第十七話 砦なき砦、そして救出の刃(①)
森の奥へ進むほど、空気は冷たく湿り気を帯びていった。
バッタニアのペンドライク城と、西帝国のラゲタ城を結ぶ街道。そこを僅かに離れた茨道を数刻ほど歩いて森の深みへ入る。
西帝国は、ネレッツェスの後継者アレニコスの死を契機に分裂した大帝国の一派だ。将ガリオスが兵士たちに推されて帝位に就き、軍事貴族の家門出身で「兵士の皇帝」と呼ばれている。
長年の争いの中で、ガリオスを含む大帝国軍はバッタニアとの戦いで大きな損害を受けた。後に語られる『ネレッツェスの愚行』である。
ローエン家もその憎しみの渦に巻き込まれ没落した。そのローエン家の生き残り、兄の**プリムス・アルド・ローエン**と弟妹は、西帝国の意図を受けた傭兵団――ラダゴス一味に襲撃され捕らわれた。
そして今、ローエン家の長女である**ツィーラ・セクンダ・ローエン**は、他世界の存在**Voy‑Ⅱ**と長瀬良治を内に宿し、家族を救うために動いている。
裏切りで団を奪われた元首領ラダゴスとは奇妙な因果で同盟を結び、さらにコンパニオンの**エルドレッド**を味方に加えた一行は、奴隷商として暗躍するガルターの拠点を目指して森の奥へ踏み込んでいた。
夜の帳が落ち、木々の影が濃く伸びる獣道を進む。ツィーラは剣の柄を握り、呼吸を整える。
(……ここに、兄さまが……アルドが……)
——ツィーラ。前方三十メートル。木造の小屋がある。周囲に十五……いや十七の反応。ガルターの部下だ。
ツィーラの焦りを制すように、長瀬の声が静かに響いた。彼女は思わず息を呑んで再び剣を握る手に力を込めた。戦闘を前に足は震えるが、思考は不思議と冷静に澄んでいた。辺りを見回して、思わず率直な感想を呟いた。
「……隠れ家というより、森小屋ね」
「ガルターの野郎、まさかこんな場所に巣食って人攫いに精を出すとはな。金に取りつかれて、身も心も売っちまったんだろう」
ラダゴスが舌打ちして憎々し気に言葉を吐いた。まるで人攫いが人の仕業ではない悪魔の所業とでも言わんばかりに、あの山賊たちの元頭領とは思えない意見を述べた。
ツィーラは心の中で「私達を襲った親玉が、どの口で言うのか」と反発する。だがラダゴスにとっては、傭兵としての信条や矜持があるのだろう。
「ツィーラ殿。どう動きますか?」
エルドレッドが弓を構え、警戒を強めながら低く囁く。その声に反応して、ツィーラは仲間たちを見渡した。十名ほどの小さな部隊。皆、緊張に包まれている。あの大胆不敵なラダゴスでさえも真剣な表情でツィーラの言葉を待っていた。ツィーラは指揮経験に乏しい。だが、今は――
(……長瀬様がいる。エルドレッドも、ラダゴスも……皆がいる)
ツィーラは緊張の中にも、心に温かいものを感じつつ精一杯の思考を巡らせた。
——ツィーラ。敵は三つの集団に分かれている。正面に五、右側に四、左側に三。中央の小屋に残りの山賊とアルド……Voy‑Ⅰがいる。
脳裏に長瀬の声が響いた。同時に胸が強く脈打つ。
(……兄さま……!)
すぐにでも駆けだしたい想いとは裏腹に、指揮の答えを出せずにいたツィーラに痺れを切らして、ラダゴスが低く笑って剣を抜いた。
「よし、こっちも三部隊に分かれる。俺が正面から叩く。エルドレッドは右の遊撃。嬢ちゃん、お前は左から回り込め」
ラダゴスの言葉に、ツィーラは素直に頷いた。
「……わかりました」
部隊長はツィーラだが、戦の雰囲気に呑まれて思考が定まらない自分よりマシだと瞬時に理解して、指揮采配は経験豊富なラダゴスに従った。
敵の足音と息遣いが土の匂いに混じって近づく。視界が揺れ、心臓の鼓動が高鳴る。
——ツィーラ。左側の三名は武装が軽い。突破しやすい。そのまま小屋へ向かえ。
(……はい!)
三方向から、足音を殺して接近する。視線を交すと、まるで意思を合わせたように、敵に向かって一斉に走り出した。
「行くぞォォォラァァ!!」
ラダゴスの雄叫びが森に響き、正面の五名へ突撃する。
「うぉぉ……なむさん!」
緊張に震えた新兵の掛け声が木霊し、同時にラダゴスの投げ斧が唸りを上げて敵の頭蓋を砕いた。金属音と怒号が交錯し、森の静寂は戦の喧騒に塗り替えられる。
「右側面を狙え、射撃を合図に突撃開始!」
エルドレッドの矢が闇を裂き、敵の喉を貫く。兵士たちが側面から斬り込んだ。瞬時に敵陣は混乱して場を乱した。
ツィーラは静かに左側から回り込み、音も無く軽装の三名へと飛び込んだ。剣を握る手は震えたが、セクンダの記憶が反射を導く。刹那の躱し、斬り返し、彼女の剣撃は軌跡を描いて闇に煌めく。どっと鈍い音を立てて敵の一人が地に崩れる。二人、三人。まるで最適解を何度もシュミレートしたかのように自然と体が動き、続けざまにすべての敵を排除した。
戦闘は短く、しかし激烈だった。森の空間は血と金属の匂いで満たされ、勝利の余韻と同時に重い現実が押し寄せる。中央の小屋に残る者たち――そしてアルドの気配が、ツィーラの胸に鋭く突き刺さる。
(……兄さま、もう少しで会える。必ず、必ず助ける)
夜の森に、救出の刃が静かに光った。
登場人物
ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承し攫われた家族の救出を目指す。
プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠る(スリープモード)。ツィーラにより、勝手にプリムスの名を継承。
長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関として核を同化。守護霊のようにツィーラを見守り援護する。
ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。
プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。奴隷商により捕縛された。監禁状態。身にワンの魂(眠り)を宿す。ツィーラの救助目標。
ノヴァ&ホラ:ローエン家の弟妹。アルド、セクンダの弟。奴隷商により捕縛された。監禁状態。ツィーラの救助目標。
ラダゴス:元奴隷商の山賊頭。副頭領のガルターに裏切られ逃亡。仇討ちの為にツィーラと同盟を組む。




