修羅場
三人の視線が絡み合ったなんとも居心地の悪い空気が部屋を包む。
広いとは言えないシングルベッドの上で、お互いに三角形の形で座る。
もちろん真ん中は俺、二人は左右に分かれて睨み合っている。
「で、あんたは誰だい?」
「まずはあなたが名乗るべきでは?」
こ、こえぇぇ。
俺は現実では二股とか浮気とかしたことないから知らなかったが、今なら言える。
この空気、まさに修羅場という名が相応しい!
最初にこの事態にその言葉を当てはめた奴は間違いなく天才である。
二人をちらちらと見比べる。
二人とも真顔だ。傍から見たら真剣な表情とも取れるが、二人ともが相手のことを面白く無いと思っているのは明白だ。
何故そんなことが分かるかって、そんなもん一目見りゃ分かるくらい尻尾と耳がおかしいからだよ!
ジーナの尻尾がガラガラヘビのシポみたいにピンと立って小刻みにブルブル揺れている。
大きく揺らさないのは彼女の性格が慎ましいからかもしれない。
そして対するレイナはどうやったらそんな細かい動きが出来るのか教えて欲しいが、毛を逆立てて尖らせた耳の先だけを、器用にジーナの方に曲げている。
「…………」
「…………」
おおい! 自己紹介しないのかよ!?
お互いに名前を名乗らずに睨みあう。
「えっと、レイナ、彼女は俺の妻のジーナだ。ジーナ、彼女はレイナ。コロッセオで知り合ったその、友人だ」
耐えられずに俺から二人に自己紹介を行う。
レイナについてはなんて説明しようか迷ったが、取り合えずレイナのアイコンがピンクなので友人とすることにした。ってピンクかよ!?
その事実に今更に気付いて内心でびっくりする。
いや、むしろあんな分かりやすいアイコンに今まで気付かなかった事実に驚くべきか。
どんだけ動揺してたんだよ俺。
「つ、妻だなんて……」
ジーナは先程までレイナに向けていた真剣な表情から、顔を赤らめて両手を頬に当ててイヤイヤと頭を左右に振って恥かしがる。尻尾もふにゃっとなって左右にくねくねする。
「妻って、ソラは結婚してたのか?」
レイナが面白く無いといった表情で俺に質問してくる。
「う~ん。ジーナ、俺とジーナは結婚したってことでいいのか?」
「あ、いえ。結婚は正式に教会に依頼して、婚約の儀を済ませる必要がありますから……結婚はしていません。それに結婚した方は一人の異性を愛する誓いを立てるので、ハーレムを持てません。持っていても結婚する際に手放す必要があります」
「あ、そうなんだ」
「なんだ。なら問題無いじゃないか」
レイナが不適に笑う。
「で、ですがそれはご主人様がハーレムを作るつもりでいるからです! あなたとも結婚はできません!」
「むっ。ソラはハーレムを作るつもりなのか?」
「あ、ああ。一応そのつもりだが……それより、俺からもレイナに質問なんだが、なんで俺なんかと結婚したいんだ?」
あの短い間で俺に惚れる要素などあっただろうか?
考えてみたが醜態しか晒していないような気がする。
「あたいの夢は、いつかあたいのダーリンと、その子供と一緒に冒険するのが夢なのさ。だから冒険しながら腕を上げつつ、あたいと同じくらい強くてカコイイ男をずっと捜していたんだ」
「それが俺だと? だが俺は決勝にも残れないし、この様だぞ?」
失った左腕を動かす。多少痛みはあるが朝ほどではない。
「言ったろ。あたいは強い男がいいんだ。ソラ、あんたは心が強い。ソラの目的は知らないが、普通はあそこまではできない」
レイナが真剣な表情で俺を見詰める。
「どんな目的があれ自分よりも格上で、しかも足を潰されたあの状況、普通はリタイアする。だがあんたはしなかった。それどころか体の一部を失ってでも勝利を勝ち取ろうとするその気概! あたいはそこに惚れちまったのさ」
レイナがその時のことでも思い出したのか、顔が赤くなって瞳を潤ませる。
「ソラ、あたいのダーリンになってくれ。きっと後悔はさせない」
なんとも男らしいプロポーズをされつつレイナが俺の手を握る。
うん。なんというか悪い気はしない。むしろとても嬉しい。
自分の頑張りを認められたら、だれだって嬉しいものだ。
だが……。
ジーナ見るととても不安そうな表情で俯いてしまっていた。
「レイナ、俺が頑張れたのはジーナと必ず幸せになろうと思っていたからだ。自分のためだったらリタイアしていたし、そもそもオレンジクラスに挑戦すらしなかったはずだ」
「ご主人様……」
ジーナが何ともいえない表情で俺を見詰めていた。嬉しそうにも見えたし、気落ちしているようにも見えた。
「対象があたいに変わるだけだろ」
「そもそもなぜ結婚に拘る。結婚せずにハーレムを作る前提でもいいんじゃないか? レイナほどの美人ならそれこ……」
あ、そうか。この世界では美人の定義が俺の世界と微妙に違うんだっけ。
「それじゃ駄目なんだ。あたいは……と、とにかく、あたいはソラがいいんだ! ひ、一目惚れなんだぞコノヤロウ!」
顔を赤くして子供みたいな理由で俺に迫る。
か、可愛い。そのギャップについ胸がきゅんとしてしまった。
「な、なあジーナ、俺がレイナのハーレムに入ったらお前はどうなるんだ?」
「もしご主人様が女性のハーレムに入るのなら、私は主人様の前から消えなくてはなりません。先程も言ったように、結婚も同様です」
「そうか……」
では俺がレイナの元に行くのはありえないな。
だが、レイナの方だって引くつもりはなさそうだ。なにより、俺自身がもう彼女のことが気になってしまっていた。
もっと外見が子供っぽかったら、平然と断れたんだけどなぁ。
レイナはジーナ同様、俺の好みにがっちする。
ただ、そういう部分よりも、俺は何故彼女が結婚に拘るのか、その理由の方が気になっていた。
でもただ聞いただけじゃ応えてくれそうに無いしな。
俺はしばらく目を瞑って考えを頭の中で纏めた。
よし。
「……レイナ、どうしても俺と結婚したいのか?」
考えが纏まった俺は、真剣な表情で彼女を見詰めた。
「ああもちろんだ!」
「分かった。なら約束を果たそう」
「約束、ですか?」
ジーナが意味が分からないといった怪訝な表情で俺を見詰める。
「決勝で戦おうって言うあれか?」
「ああ。見ての通り俺は万全じゃないが、もう一日二日すれば回復する。三日後の十二時にリース迷宮の一階の入り口で勝負しよう。あそこなら広いしあまり人も来ない。何かあれば外に兵士もいる。勝ったら大人しくレイナと結婚しよう」
「ご主人様!?」
「ふむ。で、ソラの望みは?」
流石レイナ、冒険者だけあって取引はギブ・アンド・テイクが基本だと理解しているか。
「俺の望みはレイナが俺のハーレムに入ること。つまり俺の二人目の妻になって欲しい」
「つ、妻……」
「むっ……」
レイナがジーナ同様頬を赤らめて妻という響きを反芻するように上の空になる。
耳だけは嬉しそうに忙しなく開いたり閉じたりと動いているが。
逆にジーナは先程のレイナの様に面白く無いといた表情でレイナを見詰め、尻尾をギザギザに尖らせていた。
この二人、根っこの性格は一緒なんじゃなかろうか。
案外いいコンビになりそうだ。
「あ、あたいもソラの人生を貰うんだ。確かにお互いの望みの条件は対等だと思う。だが、決着はどうやって付けるつもりだい?」
「そうだな……」
普通に戦っては最悪大怪我してしまう。かと言って同じ迷宮に潜って階層や魔物の討伐勝負では命を落す危険がある。
その時、数日前に通りから覗いた武器屋で見えた、ある武器が頭を過ぎった。
あ、これならいけるか。
「勝負は普通に一対一の決闘にしよう。ただし、武器はお互いに刃のない物を使う。俺は木刀。レイナは槍の木の棍を使って貰う」
「なるほど。確かにあれなら殺傷能力は少ないか」
俺が思い出したのは樽に詰め込まれていた木製の武器。
まあ打ち所が悪かったら死ぬ可能性もあるが、お互い相手が欲しいんだし、最悪骨が折れるくらいで済む筈だ。
「レイナ、賞金はまだ残ってるか?」
「ああ。先にソラと結婚して、その後でお互いの装備を整えるつもりだったからな」
「なら革の帽子だけは買ってくれ。俺も買う」
「なんでだい?」
「万が一があったらお互いに困るしな。それに、今の内に言っておくが、俺は女性の顔は殴れない。例え相手が自分より強くても、そして敵でも、だ」
漫画の中では男女平等パンチなんて普通にあるかもしれないが、リアルでそんな事すれば間違いなく顔が歪んでしまう。
そもそもどんな理由があれ、リアルで男が女性に拳をぶち当てるとか、男として最低最悪だと思う。
許されるのは手加減の平手くらいだと思う。
ま、それだってよほどのことが無い限りしないけどな。
レイナが最初眉を少し吊り上げてちょっと怒った様な表情を見せた。
多分女だからって部分でちょっと納得がいっていないのだろう。
だが俺もその部分だけは譲れない。
俺が真剣な表情で見詰めていると、溜息を吐いて首を縦に振ってくれた。
「ま、それがソラの条件なら飲むよ。で、次はこちらが条件を提示するよ」
「なんだ?」
「準備期間の間はレベル上げは禁止。ただし武器に慣れるための稽古はあり。それと勝負ではスキルと魔法の使用はあり。決着方法はどうせお互いリタイア宣言はしないだろ? だから勝利条件は相手を気絶させること。ダウン中の攻撃は禁止。あと仲間の援護やアイテムの使用は禁止。この条件で戦いたい」
「……了解した、その条件を飲む。だけど決着方法はもう一つ提案したい」
「それは?」
「武器を破壊された方の負けという条件も加えて欲しい」
「確かに、素手になったら結局武器で戦う意味が無くなるか……分かった、それも加えよう」
「じゃあこれで勝負のルールは決まりだ」
よし。これで俺が狙う勝利条件、そして勝つための作戦は決まった。
「じゃ、今日のところは帰るよ。必ずソラをあたいのダーリンにしてみせるからな。ん……」
「んん!?」
そう言ってまたレイナに不意打ちでキスされてしまう。
レイナはすぐに唇を離してまるで子供の様にはにかんだ笑顔で去っていった。
「良かったのですか、あんな約束をしてしまって?」
ジーナが複雑な表情で俺の傍にやってくる。
「……怒ってる」
「……正直複雑です。結婚には反対ですがハーレムは私も納得していますから。レイナさんがハーレム入りするなら仲良くやって行こうと思えます。ですがもし逆だったら……」
「そん時はジーナの好きにしていい」
「ご主人様の傍を離れるなんて――」
「ん? なんだ取り返してはくれないのか?」
「え?」
俺の言葉を聞いたジーナが、きょとんとした顔で俺を見詰める。
「結婚にどれだけの拘束力があるか分からないが、離婚はできるんだろ?」
「え? ええ、もちろん。色々失うものは大きいですが出来なくは無いです」
「ならジーナが強くなってレイナから俺を奪えばいい。そういう選択もあるってことだ」
「あ……」
ジーナが目を見開く。
そう、これはあくまで俺とレイナ間での約束と取り決めだ。
そこにジーナは関与していない。いや、あえて関与させなかったというのが正しい。
まあそれは最終手段だよなぁ。そんな血生臭い事態だけは絶対に避けたい。
そのためにこちらに都合の良いルールを追加したのだから。
「ま。負けるつもりは無いけどな。ジーナが傍にいる限り、俺はお前の傍からいなくなったりしないよ」
俺はジーナの傍に寄ってそっと肩を抱く。
「……絶対ですよご主人様」
ジーナが俺の胸に頭を預けながら呟いた。
俺はその呟きを聞き漏らさずに、彼女をしっかりと抱きしめることで応えた。




