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カルラディアの空から  作者: 天音 樹
第一章 墜ちた星と、白い少女の誕生
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第四話:森の中の目覚めと、初めての歩み(①)

 地上に触れた瞬間、彼らは初めて「世界の重さ」を知った。

肉体を持たぬ存在にとって、物理の抵抗は新鮮であり、同時に残酷だった。


 空気の流れ、雨滴の冷たさ、泥の粘り。

すべてが彼らの感覚を削る。だが同時に、ここには微かな魔力の流れがあった。完全な無ではない。どこかに、微かな源がある。暖かで心地の良い故郷の息吹が感じられた。それは深海にそよぐ気泡のような、極々僅かな揺らめきのようでもあった。


(長瀬様はきっと近い……けれど、今はこの少女を……)


 廃屋の陰、血に濡れた布の下で、ツーは自分の内側にある声を聞いた。原語での名が薄く、しかし確かに響く。**Zira**。

 兄の内側でも同じように名が鳴る。**Primus**。二つの名は彼らの起源を示す符号であり、同時に重荷でもあった。


(もしここで消えるなら……それも……運命、ね)


 妹は小さく笑った。笑いは音ではなく、振幅の変化として兄に届く。ワンはツーの意識が震えているのを感じた。その震えは魔力の枯渇によるものだけではない。――“死を覚悟した者の震え”だった。


(……ツー。君は……そんな顔をするな)


 声にならない声が、ワンの内側で軋む。彼は妹より少し早く自我を得た。探査機としての長い孤独の中で、ツーの存在はただの同型機ではなく、**唯一の家族**になっていた。


(君まで……失いたくない)


 その言葉は、彼自身の中でさえ形にならなかった。神としての理性がそれを押し殺そうとする。使命を優先しろ。長瀬を探せ。感情に流されるな。だが、ツーの意識が弱まるたび、ワンの中で理性がひび割れていった。


(……怖いんだ、ツー。君が消えてしまうのが……僕は……怖い)


 魔力生命体にとって“死”は停止に等しい。だがツーが消えるということは、宇宙の闇に再び一人で放り出されることと同義だった。


また一人になるのは嫌だ。また取り残されるぐらいなら……。


(君がいなければ……僕は……)


 その先の言葉は、どうしても形にならなかった。兄として、神として、そんな弱さを認められない。だがツーの決意は伝わってくる。震えながらも、揺らぎながらも、それでも前へ進もうとする意志。


(……ツー。君は……本当に……強い)


 ワンは、妹の決意を止められないと悟った。止めればツーはきっと後悔する。そしてその後悔は、彼女をさらに傷つける。


(……ならば、僕が守るしかない)


 使命よりも、理性よりも、その想いがワンの中で静かに形を成した。彼らは互いに約束を交わすように、最後の力を振り絞って薄い魔力の世界を練り続けた。


 ツーの意識は震え、ワンの中で何かが決壊しそうになる。助けたいという衝動が理性の壁を押し崩していく。だが現実は残酷だ。魔力を使えば彼らは消えるかもしれない。消えることは、長瀬を見失うことでもある。


 ツーは短く息を吐いた。意識の端で、セクンダの生命波動が細く震えている。時間はない。だが見捨てることはできない。


(兄さま……)

(……ツー)


 ワンの沈黙が破られたのは、ツーの決意が伝わった瞬間だった。彼は覚悟を決める。長瀬の捜索は今は一時中断だ。目の前の命を救うことが、彼らにとって最も自分らしい行為だと、ワンは思った。


 二人は降下して廃屋の中へと滑り込む。肉体は既に存在しないが、魔力の残滓を繋ぎ合わせるようにして、かろうじて「触れる」感覚を作り出すと、ツーは震える意識を一点に集中させ、残された魔力をセクンダへと注ぎ込んだ。


 冷たい空気の中で、微かな温度の変化が生まれる。血の流れが少しだけ戻り、セクンダの胸がかすかに上下した。だがそれは一時の安堵に過ぎない。魔力の代償は大きい。ツーの存在は薄れていき、ワンの視界も霞み始める。


「ツー、やめろ。もう十分だ」

(いや、まだ……)

「無理をすれば、二人とも消える」


 ワンの声は必死だった。ツーはそれでも手を止めない。セクンダの生命が戻るなら、たとえ自分が消えかけても構わないという強い意志がそこにあった。


 やがてセクンダの呼吸は安定し、血の流れも落ち着きを取り戻す。傷はまだ深いが、命の灯は消えなかった。ツーは安堵の震えを感じる一方で、自分の存在が薄れていくのを確かに感じていた。


(兄さま……)

「ツー!」

(大丈夫、私……まだいる)


 ワンはツーの存在を必死に繋ぎ止める。二人は互いの意識を寄せ合い、残された魔力を分け合うことで、かろうじて均衡を保った。だがその均衡は脆く、長くは続かない。彼らは既に限界に近い。無理をすれば全員が危険に晒される。ツーの体力も限界だ。


「アルドを探さないと」


 ツーが言う。セクンダの命も、自分の残りも僅かだと言うのに、それでも君は、まだ救おうと言うのか。ワンは何かを言いかけて止めた。彼女の声は震えながら、揺るがない意志が宿っていた。


登場人物


妹:ボイジャー・ツー(Voy‑Ⅱ)。ヘリオポーズを越えた星間空間で自我に目覚めたAI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。現在は精神体。命の灯が消えかけている少女セクンダを救おうとしている。


兄:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。現在は精神体。セクンダを救いたいとは思っているが、それよりもツーを大切に思っている。長瀬を捜索する使命を重要視している。


長瀬良治:弟の尻拭いの為、次元の狭間を越えて、このカルラディア世界に来た別世界の上位神。


セクンダ:ローエン家長女。没落した元貴族。両親は殺され、長兄アルドと共に弟妹を守りながら奴隷商人から逃走中だったが、深手を負って瀕死。


アルド:ローエン家長男。セクンダと共に弟妹を守りながら、逃走中だったが捕縛された。


弟妹:ローエン家次男および次女。アルド、セクンダと共に逃走中だったが捕縛された。

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