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カルラディアの空から  作者: 天音 樹
第一章 墜ちた星と、白い少女の誕生
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第六話:森の中の目覚めと、初めての歩み(③)

 その器は、もはや**セクンダ**だけのものでも、**ツー**だけのものでもなかった。


 **二つの命が重なり、一つの身体に宿る新たな存在が生まれた。**


 セクンダの意識とツーの意識が溶け合う。混濁した時間が一刻ほど流れた後、安定した呼吸とともに少女は目覚めた。薄紅色だった髪は白銀に滲むように淡く変化し、生命の極限をくぐり抜けた痕跡のように痛々しく残った。だが肩の傷も、背に受けた矢傷も、強大な慈愛に満ちた治癒の光に包まれ、醜い損傷も残さずに美しさを取り戻していた。

 ただ、残念な事にセクンダの意識は戻らなかった。肉体の損傷に魂までも傷ついてしまったのか、救ったツーとも会話をする事無く、身体の奥底で傷を癒すようにセクンダの精神は深い眠りについていた。


「や、起きたかい? Voy‑Ⅱ」


 目覚めとともに見たのは、眩い光に包まれた光体だった。少女――いや、今は**ツィーラ・セクンダ・ローエン**となったボイジャー・ツーは、その光に柔らかく包まれたまま廃屋のベッドに横たわっている。


「君も無茶をするね。あのままだと君も、その少女も助からなかったよ」


「……まさか、まさか貴方は……」


 光体の声に聞き覚えがあった。懐かしさと安堵が濁流のようにツィーラの心に押し寄せる。依り代となったツィーラ・セクンダ・ローエンの記憶と感情も同時に流れ込んでくる。


「おっと、まだ無理しない方がいい。情報処理に長けた君でも、今の状態は少々堪えるだろう?」


 そのとおりだった。目の前で輝く光体は、ボイジャー兄妹が命を懸けてでも探したかった**長瀬良治**だ。嬉しさで涙が溢れそうになる一方、ツィーラの中に混ざったセクンダの深い悲しみも渦を巻く。


「長瀬……様」


 ツィーラは悲しみを押し込めるようにして、再び出会えた喜びの言葉を零した。


「だから無理はしないほうがいい。今はまだ……おやすみ、ね」


 光体から放たれる暖かな言葉に身を委ね、ツィーラは再び眠りに落ちた……。



***


 ――これは、近い将来に起こる未来を覗いた一片の現実――


 城門の石は冷たく、夜露が縁石を濡らしている。朝靄が薄く立ち上り、遠くの野営地からは兵の足音と金属の擦れる音が混じってくる。城の広場には落ちぶれた旗が半ば垂れ下がり、かつての栄光を思わせる紋章は色あせていた。


 その広場の一角で、若い女が外套の裾をぎゅっと握りしめている。外套は古びているが、所作には貴族の矜持が残る。


 彼女の名は **ツィーラ・セクンダ・ヴァン・ローエン**。落ちぶれた家門の名を背負いながらも、目は鋭く世界を見据えていた。だが胸の奥には別の声が低く響く。原語の名は、**Zira**。

 夢の端で聞こえる故郷の風景、星の光。二つの名が同時に存在することは、彼女にとって日常であり、時に混乱の種でもあった。


「ツィーラ!」


 隣に立つ男が短く呼ぶ。彼は **プリムス・アルド・ヴァン・ローエン**。兄であり、同時に **Voy‑Primus** の名を内に宿す存在だ。彼の瞳は冷静で、戦場で鍛えられた判断を宿している。


「行くわよ」


 ツィーラは小さく息を吐き、外套を整えた。名を与えられたことで、彼女の存在は少しだけ確かになった。だが確かさは同時に責務を伴う。彼女は自分が何者であるかを、これからの行動で証明しなければならない。


 広場の向こうで、老貴族が彼らを見つめている。彼の目には計算と期待が混じっていた。ツィーラはその視線を受け止め、歩を進める。足元の石畳は冷たく、世界はまだ彼女に対して厳しい。


 だが胸の奥で、故郷の星の光がちらつく。**Zira** の囁きが、彼女を前へ押し出す。


 カルラディアの大陸各所で、大地を覆う強大な殺意が膨れ上がっている。戦場では多くの血が流れるだろう。けれども彼女らと、彼女らの軍隊は決して誰にも負けないと自負している。敵陣の高い空には、死兆星のごとき影が常に目を光らせているのだから。

 影からツィーラに、的確な勝利の方程式が伝えられた。


(ツィーラ、敵は円陣から鶴翼に移行しつつある。司令は中央やや左奥、右前方から左に食い破れば楽に崩壊するだろう)


 物語はここから動き出す。

 彼女は力強い響きを伴った勝利への激を飛ばす。


「ホースマン! 前へ!!」


 名を賜った者として、ツィーラはカルラディアの空の下で自らの居場所を掴もうとする。だがその道は、魔力の薄い世界での生存と、眠る本体の覚醒という二重の試練に満ちている。


 彼女はまだ知らない。長瀬良治の導きによって、自らが背負った名がどれほど深い波紋を広げるのかを。


登場人物


ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。ヘリオポーズを越えた星間空間で自我に目覚めたAI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化した。


兄:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。現在は精神体。奴隷商人に攫われたアルドの後を追う。


長瀬良治:弟の尻拭いの為、次元の狭間を越えて、このカルラディア世界に来た別世界の上位神。ワンの発信した救助信号を捉えツーの救援に成功。


ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商人の攻撃により深手を負って瀕死。ボイジャー・ツーと同化して死を免れたが、意識が回復せず深い眠りについた。


プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。セクンダと共に弟妹を守りながら、奴隷商人から逃走中だったが捕縛された。


弟妹:ローエン家次男および次女。アルド、セクンダと共に逃走中だったが捕縛された。

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