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ビーナス・エール

「勝っちゃったよ……」


 消滅して行くグリズリーラビットを見詰めながら『最初の戦闘での苦労はなんだったんだ』と言いたくなるくらい、あっけなく勝ててしまった。

 やっぱソロプレイなんてゲームでのみ通用するプレイスタイルなんだなぁっと実感してしまう。


「まあ一番の要因はジーナだよな」

「え? 私ですか?」


 突然話しかけられたジーナがきょとんとした顔で首を傾げる。

 グリズリーラビットの属性は風だった。つまり弱点属性は雷と言うことになる。

 

 レベル六のジーナのサンダー・ボールでホーンラビットは一撃で倒せるのだから、弱点属性への攻撃によるダメージはそこそこ高いはずだ。

 実際グリズリーラビットはジーナの魔法を受けた後に膝を付いたり動きが鈍くなる場面が多かった。


「ダーリン、アイテム拾わなくていいのか?」

「あっと、そうだった」


 アイテムは拾わないと消えてしまうんだった。

 レイナに促されてグリズリーラビットが落としたアイテムと魔石を拾う。

 

 これは爪か牙か?

 魔石の傍に湾曲した尖った爪のような物が落ちていた。


 名前:兎の爪。


 ……あくまでアレを兎と言い張るか。

 まあ貰える物は貰っておく主義なので気にせずに魔石と一緒にポシェットに仕舞う。

 魔石も入るんだから便利だよなマジックポシェット。

 ただ机や椅子は無理だったから、入れられる物に何かしらの基準がるんだろうけど。


「じゃ、二階に行ってみるか」


 二人が頷くのを確認して二階層へと移動する。

 二階層の入口に到着した俺は通路に続いているであろう扉を開く。

 通路は左右に分かれていた。


「取り合えず左から行くか」


 研磨されたA4サイズ位の大きさの新しい木版を出して、木炭で地図を描いていく。

 ちょっと擦っただけでダメになってしまいそうだが、ポシェットに仕舞えば問題ない。

 紙もインクもペンも、消耗品って考えると地味に高いんだよなぁ。

 

「二階は俺も初めてだから、二人とも注意して」


 先頭を注意深く進みなら二人に忠告する。

 暫く進んで扉が見えたので地図を一旦仕舞ってから開くと、そこに二体の魔物を発見する。


「熊かよ」


 そこにいたのは全身真っ黒な毛をした熊だった。

 グリズリーラビットも怖かったが、目の前の熊は元の世界と姿が同じだから余計に怖く感じるな。



 名前:ブラックベアーLV8 属性:?

 ドロップ:? ?

 スキル:《スマッシュ(可)》



「スマッシュというスキルを使うみたいだから気をつけてくれ!」


 向かってくるブラックベアーに応戦しながら二人に警告する。


「りょ、かい!」

「はい!」


 俺とレイナが足止めしている間にジーナが飛び上がる。

 俺は振り下ろされたブラックベアーの右腕を屈みながら左にステップして避け、剣で横っ腹を殴り飛ばす。


「うっ」


 グリズリーラビットよりも重い衝撃を感じたが、なんとか軽く弾き飛ばすことに成功する。

 レイナがグリズリーラビットを切り裂けたのは多分一定一以上のダメージを与えたからだと思うんだが、俺の力がまだまだ弱いって事か。


「ちょっと厳しいし使ってみるか! バーニング・ソウル!」


 レイナが新しく覚えたスキルを唱える。

 レイナの体と武器が赤く発光する。

 

 俺のバースト・ソウルの色違い、ということは強化技だ!


「レイナ! その技は他のスキルとの同時使用が可能だ!」

「了解! スラッシュ!」


 レイナが振り下ろされたブラックベアーの腕目掛けてハルバートを振るう。


「グオオオ!」


 振り下ろされたブラックベアーの腕が切り裂かれ、切断面から赤い粒子を撒き散らす。

 地面に落ちた腕の方は赤い粒子となって消滅する。

 

「ご主人様! サンダー・ボール!」

「うおっ!?」


 レイナの方を注視し過ぎていたらしい。

 迫っていたブラックベアーをジーナが魔法で牽制してくれたお陰でなんとか攻撃を受けずに済んだ。


「すまんジーナ」

「いえ」


 レイナがスキルを解くのを横目で確認しつつブラックベアーに迫る。

 ブラックベアーが雄叫びを上げると、両腕が銀色に光る。


 あ~やっぱ取得した方がいいよなぁ。


 俺は剣を鞘に仕舞って振るわれたブラックベアーの掌の部分を狙って、拳を叩きつける。


 っつう。やっぱ武器無しじゃ辛いのか。


 腕に痛みが走って弾かれる。


 スマッシュ。

 弾かれながらスマッシュを唱えると右腕に力が溢れる。


「今回復します。ヒール!」


 ジーナが俺の体に触れると、一度だけ俺の体が白く発光する。すると痺れていた腕の痺れが抜けた。


「ありがとうジーナ!」


 ジーナにお礼を言いつつ剣を抜くと、右腕から力が抜ける。

 ちっ。やっぱりスマッシュは自分の腕で攻撃しないとダメか。

 スラッシュの格闘版って所だろう。


「よし!」


 レイナの方は倒し終えたか。なれ俺も。


「バースト・ソウル!」


 バースト・ソウルで一気に畳み掛ける!

 横に払われた腕を剣で弾き返して、がら空きの腹部を切り裂く。


「グオッ!?」


 驚いているところに、更にストライクで傷口に向かって剣を突き刺す。

 柄から手を放し、鳩尾目掛けてスマッシュを叩き込む。


「グオォ!?」

「もう一発!」


 スマッシュを纏ったフックでブラックベアーの横っ面を殴り飛ばす。 


「グオオオオ!!」

 ブラックベアーが消滅するのを確認して、バースト・ソウルを解く。


「はあ。やっぱ疲れる」


 体を気持ち悪い感じが襲う。


「レイナは大丈夫か?」

「まあな。でも確かに、このソウル系のスキルは燃費が悪いな」

「一応ヒールをしておきますね」


 ジーナが俺とレイナにヒールをかけてくれるが、体から気持ち悪さは抜けてはくれない。

 まあエーテル不足だからヒールでは回復しないのだろう。


「そう言えばバーニング・ソウルの効果ってなんなんだ? 身体強化系スキルなのは分かるが」

「バーニング・ソウルは大人になった獅子族が使えるスキルで、確か使用中は攻撃力が一時的に強化されるスキル、だったかな」


 ……この世界って、エーテル強化だから攻撃力=防御力も強化するはずだよな?


 攻撃力だけ強化されるって事は、装備品と同じで、一部分、例えば腕や武器のエーテル強度が底上げされるって感じなのかな?


 スピード自体は俺のバースト・ソウルと違って速くはなっていなかったから、身体全てが強化されたわけじゃないのは確定として……うん、考えるのは止めよう。

 俺はややこしくなり始めた思考を振り払ってそういうもんだと割り切ることにした。


 ふむ。丁度種族固有スキルの話しが出たし、以前から気になっていたあのスキルを試してみるか。


「ジーナ、ビーナス・エールの魔法効果は知ってるか?」

「いえ、そう言えば知りません」

「じゃあ使ってみてくれ。名前的に攻撃では無いと思うが、一応あっちを向いて唱えてくれ」

「はい。ビーナス・エール」


 ジーナがビーナス・エールを唱えると、こちらに振り向いた。


「対象者にお二人を選択できるようです」

「ふむ。という事は味方に作用する魔法か。俺に使ってみてくれ」

「はい」


 ジーナが返事をして少しすると、俺の体が一度だけピンク色に発光する。

 ふむ。特に何の違和感もないな。ちょっと体が熱いくらいか。

 

「特に何もないな。とりあえず二人とも、キスさせてくれ」

「は?」

「え?」


 ん? 今なんかおかしな事を口走った気がしないでもないが、気のせいだろ。二人とも可愛いし。


「二人ともどうしたんだ? とりあえず宿屋に帰って二人とイチャイチャしたいんだが」

「……おおう」

「……あうあう」


 二人とも顔を真っ赤にしてクネクネ体を揺らす。

 いや~素晴らしいな。二人とも素晴らしいな。

 なんか頭に靄みたいな、というか二人の事しか思い浮かばないが、二人の美しさの前にはどうでもいいことだな。


「よし。決めた。やっぱ結婚しよう二人とも!」

「ええ!?」

「ちょ、落ち着けダーリン!」

「無理! むしろもうここで励んでしまっても構わない気がしてきた!!」

「ふん!」

「ぐはっ!?」


 迫った瞬間レイナに思いっきり頭を殴られた。


「流石にここじゃダメに決まってるだろ!」

「そ、そうです! いつ魔物や他の魔族の方が現れるか」

「いっつつ。すまん。助かったよレイナ」


 俺は頭を振って自分が正常か確かめる。


 うん。大丈夫、俺は二人とも愛してる。愛しているし分別もある。というか二人の裸体を他の奴に見せるとかありえない。断固ありえない。


「うん。分かった。ビーナス・エールは相手を興奮状態にする魔法だと思う」

「興奮ですか?」

「ああ。さっきまで俺は二人の事で頭が一杯で、他の事を考えられなかった」

「それはなんというか……いや嬉しいけどさ」

「ビーナス・エールは後でギルドで詳しく聞こう。とりあえず移動だ」


 俺達は落ちていたアイテムと魔石を拾って部屋を出た。 

 アイテムは熊の毛皮、魔石は一匹あたり四十MSか。宿代くらいは稼がないとな。

 暫く通路を進むとすぐに次の部屋を見つけて中を確認する。

 

「よし、誰もいない」


 三人で小部屋に入って座って休憩する。


「それにしても始めての連携にしては上手くいっていると思うんだが、二人は?」

「いい感じだと思うぞ」

「はい。二人が大怪我しなくて良かったです」


 二人も一息つけてほっとしたのか、安堵の溜息をついていた。

 やっぱり命のやり取りをしていると数時間でも疲れるよなぁ。


 今度は迷宮に潜る時間と町で休む時間をちゃんと決めた方がいいかもしれないな。

 それに今までの戦いで更に連携を高めるためにはどうすればいいかも考えないと……。

 しばらくあれこれ考えていると、ふと視線を感じて顔を上げて左右を見た。

 いつの間にか二人が左右に座って俺のことをじっと見詰めていた。


「あ、ごめん。何かあったか?」

「い、いえ、そういう訳ではなく」

「う、うん。考え事してるダーリンの横顔がカッコイイなぁ~って」

 

 レイナの言葉にジーナも頬を染めて頷く。


「あ、ああそう? ありがとう」


 横顔がカッコイイなどと言われたのは初めてだな。

 こっちまで照れくさくなって顔が熱くなる。


「ふ、二人は体は大丈夫か? まだ気持ち悪さは残っているか?」

「私は大丈夫です」

「あたいも、もう大丈夫だよ」

「じゃあ一度町に戻ってご飯にしよう。で、もう一回探索だ」


 顔の熱を冷ますように一度大きく深呼吸してから、小部屋を出て迷宮を後にした。

 この日はボス部屋に到着することは出来なかったが、ブラックベアーというレベルが近い敵と戦ったお陰で、俺とジーナが更に1レベル上昇した。

 勇者ジョブはLV3まで上がったがジーナは魔法使いを取得するには至らなかった。


 そして件の魔法、ビーナス・エールだが、相手の愛情を増幅させて意中の相手以外のことを考えられなくさせるという、興奮と魅了を会わせた特殊状態異常系の魔法なんだとか。

 まあかけた相手ではなく、意中の相手なのが、まさに『女神の応援』と呼ばれる所以なのかもしれない。


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