第十八話 砦なき砦、そして救出の刃(②)
ラダゴスとエルドレッドが正面で激しく交戦する中、ツィーラは深く息を吸い、一呼吸置いて滑るように左側の敵へ駆け込んだ。
「小娘が、小癪な!」
斧を振り上げる敵の一撃が迫る。
——ツィーラ、右へ!
反射的に身を翻すと、斧は地面を砕いた。恐怖が胸を締めつける。だが、ツィーラは恐れもせずにそのまま踏み込み剣を振り抜く。刃が敵の腕を切り裂き、呻き声が闇に消える。
「ぎっ……!」
闇夜の奇襲に、二名の兵士が続く。新たな敵に視線を奪われたのか、大きな隙が生まれた。その隙を見逃さず、ツィーラは身を翻す。驚きの表情を見せる間もなく、一人目の山賊は大地の沁みとなった。返す刀で二人目の横腹を薙ぎ上げる。血の煙が吹き上がり、閉ざされた視界の中でやみくもに振るった新兵の剣先が三人目の顔を掠めて体勢を崩した。
三人目の右側に別の新兵が躍り出る。よろめきながら、その新兵に視線を移した瞬間。逆側からツィーラの鋭い一撃が、首と胴を永遠にサヨナラさせた。山賊はヤバいと感じて防御をしようと試みたが、もはやその思考を伝える身体は伝わらない。首が地面に転がった時には、その意識は暗転して闇に呑まれた。腹を裂かれて蹲る二人目も、時を置かずに静かに意識を手放した。
三名の敵は瞬く間に倒れた。鮮やかに敵を排除して尚も、ツィーラは息を切らしながら中央の小屋へと急いで走る。
(……兄さま……!)
扉を蹴り開けると、薄暗い室内に縛られたアルドが倒れていた。見張りはラダゴスとエルドレッドに誘き出された獲物のように外へ引き出され、室内は無防備だった。
「アルド!!」
ツィーラは駆け寄って縄を切る。アルドの声は弱々しい。
「……セク……ンダ……?」
だが、その胸の奥に確かな気配があった。
(……兄さまの気配……!)
——触れろ。アルドの胸に手を置け。
長瀬の声が急かす。ツィーラは震える手でアルドの胸に触れると、その瞬間、白い光が弾けた。彼女の手を介して、長瀬の魔力がアルドの内に眠る存在へと注ぎ込まれる。アルドの身体の奥で、別の命の波動が急激に膨らんだ。
「こ……これは……」
アルドは呻き、動揺を隠せない。だが次の瞬間、内側から声が届いた。
——アルド……理由があって君の中で眠らせてもらっていた。僕はVoy‑Ⅰ。君たち兄弟の輝きに惹かれた別世界の神だ。
「何っ! 神……様だって?!」
内なる声に動揺するアルドをよそに、ツィーラは駆け寄り、胸に顔を埋めて再会の涙を流した。
(……プリムス……兄さま……)
長瀬の魔力供給と同時に、Voy‑Ⅰは眠りについていた時の記憶を伝える。セクンダの代わりにVoy‑Ⅱがツィーラとして奮闘していたこと、ローエン家が襲われた真相、ガルターの裏切りでラダゴスが同盟者になった経緯。そして、ツーがワンの無事を心の底から願っていたことまで——。
魔力の供給と記憶の継承が完了すると、Voy‑Ⅰは「プリムス」として覚醒した。
——ツー……すまない、遅くなった。
プリムスの声が、ツィーラの心に直接響く。
「兄さま……! よかった、本当に……!」
アルドの身体が微かに震え、瞳に光が戻る。
「……ツィー……ラ?」
アルドの内部では、プリムスとの融合が本格化し、情報と感情が行き交い始める。セクンダの命は助かったが、意識は眠りについていること。セクンダにも別世界の神が同居して救出に動いていること。二つの意識が一つの身体に宿ることの意味と負担——。
(神様たちが……セクンダが生きて……そうか、私たちは救われたのか。感謝します、神様!)
だが、同時に一つの身体に二つの意識があることは、心身に大きな負担をもたらす問題でもある。話し合いの末、身体の主格はアルドに置き、Voy‑Ⅰは**プリムス**として魂の一画に寄生する形で共存することが決まった。プリムスは魔術的な補佐役として、ローエン一家を支える役割を担うという合意だ。
——魔力供給完了。プリムス、復帰だ。
長瀬の声が重なり、ツィーラは涙をこぼしながら笑った。
「兄さま……プリムス兄さま……戻ってきてくれて、ありがとう!」
「セクンダ……いや、ツィーラか」
アルドは、自分の中にいる別の意識に戸惑いを隠せない。自分の身体に別の存在が宿ること、その存在が自分と同じ名で呼ばれることへの違和感。だがプリムスは静かに語りかけ、信頼を築こうとする。
(ごめんな、アルド。意識が繋がるのは不安だよね。深い領域は読まない。僕を呼ぶときはプリムスと呼んでくれ。それと、僕の妹ツィーラを信じてほしい。悪い子じゃないから)
内部ではプリムスが慎重に言葉を選びながら説明を続けた。アルドは、不可思議な現象を直接伝えられたことで僅かに安堵を覚えていたが、なによりも死んだと思われたセクンダが生きて自分の前に姿を現したのが嬉しかった。たとえ、その意識が今は眠っているとしても。アルドとプリムスは内部で言葉を交わしながら、少しずつ互いの距離を縮めていく。
——ツィーラ……ただいま。
同時にプリムスは、ツィーラの事も忘れてはいない。アルドの精神に負担をかけないよう、声を電信でツィーラに送った。ツィーラはその言葉を胸に刻み、震える手をアルドの肩に置いた。
外では戦闘の音がまだ続いている。仲間たちが敵を押さえ、ラダゴスの声が森に響く。だが今、ツィーラの胸には確かな光が差していた。兄が戻った。家族の一部が取り戻されたのだ。
(……まだ終わっていない。セクンダも、ノヴァとホラ、そしてガルターとの決着も)
ツィーラは立ち上がり、仲間たちへと視線を向ける。救出は始まったばかりだ。夜の森に、再び刃が光る。
登場人物
ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承し攫われた家族の救出を目指す。
プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠っていたが魔力供給により復活し、同化する。プリムスの名を継承。
長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関として核を同化。守護霊のようにツィーラを見守り援護する。
ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。
プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。奴隷商により捕縛され救出された。身にプリムス(ワン)の魂を宿す。
ノヴァ&ホラ:ローエン家の弟妹。アルド、セクンダの弟。奴隷商により捕縛された。監禁状態。ツィーラの救助目標。
ラダゴス:元奴隷商の山賊頭。副頭領のガルターに裏切られ逃亡。仇討ちの為にツィーラと同盟を組む。




