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カルラディアの空から  作者: 天音 樹
第一章 墜ちた星と、白い少女の誕生
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第八話 消滅の影、そして旅立ちの灯(②)

 ツィーラは廃屋のベッドの上で目を覚ました。夜明け前の薄闇が隙間から差し込み、冷たい風が白くなった髪をそっと揺らす。


 胸の奥に、微かな温もりがある。

 それはセクンダの記憶の残滓であり、ツーとしての自我であり、そして――アルドの中で眠るワンの気配でもあった。


「……兄さま……」


 呟きは少女の声であり、同時に魔道生命体の声でもあった。ツィーラはゆっくりと身体を起こす。治癒の光が残した余韻が皮膚の奥で微かに脈打っている。だが肉体はまだ完全ではない。深い疲労が残り、動かすたびに痛みが走る。


 ——兄さま。

 私、ツィーラ・セクンダ・ローエンになったのよ。長瀬様が言うには、プリムスは「Ⅰ」、セクンダには「Ⅱ」を意味する由来があるらしいの。まるで運命に導かれたみたいね。


そうだ、この導きはきっと運命だったのよ。

兄さまはプリムス・アルド・ローエンからプリムスの名をもらったらどうかしら? **Voy‑Primus**。ふふ、素敵な響きだわ。


 私は……セクンダは彼女の主名だし、ツィーラと名乗るわ。**Voy‑Zira**。

セクンダにはまだ許可を取ってないけど、いいよね。

兄さま……プリムス兄さま……少しだけ待っててくださいね。



 ツィーラは、返信の戻らない会話をいつまでも発信し続けていた。


 ——無理をするなよ。


 長瀬の声が頭の奥で柔らかく響く。


「……長瀬様」


 ——君はまだ“生まれたばかり”だ。魔力の流れも、身体の使い方も、すべてが不安定だ。焦らなくていい。きっとワンは……いや、プリムスは大丈夫だ。


 ツィーラは小さく頷いた。だが胸の奥では焦りが渦巻いている。


(兄さまが……プリムス兄さまが……アルドの中で眠っている……早く助けに行かないと)


 その焦りを見透かしたように、長瀬が続ける。


 ——ツィーラ。君が急ぐ気持ちはわかる。だが、今の君は“ひとり”では戦えない。


「……ひとりじゃないわ。セクンダがいて……プリムス兄さまもいて……長瀬様も……」


 ——そうだ。だが“戦力”としては、まだ足りない。


 ツィーラは唇を噛んだ。プリムスを救出する為には、先の奴隷商……いや、盗賊に戦いを挑んで勝利しなければならない。加えて今の彼女は剣を握ったことすらない。盗賊との立ち回りを演じていたセクンダの記憶があるとはいえ、それは断片的で、戦いの経験はほとんど残っていない。


(……でも……)


 その時、胸の奥で微かな声がした。


 ——……弟妹を……守って……


 セクンダの声だった。眠りの底から響く、かすかな願い。

——アルド……みんな、逃げて……

 セクンダの最後の意識が胸を締め付ける。ツィーラは拳を握りしめ、呟くように言った。


「……行くわ。兄さまを……アルドと弟妹を……取り戻すために」


 長瀬は静かに頷いた。


 ——ならば、まずは“歩くこと”から始めよう。この世界で生きるための、最初の一歩だ。


 ***


 廃屋を出ると、朝靄が村を包んでいた。遠くで鳥が鳴き、夜の冷気がゆっくりと溶けていく。


 ツィーラは朝露に濡れた森の道を歩き出した。足元はまだ覚束ない。手を握るたびに、関節の動きが借り物のように感じられた。だが一歩進むたびに、身体の奥で何かが目覚めていく。


(……これが……歩くということ……)


 セクンダの記憶がふと蘇る。弟妹と手を繋いで歩いた日。アルドに肩車をしてもらった日。家族と笑い合った日々。それは、兄に感じていたのと同等の家族との絆だった。


(……絶対に……取り戻す)


 離れ離れになった思いに胸が締め付けられる。その決意がツィーラの足を前へ押し出した。


 村の外れに出ると、長瀬の声が再び響いた。


 ——ツィーラ。まずは“戦える身体”を作る必要がある。この近くに野盗の残党が潜んでいる。彼らを倒せば、金も装備も手に入る。


「……戦うのね」


 ——怖いか?


 ツィーラは少しだけ考え、正直に答えた。


「……怖いわ。でも……守りたいものがあるから」


 長瀬は満足そうに微笑む気配を見せた。


 ——それでいい。恐怖を知っている者の方が、強くなれる。


 ツィーラは深く息を吸い、剣を握った。セクンダの身に残されていた古びた短剣。何もかも奪い去って行く盗賊ですらも見向きもしなかった軽く頼りない武器だが、今の彼女には十分だった。


(強くなれ。君たちをここで失うわけにはいかない。それが……私の責務だから)


 長瀬は心の中で声援を贈った。それは神世界の後輩に送る手向けの言葉か、子を想う親の心情かもしれない。


「行きましょう、長瀬様」


 ——ああ。君の“初陣”だ。


 ツィーラは朝靄の中へと歩き出した。背中には、セクンダの願いと、ワン――兄プリムスの想いと、長瀬の導きが宿っている。


 英雄の物語は、静かに、しかし一歩ずつ確実に動き始めていた。

登場人物


ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。ヘリオポーズを越えた星間空間で自我に目覚めたAI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。本人の許諾は得てないがツィーラの名を継承。


プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。奴隷商人に攫われたアルドの中で眠る(スリープモード)。ツィーラにより同化で自分が助かったので、兄も助かって欲しいと言う思いから、勝手にプリムスの名を継承。


長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関としてコアを同化。ツィーラに寄生した幽霊のような状態で彼女を援護する。


ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商人との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。セクンダの語源には原初的な「二」の意味合いを持つ。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、魔力機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。


プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。身にワンの魂(眠り)を宿す。プリムスには「一」の序列を示す起源が含まれる。


弟妹:ローエン家次男および次女。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。

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