本戦準決勝
三回戦は不戦勝だった。
対戦相手が食中りで体調を崩したらしい。
まあ楽に勝てたからいいが、誰かが毒を盛ったのだとしたら誰が盛ったかという話だ。
そうなると一番の容疑者はヘクツとか言う優勝者だ。もちろんレイナ以外の選手の可能性もある。
「レイナはそういうことをするタイプには見えないしな」
彼女は純粋に戦いを楽しむタイプに見えた。容疑者から外していいだろう。
決して女性だとか、美人だとかで贔屓をしている訳ではない。うん。
「失礼します」
ドアをノックして兵士が入ってくる。
「ソラ選手、準決勝が行われますので、準備をお願い致します」
「あ、はい」
ま、もしかしたら本当にただの食中りかもしれないし、気にすること無いか。
今は戦闘に集中集中。
俺は闘技場に向かう間に思考を切り替え、気合を入れなおす。
「そういえば、次の相手って誰なんですかね?」
「次は前回優勝者のヘクツ選手です」
おおう、前回優勝者とかよ。
レイナにも注意されたし、警戒はしておかないとな。
「今更ですが、ソラ選手は対戦表を見ていないのですか?」
「あ、はい。文字が読めないので」
確かに入口正面にそれらしいのはあったが、読めなければ意味が無い。
まじで読み書きって大事だな。
「ああなるほど。確かに文字が読めない選手は対戦表を見ないことが多いですね」
「あ、やっぱりそうなんですね」
鉄格子が開くまでの間、兵士と他愛ない会話で時間を潰す。
しばらくして鉄格子が上がり始めたので、兵士に軽く別れを告げて階段を上る。
「ワアアアアア!!」
うおぉ。何度聞いても慣れないな。
大歓声の中、北側の門の方へと視線を移す。
そこには獅子族の男性が手にハルバート、腰に剣を差して佇んでいた。
名前:ヘクツLV14 種族:獅子族 性別:男
ジョブ:戦士LV7
装備:鉄のハルバート 鉄のブロードソード 鋼の胸当て 鋼のガントレット 鱗のブーツ
蛮勇のアミュレット
アビリティ:【スラッシュ】【武器耐久値小上昇】
スキル:《毒無効》《火属性》
《反応速度上昇LV1》《バーニング・ソウル》
魔法:《ファイア・ボール》
鋼装備とスキル以外は殆ど第一試合で戦った奴と変わらないな。
まあステータスはともかく……顔が気に入らない。
人を馬鹿にしたような笑みを浮かべてこちらを見ている態度が気に食わない。
「それでは……始め!!」
ボーデンの始まりの合図と同時にお互いに飛び出す。
闘技場の中央でお互いに対峙し合う。
「オラッ!」
ハルバートが勢い良く右斜めに振り下ろされる。
「ふっ!」
左に避けてカウンターを狙う。
「おっと!」
ヘクツが俺の拳を右に飛び退いて避け、去り際のハルバートをこちらに振るう。
「くっ!」
その場で屈んでハルバートをやり過ごして構え直す。
「へへっやるねぇ~」
へらへら笑いながらハルバートを軽く振り回して肩に担ぐ。
強い。少なくとも無手だからと油断してはくれないらしい。
「さ~て。行くぞオラッ!」
ヘクツがハルバートを俺に向かって投げつけた。
まじかよ!?
「くっ!?」
慌ててストライクで横に飛び退く。
「オラもらったあぁ!」
「!?」
移動したその先にヘクツが剣を振り上げて跳びかかってくる。
駄目だ! 今は他の回避行動が取れない!
振り下ろされる剣を手の甲でなんとか弾き飛ばす。
いっつぅぅ。
振り払った手の甲が痺れる。
「ちっ。い~反応速度じゃねぇか」
ヘクツが地面に突き刺さったハルバートに向けて駆け出す。
まさか、ストライクの弱点を見抜かれたって事か。
「ならこちらから行くしかない」
俺も少し遅れてストライクを使ってヘクツに接近する。
「おうおう生きがいいねぇ!」
ヘクツが振り返って剣で俺を迎え撃つ。
「オラオラ!」
「っ!」
ヘクツは剣で切るのではなく突いてこちらを攻撃してくる。
大振りに腕を伸ばさずに細かく突いて戻してを繰り返して俺を近寄らせない。
俺はその突きを手で払ったりしてなんとか避ける。
しかし払ってもすぐに剣が奴の手元に戻ってしまって追撃できない。
くっそ、対人戦に慣れすぎだろこいつ!
「へへ、予想通りさっきの高速移動は一回一回にしか使えないみたいだな」
ヘクツが剣を突きながらこちらに前進してくる。
くそっ。ショックアタックを使う暇が無い。
どうやら俺に触れられること事態を避けているようで、巧みにこちらの攻撃をかわされてしまう。
「おっと、触れさせねぇぜ。お前がただの格闘マスターじゃねぇのは、前の試合でよく分かったからな」
「そいつは、どうも!」
一度体勢を立て直すしかない!
ストライクで大きく後方に跳んだ瞬間、自分の犯した失策に後悔する。
しまった! つい!!
「オラ! ワンパターンなんだよ!!」
ヘクツがファイア・ボールを俺に向かって放つ。
咄嗟に腕を交差させて身構える。
「ぐあっ!!」
ガードした腕に火球が激突し弾ける。
ガントレットの上からでも腕に痛みが走り、弾けた熱と火の粉が俺の体を燃やす。
くっそ、これが魔法かよ。
着地した俺が痛みで閉じてしまった目蓋を開けた瞬間、何かが飛来するのが微かに見えた。
うお!?
慌てて横に飛び退くが、間に合わずに左太股に激しい痛みが走る。
「ぐあああ!?」
慌てて足を見ると鉄の剣が深々と刺さっていた。
「あっぐ!」
すぐに引き抜こうと手を伸ばす。
馬鹿抜くな! 出血で貧血起こすぞ!!
「うっぐううぅ」
痛みで麻痺しかけた思考を無理矢理叱咤して切り替える。
「へへ。良い悲鳴と表情だぜぇ。やっぱお前を選んで良かったぜ」
「っ……どういう意味だよ」
俺が悶えていた間に抜いたのか、ハルバートを担いだヘクツが、俺に近付きながらそんな言葉を投げ掛けてきた。
「お前と、獅子族の女の三回戦の対戦選手に軽い毒を盛ったのは俺さ」
「おいおい、いいのかよ、そんな事を言って」
「へっ。こんだけ歓声が響いていたら誰も聞いちゃいねぇさ」
確かにな。
会場は熱気と歓声で溢れている。
大声で喋ればボーデンには聴こえるかもしれないが、普通に喋る分には近くにいる俺くらいにしか聞こえないだろう。
「さて、その足じゃもうあの高速移動は無理だろう。ま、出来たとしても精々無事な右足でってとこか。さ~て、ショ~タイムだぜ。俺を楽しませろよ格闘マスター」
ヘクツが恍惚とした表情で顔を歪める。
俺はそ顔に見覚えがある。弱い者苛めをしていた連中の顔にそっくりだ。
つまりすぐに殺さずに俺をいたぶるつもりか。
それならそれで好都合だ。その間になんとか打開策を考えてやる。
痛みで全身汗まみれで頭痛もしているが、こんな目にあわせた奴への怒りと憎しみのお陰で頭はさっきよりも冷静に働いてくれている。
「へっ。まるで俺がリタイアするとは微塵も思っていないみたいな口振りだな」
取り合えず時間を稼ぐために口を動かす。
「食堂での会話を聴いたぜぇ。お前賞金が必要なんだろ? そういう奴は大抵ギリギリまでリタイアしねぇもんさ。特にお前みたいな奴はなぁ。ここぁいいぜぇ。公然と人をいたぶって殺せる」
駄目だこいつ。危なすぎる。
元の世界の夜の街で偶に見かける即物的で短絡的な物騒な連中を思い出す。
こいつは駄目だ。ただ勝っても駄目だ。こういうタイプはしつこい。必ず復讐して来る。
経験則からそう判断する。
「さ、もうお互い聞くこともねぇだろう? そんじゃ行くぜ!」
「くっだあああ!」
横薙ぎに振るわれたハルバートを後方に跳んで避ける。
「ハッハー! ファイア・ボール!」
右足で着地と同時にストライクで横に移動する。
「イエーイ!!」
「がっは!?」
ハルバートの長い柄の部分が、深々と脇腹に減り込む。
動きを読まれた!?
そのままフルスイングされて吹き飛ばされる。
「ぐああああ!!」
運悪く仰向けに地面に激突したために、太股の剣の切っ先が上に押し戻される。
いってえええ! マジで痛い!!
肉体的な痛みにはそこそこ慣れていると思ったんだけど、ああくっそ!
「ほら次行くぞ!」
「くそ!」
血が噴出すのも無視して無理矢理起き上がって振り下ろされたハルバートを避ける。
動かなければ死ぬ。そう思えば体は動く。物凄く痛いが。
早く痛みから解放されたい。リタイアしてしまいたい。そう思う回数が増える。
その度にジーナの事を思い出して奮起する。
でも、もうそれも限界だな……。
出血が増したせいで視界がかすみ始める。
ああ、会いたいな。もう一度ジーナに。
そのためには生き残らねばならない。だが、その方法がない。
いや、あるにはあるが、チャンスは一度きりだろう。
もはやヘクツは勝ちを悟って余裕の表情で動きがゆっくりだ。
やるなら今しかない。
視線が足に向かう。
きっと物凄く痛いんだろうなぁ……ああそうだよ。どうせ痛いんだ。痛みを負うのだ。
だが……それは……愛する人を失うことよりも痛いものか?
頭の中で、自制していた何かが壊れる音がした。
「うおおおお!!」
太股から鉄の剣を抜き、痛む足さへも平然と動かしてヘクツに特攻する。
特攻といってもストライクによる特攻だ。動きも直線的、だが奴は避けない。
「おいおい自棄になっちまったか。ま、その足でそれだけ動けるのは褒めるが、けどオレはまだ楽しみたいんだよ!」
ヘクツがハルバートを振り上げる。
「オラ! 避けねぇと真っ二つだ!!」
ああそうさ! 勝ちを悟ってるテメェはそうするだろうさ!!
「おらああ!!」
オレはハルバートに恐れずに奴に届く最後のストライクの時に右手の剣を突き出し、へクスに突っ込む。
「俺の方がはえぇよ!」
「ああああ!!」
振り下ろされるハルバートに向かって左手を伸ばす。
「うらあ!!」
ハルバートが左手に食い込んだと思った瞬間に左手を外側に振り払った。
「なっがぁっ!?」
ハルバートの軌道をずらすのに成功した。
そしてがら空きとなったヘクツの喉元に深々と、奴の鉄のブロードソードが突き刺さる。
ストライク!
柄を握ったまま、更に左足で踏み込んでストライクで押し込む。
「ぐがっごどが!?」
「ああああああ!!」
更にストライクを使い続けて闘技場の壁にヘクツごと剣を突き立てる。
ストライク!
柄から手を放して今度は後方に向かってストライクで退避し続ける。
「がああああああ!?」
ヘクツが張り付けられたまま、悲痛な雄叫びを上げる。
痛い。左腕の感触がおかしい。見るな。ストライクを続けろ。
激痛と頭痛、それと吐き気を催すような不快感で意識が朦朧とする中、それでもストライクで後方に移動し続ける事だけは続ける。
移動中に更に左手が軽くなったような気がする。
視界に赤い物が飛び散っているような気がする。
だがその全てを無視する。
バランスを崩しながら更に後方にと跳んだその時、背中に衝撃が走った。
首を動かして後ろを見ると、闘技場を囲う壁だった。
よし。何がよしか、もう曖昧だが、これで良かった筈だ。
痛む頭と左手を無視して、再度視線をヘクツに移す。
ヘクツは、喉元の剣を力任せに引き抜くと、こちらを睨んでいるように見えた。
遠い上にもう視界が霞んでよく見えない。
エーテル吸収をしそうになるのを我慢する。
頭の中に急に浮んだサモンという文字も無視する。
耐えろ! 我慢しろ! もう一度会うんだ!!
ヘクツが血を撒き散らせながら近寄ってくる。
「ごばべ! ごどず! ごどじでやぶ!!」
ヘクツが引き抜いた剣持ったままこちらに駆け寄り、そして……俺に向かって放り投げた。
駄目だ。動けない。
そもそも壁に背を預けて立っているのがやっとだ。
ああそうだ。そのために壁際まで来たんだった。
頭の中では相変わらずサモンの文字が浮び続けている。
ああ、なるほど。緊急時に呼ぶって、そういうことか。
つまりここで俺がアレを唱えてしまえばジーナが召喚されると。
「なら……なおさら……唱えられないよな……」
放り投げられた剣が迫る。
後は運を天に任せるしかないか。
目蓋を閉じてその瞬間を待つ。
風切り音が耳元に迫る。そして次に響いたのは、何かが砕ける音だった。
「う……あ……」
剣が俺の真横に深々と突き刺さっていた。
視線を前に移すとヘクツが倒れていて、ボーデンが駆け寄っていた。
霞んでいてよく分からないが、あの服の色合いはボーデンのはずだ。
ボーデンが両手を上げ、左右に振っる。まるで格闘技でKOを伝えるジャッジのように。
微かに歓声が聞こえる。
ボーデンがこちらに駆け寄ってくる。
「ど……しまし……だい……」
何を言っているのか分からない。
とりあえず。終わったのだろうか? もう倒れてもいいのだろうか?
取り合えず敵はいないのだ。ならいつもの俺に戻ろう。
兵士が二人駆け寄って来て、俺の両側に回って体に触れた瞬間。
「あああああ!?」
左腕に今までに無い激痛が走って思わず左腕を上げてしまう……そして見てしまう。
親指の付け根から僅かに残った左腕と、そこから零れ落ちていく赤い水と肉を。
「あ」
視界がブラックアウトし、意識が途切れていく。
そんな中、俺が最後に思い浮かべたのはジーナと、もはやこの世にいない家族の姿だった。




