軌跡
俺の家族は親父と母さんと年の離れた双子の妹と、そして母方の爺ちゃんの六人家族だった。
俺はそんな家族がとても大好きだった。
特に裕福でも貧乏でもないウチは、世間的には恵まれていた方だとは思う。
だがそん幸せは突然失われてしまった。
なんて言ったら小説だのゲームだののやり過ぎ読み過ぎだ。
なんて言われるかもしれないが、もしそう答える人がいるなら、それはその幸せが続いているからだろう。
もはや俺にとってこの一文は、現実感を持った一文として心に刻まれている。
中学二年の時、俺と爺ちゃん以外の家族が事故で死んだ。
理由は飲酒運転による不注意事故だ。
別に旅行に行った訳でも、少し遠出の送り迎えに行った訳でもない。
いつも家族で行っているチェーン店の回転寿司、時間にすればもののニ十分程度だ。
そんなたった二十分で……俺の家族は死んだ。
あの日、俺は助手席に座っていた。
赤信号で止まっていた俺達の車に突然大きな音と衝撃が走り、俺の体は前に押し出されて、前の軽トラの荷台に車ごと突っ込んだ。
俺はガラスに頭を強くぶつけ、気を失った。
目が覚めたら病院だった。
爺ちゃんが泣きながら俺に抱きついて、良かった良かった。と、ずっと言っていたのは今でも忘れられない。
爺ちゃんが言うには、俺は二日間も眠り続けていたらしい。
起きて俺はすぐに他の家族のことを医者と爺ちゃんに聞いた。
二人は俺に落ち着くようにと前置きしてから、他の家族が死んでしまったことを告げた。
信じられなかった。
なにかの悪い冗談だと、訳も分からずに笑った。
それから俺が家族に対面したのはすぐだった。
痛む体を無視して、爺ちゃんと冷たくなった家族の下へと向かった。
多分人生で初めてだったかもしれない。あれだけ号泣したのは。
訳が分からないまま悲しくて苦しくて押しつぶされそうだった。
ひとしきり泣いた後、次に俺の頭に浮んだのは、家族を殺した奴のことだった。
どんな理由があろうと、一発ぶん殴ってやらなければ気がすまなかった。
だが、そんな些細な願いすら、現実は叶えてくれなかった。
なんせ事故を起こした張本人も死んでしまったのだから。
結局、俺と爺ちゃんの手元に残ったのは、家族で過ごした小さな一軒家と、もしもの為にと父と母が残した生命保険の保険金、そして事故を起こした家族が裁判を起こされたら困るということで無理矢理渡してきた示談金だけだった。
俺は当初貰う気はなかった。だが、爺ちゃんが今回の事件で心労が出たのか、倒れてしまったので、医者の勧めで示談金は貰う形になった。
中学生で生活能力の無い俺にはどうにも出来なかった。
因みにこんな話を聞いたことはあるだろうか。
人間は精神的に強いショックを受けると、必ずどこかに異常をきたしてしまう。という話だ。
お爺ちゃんが肉体に異常が出たように、俺は精神に異常が出てしまったらしい。
正確に言うなら痛みや恐怖に鈍感になってしまったのだ。
足を挫いたら普通は庇って歩くが、俺は痛くても平然と歩く。
そして人がこれ以上行ったら危ないと感じる境界を、俺は平然と越えることが出来る。
事件当時、俺に同情する人も多かったが、中には面白がってちゃちゃを入れてくる奴らもいた。
俺はそんな奴らを容赦無く殴った。
痛みに鈍感な俺は殴られながら殴り、蹴られながら蹴った。
金属バットを持って来ようがナイフを持って来ようが、恐怖に鈍感な俺は恐れずに戦った。
そんな俺はまさに異常に写ったのであろう。
案の定、俺は学校で孤立した。
そして高校に上がった頃には完全にグレた。
それでも学校には行った。
入院した爺ちゃんに心配はかけたくなかったし、馬鹿にされるのもムカつくから勉強は普通にこなした。
暇な時間はアルバイトをして過ごした。
町をぶらつくと大抵喧嘩になるから、自制のために働く道を選んだ。
それでも一度こっち側になると、どうしても絡んでくる奴はいる。
そんなある日、爺ちゃんが死んだ。
爺ちゃんの遺書には俺を心配する事が書かれていた。
俺は涙を流しながら後悔した。
結局俺はまた大切な人に何一つしてやれずに死なせてしまった。
俺は自分の精神的な欠落と向き合う決意をした。
俺は生活指導の先生が顧問をしているキックボクシング部に自ら入部を頼んで、心身共に鍛えて自制を身に着けようと努力した。
高校三年になる頃には喧嘩することはなくなった。
自分の精神異常とも、ある程度折り合いをつけることにも成功した。
だが肉体的に追い詰められると、スイッチが切り替わったように無茶をする癖は、どうにもならなかった。
それでも部活の仲間やクラスメイトと話す機会は増えた。
ある日、俺はクラスメイトの友人から借りたゲームをやって衝撃を受けた。
友人は果てしなくクソゲーということで、ネタとして貸したみたいだが、今の俺があるのはそのゲームのお陰と言ってもいいだろう。
そのゲームの登場人物は最終的に主人公以外みんな死んでしまうのだ。
色恋沙汰から損得勘定、悪意や善意といった建前の元、みんな死んでしまう。
最後に残った主人公が神様にこう願う。
「神様お願いです。みんなが幸せな世界にしてください」
すると今まで一度も登場したことのない神様が現れて、あら不思議、死んだみんなが生き返り、さらに今までの怨恨が嘘のようにみんなで笑い合って幸せな結末へと向かう。
何か続きがあるのかとも思ったが、ゲームはそこで終わり。
俺はこのゲームを見たとき、あまりの馬鹿馬鹿しさに声を出して笑った。
ひとしきり笑った後、俺はこの作品にこんな感想を抱いた。
きっとこれを作った人は、せめて自分の作品の登場人物には幸せになって欲しいと思ったのではないだろうか、と。
もちろんそれは俺の勝手な想像だ。
だがそういう自分なりな解釈で作品を見るのが、とても楽しいと感じだ。
それから俺は漫画やゲーム、ライトノベル等の所謂オタクな趣味に走るようになった。
学生時代の後半は部活にアルバイト、暇な時間は趣味と、まさに青春といってよかっただろう。
俺のライフスタイルは大人になっても変わらなかった。
トレーニングに、仕事に、そして趣味にはアダルトな作品も含まれるようになった。
俺はあらゆる結末の中でも、特にハーレムエンドが好きだった。
ご都合主義なエンドだが、男の覚悟と度量次第で現実でも実現可能だと思った。
もっとも日本は一夫一妻なので、特定の相手と付き合っている間は告白されても断ったりした。
だが俺に原因があるのか、それとも向うに問題があるのか、長続きはしなかった。
だがそんな俺はハーレムの許される世界に送られ、更に今まで見た他人の女性の中では、ダントツで一番美人のジーナと出会った。
彼女は容姿だけでなく、性格もとても良い子だった。
俺なんかには不釣合いなくらい良い女だ。
だからこそ、そんな彼女につり合う男になりたいと思った。
そして彼女と幸せになりたいと思った。
彼女を、幸せにしたいと思った。
「ああ、だから俺は死ぬ訳には行かない」
走馬灯のように駆け巡った思考の暗い海から這い出て、俺はゆっくりと目蓋を開けた。




