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カルラディアの空から  作者: 天音 樹
第一章 墜ちた星と、白い少女の誕生
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第七話 消滅の影、そして旅立ちの灯(①)

 ツィーラが再び眠りに落ちた頃、ワンはひとり、荒れ果てた大地を滑るように進んでいた。


 魔力の薄い世界は、彼の存在を容赦なく削っていく。空気の流れは重く、地表から立ち上る熱は鈍い刃のように意識を削り取る。それでも彼は進んだ。アルドの残した微かな魔力の痕跡を追って。


(……ツー……無事でいてくれ)


 妹の気配は遠く、しかし確かに感じられた。同化の瞬間、ツーの意識が白く溶けていくのを感じたとき、ワンの中で何かが軋んだ。


 ——もう二度と、あの孤独に戻りたくない。


 その想いだけが、彼を前へ押し出していた。


 ***


 アルドの足跡は、やがて深い森の奥へと続いていた。折れた枝、踏み荒らされた草、血の滴。すべてが、彼がどれほど必死に抗い、そして抵抗虚しく捕らえられている事を物語っている。


(……ここだ)


 森の奥に、粗末な木柵で囲まれた野営地があった。奴隷商の拠点。その中心に、鉄格子の牢がある。


 ワンは魔力視で内部を覗くと、そこに——アルドがいた。両手を縛られ、地面に倒れ込んでいる。呼吸は浅く、意識は朦朧としていた。その傍らに、ワン自身の魔力が微かに漂っている。子供たちも少し離れた別の牢に繋がれていた。不幸中の幸いかアルドとは違って痛めつけられはしなかったようだ。ただ、二人とも衰弱した表情で焦燥に暮れている。


(……アルド……)


 ワンは鉄格子に触れようとした。だが、その瞬間——意識がふっと揺らいだ。


(……っ……!)


 視界が白く染まり、身体が崩れ落ちるような感覚に襲われる。魔力が、もう残っていない。探知魔術を使い続けた代償が、ついに限界を迎えたのだ。


(……ツー……)


 限界を感じ最後に最愛の妹へ呼びかけようとしたその時、微弱な電波のような意識が届いた。


 ——兄さま……聞こえる?


 ツーの声だった。いや、ツィーラの声でもあり、セクンダの声でもあり、そして長瀬の魔力が混じった、不思議な響きだった。


(ツー……! 無事……だったのか……)


 ——うん……なんとか。

 長瀬様が助けてくれたの。魔力回復の機関として融合してくれて。

 でも……兄さま、あなたの魔力……もう……


 ツーの声が震えていた。ワンはそれを聞きながら、静かに目を閉じた。


(……ああ。もう……限界だ)


 ——ダメ……! 消えないで……!

 長瀬様が接触できれば魔力を供給できるって。戻って来てくれれば……!


(……ツー。聞いてくれ)


 ——……うん。


(……僕は……もう動けない。アルドの傍から……離れられない)


 ツーは沈黙した。その沈黙が、ワンには痛いほど伝わった。


 ——……じゃあ……どうすれば……?


 ツーは心底困り果てたように座り込んだ。セクンダと融合した身では、盗賊に捕らわれたアルドの元に辿り着くことができない。長瀬も魔力機関としてセクンダの身体に核を融合させてしまっている。意識を分離して飛ばしたとしても、核が無ければ供給もできない。


 絶望が、静かに二人を包んだ。


 その時、再びワンから通信が入った。


(……ツー。君がセクンダと融合したように……僕も……アルドの中で眠る)


 ——……え?


 ワンは、ツーがセクンダと同調し融合を果たして危地を脱した事を理解していた。限界を迎えた人間と精神体である魔力生命が、どちらも生き残れる方法を自分も考えていたからだ。そして、彼自身もまたアルドと融合して生き延びる一縷の希望を実行に移す時が来ていた。勿論、一つの肉体に二つの魂が融合し共存する危険性も知った上で。


(……僕は……もう動けない。

 でも……アルドの中なら……消えずに済む。長瀬様が……魔力を流し込んでくれれば……いつか……)


 ツーの意識が震えた。それは恐怖でも悲しみでもなく、兄を失いたくないという強い願いだった。自分の時には長瀬がいた。その為に肉体の融合にかかる負荷も、精神を保つ魔力も解決する事が出来た。だがワンの場合は違う。その負荷に耐えるだけの魔力も負荷に抗う術も持ち合わせていない。良くて休眠、いや仮死状態に近い停止か。一歩間違えば、そのまま消え失せてしまう事だって十分ありえるのだ。


 ——……兄さま……本当に……それでいいの……?


(……ツー。君が……生きていてくれれば……それでいい)


 その言葉は、ワンの本心だった。使命よりも、理性よりも、ツーの存在が何よりも大切だった。このまま何も出来ずに朽ちてしまうよりは、一縷の望みに賭けて再会の可能性を信じる方がよっぽどマシだと思えた。


 ——君たちは、本当に……強いな。

 思わず兄妹の会話に割り込んでしまった長瀬の声にも、わずかに震えが混じっていた。自らが死に直面した時に、他をいとおしむ感情を持てるだろうか。自分には無理かもしれない。そう長瀬は感じた。

 孤独の中から生まれた二つの自我が見せた情愛の揺らぎは、人間のそれを遥かに超えているようにすら思えた。


(……アルド。君の中で……少しだけ……眠らせてくれ)


 ワンはアルドの胸元へ、そっと意識を寄せた。アルドの生命力は弱いが、確かに燃えている。その温もりに触れた瞬間——アルドの意識の奥に触れた直後に、二つの魂が軋むように重なり合った。


 そして……ワンの意識は、アルドの中へ静かに沈んでいった。


 ——兄さま……!


 ツーの叫びが遠ざかる。長瀬の魔力が、微かにワンを包む。


 そして——ワンはアルドの中で深い眠りについた。

ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。ヘリオポーズを越えた星間空間で自我に目覚めたAI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化した。


兄:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。奴隷商人に攫われたアルドの後を追い発見するが魔力が枯渇。アルドの中で眠る(スリープモード)。


長瀬良治:弟の尻拭いの為、次元の狭間を越えて、カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関としてコアを同化。ツィーラに寄生した幽霊のような状態で彼女を支援する。


ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商人の攻撃により深手を負って瀕死。ボイジャー・ツーと同化して死を免れたが、意識が回復せず深い眠りについた。


プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。セクンダと共に弟妹を守っていたが、奴隷商人により捕縛された。現在は監禁状態。身にワンの魂(眠り)を宿す。


弟妹:ローエン家次男および次女。奴隷商人により捕縛された。現在は出荷待ち。

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