第二十一話 ローエン家の集結と白髪の朝
白髪の朝は、血の匂いとともに新たな一日を告げていた。小さな温もりが胸の中で二つ、ゆっくりとしかし柔らかな朝日と共に目覚める。
「セク……ねぇ?……その髪?」
幼い弟ノヴァが目を丸くして指を差す。ツィーラは自分の手で髪に触れ、驚きと戸惑いが混じった息を漏らした。
「……白い。まるで雪みたい」
燃えるような薄紅色だった髪は、いつの間にか光りを反射して煌めく銀髪に変わっていた。魔力の注入か、ツィーラとセクンダの同化の作用か――理由は定かでない。物理的な説明も出来ないが、極限まで生命力を使い果たした証拠なのかもしれない。ただ確かなのは、**セクンダの中に新しい何かが芽生えた**という証でもあった。
周囲の者たちは誰もその変化を口にしなかった。あるいは、あまりに劇的な出来事に触れられなかったのかもしれない。ツィーラ自身が気づかなかったのは、そんな身近な事にも気付く余裕すらなかったのだろう。
「ねぇさま……きれい」
ホラの感嘆とした率直な感想に、ツィーラは微笑みを返す。白銀の髪は朝日に柔らかく反射し、二度と戻らないはずの命の再燃を祝福しているようにも見えた。
ツィーラの暖かな微笑みと、柔らかな幼子の目覚めに、アルドの心は綻んで溶けてしまいそうなほどの幸福感に包まれていた。だが胸の奥には、後悔の影も残っていた。アルドは、弟妹に「逃げろ」と命じた自分の判断を悔いている。
小屋の外で騒ぎがあった時、見張りが離れた隙を付いて力ずくで牢をこじ開け、逃がしたのだ。しかも、自分は力尽きて共に行く事も出来なかった。そのせいで子供たちは無駄に逃げ回る事になり、無理に焼き切って拘束を解いたのか、手首には縛られた火傷跡が痛々しく残っていた。さらに森を駆け巡って付いた細かな擦り傷が幾多もあり、それは逃走の激しさを物語っていた。
その傷跡を見て、アルドの胸は深く締めつけられた。だがすぐに、内に住む別の感情が彼を支えた。
(アルド、あの場面では誰でも逃がしたいと思うさ。それに……見て、傷は僕が治せる)
アルドの前に小さな光の玉が浮かび、ふっと溶け込むように子供たちを包んだ。赤黒く染まった手首の火傷や浅い擦り傷が、みるみる消えていく。神秘の光に、アルドは思わず声を漏らした。
「あぁ……神様、ありがとう」
アルドと子供達の様子を見ながら、ツィーラは膝をついて二人を抱き寄せる。胸の奥で、セクンダの記憶が震えた。
——どうか、この子たちを……お願いね
心の奥で眠っているセクンダからの願いに触れ、ツィーラの目に涙が溢れる。
「大丈夫。私が、ツィーラが、あなたたちを守るから」
アルドも弱々しく、けれど暖かく微笑んだ。
「ツィーラ……ありがとう。良かった、無事に見つけられて」
プリムスの声が静かに重なる。
——ツィーラ。よくここまで辿り着いたね。
ツィーラは涙を拭い、微笑む。白くなった髪が朝日に淡く輝き、子供たちの表情は少しだけ和らいだ。二人は兄姉の優しい声に安心し、互いに寄り添う。
長瀬の魔術、プリムスの治癒、そしてツィーラの決意――それらが重なり合い、ローエン家の再生は静かに始まっている。だが物語はまだ続く。英雄譚となる日は遠く、今はただ、目の前の命を守ることが精一杯だとしても。
「おぅ、こっちの用は済んだぜ。いつまでもぐずぐずしてねぇで、そろそろ帰ろうや」
余韻に浸る感性も無さそうな無粋な声が、遠くから聞こえてきた。ラダゴスの声だ。ツィーラは、アルドと目を合わせた後、呆れた表情を見せると、幼い弟妹を抱き起こしゆっくりと立ち上がった。
***
村へ戻る道すがら、ツィーラの胸の奥で**三つの意識**が静かに重なり合っていた。
**セクンダの願い**、**ツーとしての自我**、そして**長瀬の導き**。その隙間に、温かな**プリムス兄さまの気配**が寄り添う。
——ツィーラ。これで……家族は揃ったね。
(……はい。でも……まだ終わりじゃない)
長瀬の声は続いた。
——セクンダが眠りから覚めるまで、僕たちはこの世界で生きていかなきゃならない。元の世界へ戻るには、多くの魂と心のエネルギーが必要だ。戦い、助け、導くこと――この世界で“生きる”ことが、きっと道を開く事に繋がる。
ツィーラは弟妹を抱きしめながら、静かに頷いた。
(……わかっています。私……もっと強くなります)
***
村に戻ると、朝の光が山々を照らし始めていた。村人たちは歓声を上げ、救出された子供たちを抱きしめて共に無事を喜んでくれた。そして同時に山賊討伐の成功を讃えた。ツィーラはその光景を見つめながら、胸の奥で誓いを立てる。
「……私は、**ツィーラ・セクンダ・ローエン**。この名に恥じぬよう、この世界で、生きていきます」
「セクンダ……いや、ツィーラ様。私の大切な妹、どうかよろしくお願いいたします。」
強く生きると誓う新たな妹ツィーラに、セクンダとは違う逞しさを見て、アルドは心強さと誇らしく思う感情が胸に去来した。
——ツィーラならきっとセクンダを目覚めさせてくれるよ。僕も協力するからさ。
アルドの内部からもプリムスの囁きは優しく響きく。その言葉に後押しされて安堵もさらに混じった。
弟のノヴァは、ツィーラの服をぎゅっと掴み、妹のホラはアルドの手を離さない。恐怖の記憶と解放された安心が混ざり、涙が静かに零れる。ツィーラはホラを優しく抱きしめ、アルドはノヴァを抱き上げて微笑んだ。互いの存在が、家族の傷を少しずつ癒していく。
***
ところ変わって、無粋なラダゴス。ローエン家が再興の門出を祝っている中、これからどうするつもりだと聞くと彼らしい応えが返って来た。正直なところ、傭兵団運営に才のある彼をこのまま仲間として迎えても良いとツィーラは思っていたのだが、彼はどこまで行っても、自由な無頼人ラダゴスだった。
「あぁ?俺の依頼はガルターを討つまでだ。部下の敵討ちも済んだ今は、しばらく気ままに旅でも出るさ。まぁ、どこかでまた会ったら、そのときゃよろしくな」
ラダゴスとは、ここで別れることになった。彼はガルターの裏切りで多くを失い、今は一人で旅に出るという。豪快で細かいことを気にしない男だが、胸の奥には寂しさが残っているようにも見えた。永遠の財布として利用できなくなるのだけは少し残念だとツィーラは淡白な感情で後ろ姿を見送った。
一方、エルドレッドはこのまま団に残ることを決めた。彼の伝手で、今後も仲間を紹介してもらえる見込みもある。新たな出会いと、避けられない別れ――ツィーラはその両方を受け入れながら、前へ進む覚悟を固める。
——ツィーラ。僕たちは……ずっと一緒だよ。
——さあ、行こう。ここからが、本当の旅の始まりだ。
長瀬とプリムスの言葉が重なり、ツィーラは森の端から登る陽光を見上げた。
***
ところで……。話題が変わり、エルドレッドがふと尋ねる。
「そういえば、タクテオス殿が言っていた宝箱ってどうなったんですか?」
結論から言えば、**宝箱は見つからなかった**。だが、妙な金属の破片が見つかり、それがタクテオスの言っていた遺物の一部である可能性は残る。大きな価値があるかは不明だが、売れば資金の足しにはなるだろう。それを切っ掛けに南帝国に赴くのも悪い話ではないな。長瀬は心の中で、ラダゴスの願いを思い返していた。
ラダゴスと交わした約束は秘密にしたまま、長瀬は助言する。重要人物と話す際は、家を再興する為にも**ローエン**の名を忘れずに名乗ることを。今後は確実に貴族とのやり取りが発生するだろう。ツィーラは静かに応えた。
「ツィーラ・セクンダ・ローエン。私の名を、忘れずに……」
白い光が彼女の髪を照らし、新たな物語の幕開けを告げているようだった。
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**第一章 墜ちた星と、白い少女の誕生** 完
登場人物
ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承し攫われた家族の救出した。
プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠っていたが魔力供給により復活し、同化する。プリムスの名を継承。
長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関として核を同化。守護霊のようにツィーラを見守り援護する。
セクンダ:ローエン家長女。フルネームはツィーラ・セクンダ・ローエン。奴隷商との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。
アルド:ローエン家長男。フルネームはプリムス・アルド・ローエン。奴隷商により捕縛され救出された。身にプリムス(ワン)の魂を宿す。
ノヴァ&ホラ:ローエン家の弟妹。アルド、セクンダの弟妹。奴隷商から逃げていたが、ツィーラたちにより発見、保護された。
ラダゴス:元奴隷商の山賊頭。副頭領のガルターに裏切に合い、ツィーラと同盟を組んで部下の仇を討つ。
ガルター:元奴隷商の副頭領。ラダゴスに処刑された。
エルドレッド:ラダゴスの紹介で仲間に加わった指揮官。弓の名手。
タクテオス:うっかり者の旅医者。うっかり山賊に捕まっていた。「持っていた宝箱を奪った山賊を倒して取り戻せたら救ってくれたお礼に差し上げる」と、何か意味深なフラグを立ててから去った。
※第一章、いったん完結します。第二章を書いたら、また再開しますです。




