第十六話 集う者たちと、アジトへの道(④)
——ツィーラ、依頼先は恐らく西帝国だ。
ラダゴスが傭兵団ってのは何となく理解できた。妙に団の運営に詳しかったからな。
それに……近々大きな戦争がありそうだって噂も出ていた。
ラダゴスとの会話に含まれた帝国の情報を、長瀬は補足するように伝えた。国を取り巻く戦時情勢は刻々と変化している。かつて強大だった大帝国は分裂し、西・北・南の三国に分かれている。そのうちバッタニアと隣接して争っている**西帝国**が、ローエン家を潰す依頼の黒幕である可能性が高いという。
——戦争。
そのために、セクンダたちが襲われたっていうの?
——あぁ、たぶんな。
戦争で国力を削げという指示は、領主や貴族を混乱させるのが目的だ。小規模な集団でも襲える弱小貴族を狙ったのだろう。
——そんな……。
じゃあ、セクンダの望み通りに兄弟妹を取り戻しても、また襲われるってこと?
ツィーラは、家族の救出という一縷の望みを叶えた先にも試練が待ち構えていることに、言葉にならない重さを感じていた。だがその重苦しい空気を察したのか、エルドレッドが穏やかに声をかける。
「はぁ、終わった終わった。ツィーラ殿、なんとか無事に賊討伐のミッションは達成できましたね。短い戦闘でしたが、兵士の皆も疲れているでしょう。一度村に戻って、ガルター討伐作戦を練り直しませんか?」
良いタイミングだった。ツィーラと長瀬の会話は電信で行われてエルドレッドには伝わっていない。それでも深刻な状況に、不安の色が表情に出てしまっていたのだろう。現状を整理して考える時間も必要だ。
「そうね。皆、よく戦ってくれました。皆のおかげで略奪者討伐は無事に終わったわ。一度村に戻って鋭気を養いましょう」
ツィーラの言葉に、少数の部隊ながら勝利の声が上がる。ラダゴスは物足りなさを口にしつつも、初勝利を喜んでいた。ツィーラも、エルドレッドも、兵たちも、短いが確かな達成感を分かち合う。
しかし村へ戻る途中、別の略奪者集団を発見してしまった。皆疲れてはいたが力を振り絞り再度戦闘に入る。相手は五名。先の戦闘と同様に迅速に制圧し、連れ回されていた囚人を数名救出した。
囚人たちは皆は喉が渇き、疲れ切っていた。水とパンを与え、手当てを施していると、一人がよろめきながら立ち上がり、ツィーラの元へ歩み寄った。
「あ……彼は!」
「タクテオスさん、よかった。無事でしたか」
その囚人と村で仲間に加わった兵士は顔見知りだったらしく、駆け寄って無事を喜びを分かち合う。
「助かりました。あの山賊たちに殺されるところでした……恩に着ます。私はタクテオス、医者をやっています。旅をしていたのですが、危険な目に遭って後悔していました。あなた方が来てくれなければどうなっていたか……。ぜひお礼をさせてください。襲撃者の頭と思われるラダゴスと呼ばれていた奴が、高価な品々と私の持っていた箱を奪っていきました。あのゴロツキを倒せば、宝箱を取り戻せるかもしれません。箱の中には装飾品が入っており、元の持ち主からは『ネレッツェスの愚行』に関連する遺物だと聞きます。もしラダゴスを倒すことができたら、この宝箱をお礼に差し上げます。助けてくれて本当にありがとう」
彼がラダゴスと言っているが、その現状はガルター一味の犯行だ。つまり、ガルターを倒して宝を見つければ追加報酬になる。ラダゴスを財布として扱うにも限界がある。タクテオスの言葉は、資金に苦しむツィーラにとって思いがけない追い風になった。
「俺じゃねぇ……ガルターの野郎だ。あの野郎、各地で俺の名を語ってやりたい放題しやがって」
ラダゴスの怒りは収まらない。タクテオスがラダゴスと名指しで罵っているのは、すべてガルターたちによる冤罪だ。それにツィーラも、目的の家族が近くにいると知れば落ち着いてはいられなかった。
休息を取りつつ囚人たちと別れを告げると、ツィーラたちはラダゴス、もといガルターの隠れ家へ向かうことにした。村での休息も作戦練り直しも後回しだ。ラダゴスの怒りと、アルドたちが近くにいるかもしれないという情報が、彼女たちを急がせたのだ。
***
山道に入ると、空気が一変した。木々は密になり、風は冷たく、鳥の声すら消える。日は既に傾き、薄暗さが森を支配する。夜の冷気が肌を刺し、夜行性の生き物たちが目を覚ます。
ラダゴスが先頭で手を上げ、全員を止める。
「ここから先は、奴らの縄張りだ。気を抜くなよ」
この辺りは彼のテリトリーだ。危険を察知する勘は確かで、ツィーラは剣に手を添えた。
その時——
——ツィーラ、前方に魔力の残滓がある。恐らく……アルドのものだ。
ツィーラの心臓が跳ねる。
(……兄さま……!)
ラダゴスは険しい表情を浮かべる。襲撃者を潰して回った痕跡が広がっているらしく、何か騒がしい動きがある。
「ガルターの野郎、急いでやがるな。子供たちをどこかに運ぶつもりかもしれねぇ」
ツィーラの胸が締め付けられる。
「急がないと……!」
エルドレッドが弓を慌てて構えた。
「ラダゴス殿。偵察どころではないのでは?」
ラダゴスは舌打ちする。
「……ああ。状況が変わった。嬢ちゃん、エルド、行くぞ。このままガルターを叩く。準備をする時間がねぇ、特攻する」
ツィーラは強く頷いた。エルドレッドも無言で後に続く。
(……プリムス兄さま、アルド。ノヴァ、ホラ。必ず……必ず助けます)
夜の森に、彼女たちの決意が静かに燃え上がる。集った者たちの足並みは揃い、アジトへの道は今、最も険しい局面へと差し掛かっていた。
登場人物
ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承し攫われた家族の救出を目指す。
プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠る(スリープモード)。ツィーラにより、勝手にプリムスの名を継承。
長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関として核を同化。守護霊のようにツィーラを見守り援護する。
ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。
プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。奴隷商により捕縛された。監禁状態。身にワンの魂(眠り)を宿す。ツィーラの救助目標。
ノヴァ&ホラ:ローエン家の弟妹。アルド、セクンダの弟。奴隷商により捕縛された。監禁状態。ツィーラの救助目標。
ラダゴス:元奴隷商の山賊頭。副頭領のガルターに裏切られ逃亡。仇討ちの為にツィーラと同盟を組む。
エルドレッド:ラダゴスの紹介で仲間に加わった指揮官。弓の名手。
ラメノン:山岳村の首長。奴隷商の山賊退治とタクテオス救助をツィーラに依頼。
タクテオス:うっかり者の旅医者。想定どおりに、うっかり山賊に捕まっていた。「持っていた宝箱を奪った山賊を倒して取り戻せたら救ってくれたお礼に差し上げる」と、何か意味深なフラグを立ててから去った。




