第二十話 ラダゴス
戦いは終わり、ガルターは抵抗する力を失っていた。
一時の安堵が胸を満たす中、ツィーラたちから少し離れた場所で、ラダゴスの決着が訪れようとしていた。彼は拘束したガルターの前で悪鬼の如く恐ろしい形相で仁王立ちしていた。そんな鬼のようなラダゴスがローエン一家と距離を取ったのは、彼等が大切にする幼い弟妹が凄惨な処刑場面を見ないよう配慮したのは、彼なりの優しさだった。
長瀬もローエン家の再開に水を差すような無粋な真似もしたくなかった。暇つぶしとばかりにツィーラの傍を離れてラダゴスの様子を覗いている。実なところ、長瀬はお涙頂戴の話に弱い。やっとの思いで再開を果たしたローエン一家を前に精一杯の虚勢を張っていた。神としての後輩であると同時に愛弟子でもあるツィーラの前で、たとえそれが感涙であろうとボロボロ涙する姿を見せたくは無かったのだ。
「ラダゴス……てめぇ、本気で俺を……」
「当たり前だ。俺の名を語って好き勝手しやがって。落とし前はつけてもらう」
ラダゴスの声は低く、静かな決意を帯びていた。多くの血を吸ったラダゴスの戦斧が、跪いたガルターの頭上で鈍い輝きを放っている。ツィーラは子供たちを抱きながら目を背けた。ラダゴスの決着は彼自身の問題であり、口を挟むべきではない。
ラダゴスが生きたままガルターを捕らえた。元部下だから少しでも長く生かしてあげようと言う優しさからでは決してない。心の底から屈服させた後に処刑しようとしたのだ。地獄の底に落ちても恐怖で震えるように。それだけ強い恨みを持っていたのだ。
「先に逝ってろや!!」
ラダゴスとガルターはギリギリまで何か話していた。最後まで往生際悪く許してくれとガルターは泣き叫んだ。だが彼の懇願の声は、冷徹に振り下ろされた死神の鎌が容赦なく断ち切った。赤い大地に首を失った胴と、胴の生首が無残に転がる。森に静寂が戻った。ローエン家を取り巻く陰謀の陰で、ラダゴスとガルターの因縁は静かに幕を閉じた。だが……。
「なぁ、影さんよ。最後にちょっと頼まれてくれねぇか。」
唐突にラダゴスが長瀬に問いかけてきた。予想だにしなかったラダゴスからの声に、彼は心底驚いた。姿は透明で、言葉も音も発してはいない。誰がそこに居ると断定して話しかけてくる者がいると思うだろうか。長瀬は驚愕し、さらに躊躇しながら、それでも威厳のある声で応えた。
「私が見えるのか?」
「いや、視えねぇよ。けどよ、昔から闇社会で気を張って生きてきたんだ。なんか感じる時があるんだ。」
問いはすぐに返ってきた。視線は的確に長瀬を捉えて。霊感体質、いや直観だろうか。それとも第六感とでも言えば良いのだろうか。長年の生活で、類まれな危機感知技能やそれに伴った特殊能力を身に付ける者もいる。ラダゴスもその類のスキルが備わって長瀬の存在を感知していたのかもしれない。言葉に嘘は無いように思えた。
「ふむ。言ってみたまえ。望みを叶えるかどうかはさておき、聴くだけは聞いてやろう。」
長瀬は厳かに応えた。
「南帝国の女帝ラガエアだ。一度でいい。ツィーラの嬢ちゃんを彼女に合わせてやってくれねぇか。」
唐突に話しかけてきたと思ったら、これもまた唐突な話だった。まるで理解の及ばぬ方向からの願いに、心の底から疑問が湧き立つ。いや、疑問と言うか、むしろ呆気に取られて考えが纏まらない。
「なぜ貴様が、そのような事を頼むのだ?」
「詳細は知らねぇ。ただ、娘の安否を気遣い、できれば一目で良いから会いたいと言っていた。」
なんだと?南帝国の女帝ラガエアの娘がツィーラだと言いたいのか?
長瀬は思わず叫びそうになったが、寸での所で口を抑えて言葉を飲み込んだ。衝撃的な話だった。奇想天外にもほどがある。そもそも一介の野盗風情が一国の最高権力者に面識を持っている事自体が不自然だ。仮に万が一、億が一真実だったとしても女帝ラガエアが、辺境の貧乏領主と子を作ったなどと、作り話でも言える事ではない。しかし、時系列的にはツィーラの出生は先帝アレニコスの皇妃だった頃よりも前の可能性がある。ラガエアが辺境の小貴族だった時の情事だったとしても……。なんにしても科学的な遺伝子検査でもして明確な証拠でも無ければ、嘘とも真実とも断定はできない。
「ふむ。興味深いな。その話が真実なのであればな。だが何故だ?貴様は西帝国の依頼でローエン家を襲ったのではなかったか?」
「あぁ、それも本当だ。だが別の依頼も受けていた。あの嬢ちゃんを助け、あわよくば彼女に合わせる事だ。」
女帝ラガエアとツィーラを合わせる?まさかとは思うが、ラダゴスは二重スパイのような事をしていたとでも言うのか?だが、そう考えれば、ラダゴスが首領でありながら団を追われた事も、絶命を確認する前にツィーラを置いて立ち去った事も、さらには同盟を持ち掛けて仲間に加わった事も辻褄が合う。だが……。長瀬は冷静を装いつつも、内心は大混乱した。
「なぜだ?貴様はツィーラを殺そうとしたではないか。」
「それは俺の命令でやったんじゃねぇ。俺にだって妻や子供もいた。ガキを襲うなんて仕事は受けたくなかった。だがな、闇の社会では上からの命令は絶対だ。逆らえば先は無ぇのさ。正直、もうダメだと思ったが瀕死の嬢ちゃんを置いて行って正解だった。」
今にして思えば、ツィーラが生きている事に安堵の表情を浮かべていたようにも思える。しかも、ラダゴスは乱雑な物言いではあるが妙に悪人とは思えない節があった。それに奴が連れてきたエルドレッド。彼は盗賊の知り合いとは思えないほど誠実で優秀な人材だ。だが……。だが。……簡単に信用できる話ではない。
「ふむ。」
エルドレッドはラガエア側の仲間だったとしたら?ラダゴスが捕らえたアルド達を、変に庇おうとして二重スパイである事が発覚してしまったら?……。もしかしたらガルター一味が執拗にラダゴスの名を貶めようと悪行を繰り返していたのも、逃げられた彼を確実に殺すよう彼を誘き寄せる罠だったのかもしれない。ローエン一家が崩壊した時の状況は知らないが、不自然にガルターと反目した理由も、味方に付いた事も辻褄が合う。
長瀬は少し長く沈黙し、思案を巡らせると、もう一言付け加えた。
「ならば、貴様が案内すれば良いだろう?」
「俺はもう闇社会との繋がりに疲れちまった。今回の事で逆に目を付けられちまったしな。近い内に俺の躯もどこかに転がる事になるだろう。」
やはりか。長瀬は内心で大きく頷いた。少なくとも想定は当たらずも遠からずと言った感じだろう。実際にはさらに複雑な事情も絡み合っているのかもしれない。
ラダゴスはローエン家にトドメを差す手筈が、逆に守る立場で行動し、それがバレて狙われる立場になった。長瀬の想像どおりであれば、ガルターを倒しても第二、第三の刺客が贈られて来る。彼はもう、逃げ切れないと悟っているのだ。幸いツィーラも死んだと思われている。彼女の無事を知られないために距離を取るつもりなのだろう。自らを囮として敵を引き離す為に。
長瀬は改めて深く考えた。彼は、妻子が居たと言っていた。過去形だ。おそらく、苦しい思いもしてきたのだろう。今にしてようやく思う浮かぶ事もある。彼が同盟を組む最に言っていた“助ける”だの“預かった”だのの話。あれもすべて真実だったのかもしれない。想定ばかりの不確かな憶測ではあるが……。
「わかった。必ずとは言えないが、貴様の望み、頭の片隅に入れておこう。」
「ありがてぇ。これでもう思い残す事はない。なぁ、影さんよ。ツィーラの嬢ちゃん。あれはまだまだ未熟だが素質はある。立派に育つまで、しっかり守ってやってくれよ。」
「元よりそのつもりだ。」
ラダゴスは最後ににっと笑って踵を返し、後ろ手を軽く振りながらそろそろ帰ろうぜとツィーラの元に去って行った。
登場人物
ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承し攫われた家族の救出した。
プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠っていたが魔力供給により復活し、同化する。プリムスの名を継承。
長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関として核を同化。守護霊のようにツィーラを見守り援護する。
セクンダ:ローエン家長女。フルネームはツィーラ・セクンダ・ローエン。奴隷商との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。
アルド:ローエン家長男。フルネームはプリムス・アルド・ローエン。奴隷商により捕縛され救出された。身にプリムス(ワン)の魂を宿す。
ノヴァ&ホラ:ローエン家の弟妹。アルド、セクンダの弟妹。奴隷商により監禁されていたがアドルに逃がされた。ツィーラたちにより発見、保護された。
ラダゴス:元奴隷商の山賊頭。副頭領のガルターに裏切に合い、ツィーラと同盟を組む。
ガルター:元奴隷商の副頭領。ラダゴス隊を乗っ取り本格的な山賊稼業に手を染めるがツィーラ達に壊滅させられ、ラダゴスに処刑された。




