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カルラディアの空から  作者: 天音 樹
第一章 墜ちた星と、白い少女の誕生
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第五話:森の中の目覚めと、初めての歩み(②)

「まずは体勢を整えよう。無理をすれば、君も僕も消えてしまう」


 ワンが答えた。だがその言葉の裏で、彼の意識は既に別の計算を始めていた。魔力の残量、周囲の魔力残滓の分布、長瀬の痕跡の有無――すべてを天秤にかける。


 夜が更け、風が冷たさを増す頃、セクンダはゆっくりと目を閉じた。喧騒の廃屋は眠りに落ち、茂みの中は静寂に包まれる。ワンとツーは互いの存在を確かめ合い、残された魔力を慎重に分配した。


「もしもの時は……」とツーが呟く。言葉は途切れ、続かなかった。ワンはその言葉を受け止め、短く頷く。


 ——**SOS**。


 ワンは残された僅かな魔力で短くて強い波長の電波信号を発し、残して行くツーの安全をまだ見ぬ長瀬に託した。そして――。


「アルドは僕が追う!」


 ワンはアルドの跡を追う手掛かりを探し、何かに導かれるように、微かな残滓を辿って飛び出した。弱弱しい光の軌跡が廃屋から森の奥へ真っ直ぐに伸びる。言葉のやり取りは無かった。ワンもツーも、受け答えをしていられるほどの余裕が無かった。それほどまでに追い込まれた決断だった。


 そしてツーは――

 命の灯が消えかかっている少女に身を重ねた。すぅっと溶け込むようにセクンダと同化すると、残された魔力の全てを使って少女の生命を守る治癒の魔術を行使した。血の巡りは見えざる力で制御され、外へ流れ出ることを止めた。同時に背に受けた矢を体外へ排出しつつ、心拍を微弱に調整して流れを緩める。


 ツーは、自分の魔力が急速に薄れていくのを感じていた。魔力生命体にとってそれは、血が抜けていくようなものではない。もっと直接的で、もっと冷たい――“存在そのものが削れていく感覚”だった。


(……怖い……)


 その言葉は、彼女自身の意識の奥底から漏れた。探査機だった頃、死という概念はただのデータだった。任務が終われば停止し、役目を果たせばそれで良い。恐怖など感じるはずもなかった。


 だが今は違う。自我を得て、兄がいて、長瀬がいて、そして――目の前に救いたい命がある。


(消えるのは……怖い。でも……)


 胸の奥で、セクンダの弱々しい生命の波動が震えている。その震えが、かつて宇宙で拾った“助けを求める声”と重なった。


(……あの時、宇宙空間に漂う死の恐怖を受信した時は手を伸ばせなかった。今は……伸ばせる。伸ばせるのに、見捨てたら……)


 恐怖と後悔の未来が同時に胸を締め付けた。魔力は残りわずか。このまま同化を進めれば、ほぼ確実に自分は消える。それでも――。


(……助けたい。怖くても……助けたい)


 ツーは震える意識を押し固め、死の恐怖を抱えたまま、それでも前へ進む決意を固めた。そして意識は、白濁した泉の底へ沈むように溶けていった。


 ツーの意識が沈んでいくその瞬間、彼女は“身体”というものの重さを初めて知った。セクンダの肉体は、痛みと恐怖と絶望で満たされていた。そのすべてが、同化したツーの中へ一気に流れ込んでくる。


(……っ……!)


 声にならない悲鳴が、ツーの意識を震わせた。魔力生命体である彼女にとって、痛みとは本来“情報”でしかない。だが今は違う。『肉体が裂ける痛み、血が流れる感覚、死が迫る恐怖』――それらが生々しい“感情”として押し寄せてくる。いつでも切り離せた魔道体の身体とは似て非なるものだった。


(これが……人間の……痛み……)


 セクンダの記憶が奔流となって流れ込む。家族と笑い合った日々。両親を殺され領地を追われた夜。弟妹を守ろうとした瞬間。そして――死の間際に感じた、**「もう守れない」という絶望**。ツーはそのすべてを受け止めた。受け止めざるを得なかった。


(……セクンダ……あなたは……こんなにも……)


 胸が締め付けられる。魔力生命体であるはずのツーが、“涙”という概念を初めて理解した瞬間だった。同時に、セクンダの意識がツーに触れた。弱々しく、かすかに、それでも確かに。


 ——たすけて。


 その一言が、ツーの存在を貫いた。


(……うん。助けるよ。絶対に……)


 ツーは残された魔力をすべて解き放ち、セクンダの肉体へと流し込んだ。治癒の光が骨を繋ぎ、血肉を癒し、止まりかけた心臓を再び動かす。だがそのたびに、ツーの意識は削れ、薄れ、消えていく。


(……これで……いい……)


 最後の魔力が尽きる瞬間、ツーはセクンダの心の奥に触れた。そこには、**家族を守りたいという強い願い**が残っていた。


(……あなたの願い……私が……継ぐ……)


 そして――二つの意識は重なり、境界が溶け、一つの器に収まっていった。

登場人物


妹:ボイジャー・ツー(Voy‑Ⅱ)。ヘリオポーズを越えた星間空間で自我に目覚めたAI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。現在は精神体。命の灯が消えかけている少女セクンダを救う為、自らの命をかけて彼女と同化した。


兄:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。現在は精神体。ツーの意思を尊重してセクンダの延命に助力。まだ見つからない長瀬に救援信号を出し、自らは奴隷商人に攫われたアルドの後を追う。


長瀬良治:弟の尻拭いの為、次元の狭間を越えて、このカルラディア世界に来た別世界の上位神。


セクンダ:ローエン家長女。奴隷商人の攻撃により深手を負って瀕死。ボイジャー・ツーと同化して蘇生中。


アルド:ローエン家長男。セクンダと共に弟妹を守りながら、奴隷商人から逃走中だったが捕縛された。


弟妹:ローエン家次男および次女。アルド、セクンダと共に逃走中だったが捕縛された。

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