴスから協力者として資金提供を受けて、旅に向けた糧食を吟味した。味は二の次で、とにかく日持ちする物と安価な物を選んだ。お金はラダゴスが出すのだからと、多めに準備しておこうとも思ったが、持てる荷は限られる。二、三日分の食料を買い足すと、一行は街を出て山道へと向かった。
登場人物
ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承し攫われた家族の救出を目指す。
プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠る(スリープモード)。ツィーラにより、勝手にプリムスの名を継承。
長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関として核を同化。守護霊のようにツィーラを見守り援護する。
ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。
プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。奴隷商により捕縛された。監禁状態。身にワンの魂(眠り)を宿す。
ノヴァ:ローエン家次男。アルド、セクンダの弟。奴隷商により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。
ホラ:ローエン家次女。アルド、セクンダの妹。奴隷商により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。
ラダゴス:元奴隷商の山賊頭。副頭領のガルターに裏切られ逃亡。仇討ちの為にツィーラと同盟を組む。
エルドレッド:ラダゴスの紹介で仲間に加わった指揮官。弓の名手。




