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本戦一回戦

「いよいよ試合ですね。頑張って下さい」

「はい、頑張ってきます」


 俺は僅かな不安を振り払うように出来るだけ笑顔で、モーネさんに答える。


 コロッセオへの道中で俺は溜息を漏らす。

 

 見るんじゃなかったかな……。

 

 昨日のレッドクラスの試合を観戦したせいで、俺の気持ちは完全に気落ちしていた。


 考えても見て欲しい。喧嘩程度の暴力沙汰しか経験したことのない人の目の前で、腕が切り飛ばされたり、目を突き刺されたり……首が跳ね飛ばされたり。

 そんなショッキングな光景が繰り広げられたんだ。気落ちするのも仕方ないというものだろう。


 唯一の救いは、そういうケース、とくに殺されるケースは稀だと言う事だろうか。

 基本ある程度でみんなギブアップしてしまった。


 コロッセオ内部も一応視察してきた。

 コロッセオの内部の作りはシンプルだった。

 一階の部屋は待合室、治療室、食堂といった目的に合わせた部屋しかない。

 階段を上がると観客席へと直行し、後は好きな場所に座るだけだ。

 唯一通行禁止になっていた階段があったが、

 位置的に観客席で一画だけ周りを鉄の柵で覆われていた特別席っぽい場所に出ると思う。

 多分あの柵の範囲の客席は貴族とかそういう偉い連中のための席だな。


 ああ、そこで帰っていれば良かったんだけどなぁ……。

 

 浮かぶのは治療室の様。治療室を覗いた時に、まだ怪我人がいた。

 室内には痛みで呻く声が聞こえていた。


 なぜ魔法で治療しないのだろうかと不思議に思い、傍で患者の面倒を見ていたシスターが着ているような服装の数人の兎族の女性に話を聞いた。 


 まず説明されたのは初期治癒魔法や傷薬では軽い怪我なら怪我を治しつつ痛みも緩和させられるが、ある程度大きい傷だと何度も掛けてようやく血止めが精一杯で、痛みを全て取り除くのは難しいらしい。


 更に失った肉体を再生させるには再生薬という薬を使うか、高位の治癒魔法で再生するしかない。

 そしてそのどちらにも基本お金が発生する。しかも高額だ。


「体調は悪くないんだが……」


 頭から嫌なイメージが離れない。

 今からでも遅くない、武器を買うべきだ。

 そもそもこんな危険を冒さずに地道にジーナを引き取る金を集めたらどうだ。

 いっそジーナと一緒にこの町から逃げてしまうか。


「だぁー! いかんいかん!」


 自分の米神を拳で強めに殴る。ガントレットを着けていたからめっちゃ痛かった。

 だがお陰で少し思考が覚めたな。


「なるようにしかならん!」


 そもそも武器を持ったら俺の持ち味が生かせない。

 俺以外に抱かれたくないと言ってくれた女が他の男に抱かれるのは我慢ならない。

 そしてジーナの性格上、逃亡に誘っても一緒に来てはくれないだろう。

 柔和なイメージが強かったが、掃除をしている姿を見たときに責任感の強い子でもあると感じた。


「うん。やっぱり正々堂々、目的を果たして迎えに行くのがカッコイイよな」


 覚悟が完全に決まって顔を上げるとコロッセオはもう目と鼻の先だった。

 ほぼ無意識で来れてしまった。

 これはつまり、俺は既に無意識に覚悟を完了していたって事だな。

 そう思うと不意に口元に笑みが浮かんだ。

 俺は兵士に証を提示する。


「受付で控え室に案内して貰うように」

「分かりました」

「貴殿の健闘を祈る」

「ええ、もちろん!」


 兵士の鼓舞に笑顔で答える。

 例え社交辞令であったとしても今はとても嬉しい。


 中に入った俺は特に指定はされなかったので一番手前の受付で話を聞く。


「ソラ様ですね……待合室は東の間ですね。ご案内いたします」


 受付の女性が呼び鈴を鳴らす。呼び鈴といっても俺の世界のようなものではなくまんまベルだが。

 すると傍に控えていた兵士が近寄ってくる。


「東の間へのご案内をお願い致します」

「了解しました。では私の後に付いて来てください」


 兵士の後に付いて東の間へと向かう。

 文字が読めないから案内があるのは助かるな。いや、むしろ字が読めない者が殆どだから案内があるのかもしれないな。


「こちらです」


 案内されたドアの上の壁に文字が彫られている。

 これが東って意味か。

 

 ドアの前にも兵士がいて、ドアを開けてくれる。

 中には長方形の長椅子が壁際と中央に一つずつの計三脚並んでいる。

 部屋の奥には多分闘技場に続いているであろう扉がある。

 それ以外は特に何も無い殺風景な部屋だ。

 

「オレンジクラスで東門からの入場はあなただけです」

「え? じゃあ他の方は?」


 案内をしてくれた兵士に問う。


「闘技場への入り口は東西南北の四つがあります。大会では予選で参加した門の方角からの入場となっています」


 という事は他の選手は南や西にいるのか。


「北からは誰も出ないんですか?」

「北には前回優勝者がおります。前回優勝者は予選参加免除ですので。前回優勝者の方が不参加の場合は他の三箇所のみとなりますね」


 なるほど。優勝者はそれなりに優遇されるものらしい。


「こちらで出番をお待ち頂きます」

「怪我とかの治療は行えるのか?」

「軽傷の場合は無理ですが、大怪我を負ったと判断された場合は治療室で治療を受け、その際に続行か棄権かを選べます。ただし時間が来たら出場して頂くので、治療が間に合わない場合もありますから棄権するのも一つの選択だと思いますよ」

「了解です」

「何か分からないことがあったら扉の前の兵士にお尋ね下さい」


 案内してくれた兵士が去り、俺は部屋に入って壁際の席の真ん中に座る。

 俺が中に入ると扉の前にいた兵士が軽く会釈してから扉を閉める。


 う~ん、一人でこの広い部屋を使えるのを喜ぶべきか……。

 いや多分喜ぶべきだろう。

 もしも対戦相手と同じ部屋にでもなったら息苦しさも多少は感じるし、嫌な奴ならこちらを煽って来ることもある。


「さて、呼ばれるまで暇だし、ステータスの最終確認を行ってから、横になって待つとしよう」 


 ステータスで装備品がちゃんと装備されているかを確認した後、椅子の上で仰向けに寝転がる。


 俺の武器はストライクとショック・アタックだ。この二つを上手く駆使して勝つしかない。

 相手のレベルが自分よりも上である以上油断も慢心もできない。

 下手したら向うの一振りで首が胴体からバイバイしてしまうかもしれないのだ。

 戦闘方針の決まった俺は目蓋を閉じて出番を待つことにする。


 しばらくすると耳に聴こえて来るざわつきの大きさが増した。

 お客が入って来たのかもしれない。

 ざわつきはどんどん大きくなり、闘技場に出るであろう扉の方からも声が聞こえ始める。


「失礼します」


 ドアがノックされ兵士が入ってくる。

 俺は上半身を起こして椅子に座り直す。


「まもなく試合の時間ですので、ソラ選手は準備をお願い致します」

「はい」


 それにしても俺が一番手かよ。

 時間的に第一試合に違いないが、受付で試合の順番とか聞けばよかったな。


 そんな事を考えていると一瞬コロッセオのざわめきが収まる。

 そして暫くするとまた喝采が聴こえた。


「ソラ選手、入場の時間です」


 兵士が入って来て奥の扉を開ける。

 すると先程まで聴こえて来ていた喝采の音量が大きくなる。


「さ、どうぞ」


 俺は無言で兵士に付いて行く。

 奥の扉の向うは通路になっていて、その先に階段があり、出口は鉄格子で閉じられていた。

 通路を進めば進むほど心臓が高鳴る。


 冷静に、いつものように動ければいけるはずだ。


「こちらでしばしお待ち下さい」


 階段下で待たされる。少しして先程と同じ様に喝采が止む。


「それではこれよりオレンジクラスの試合を始めたいと思います! どうか皆様両者を拍手喝采でお迎え下さい!」


 鉄格子の向うから聞こえた声に促されるように拍手と喝采が響く。

 もはや雷雨のようなその音に混じって、鉄格子が徐々に上がって行く。


「さ、どうぞ行って下さい」


 兵士が肩を軽く叩いて俺に階段を上るよう促す。


 よし、行こう。

 軽く息を吐いて出口に向かってゆっくりと上って行く。


「ウオオオオオオオオオ!!」

「!?」


 階段を上りきった瞬間、あまりの歓声に驚き圧倒される。

 おいおい学生時代の試合でもこんな声援されたこと無いぞ。


 気圧されて一歩後ろに下がりそうになるのを、なんとか堪える。

 場の空気に飲まれている場合じゃないっつうの。


 俺は他の入口に視線を向ける。

 俺の対角線上の門の前に相手選手が立っていた。


 外見は顔も体もゴリラみたいな奴だ。

 俺とは真逆なタイプだ。そういう意味ではラッキーな相手だ。


 だがスキルや魔法がある以上、外見的情報はあまり当てにはならないか。

 試合が始まる前にさっさと解析してしまおう。



 名前:ゴルドンLV11 種族:魔人族 性別:男 

 ジョブ:戦士LV5 

 装備:銅のアックス 銅の額当て 銅の胸当て 銅のガントレット 銅のグリーブ 蛮勇の印

 アビリティ:【スラッシュ】【武器強度小上昇】

 スキル:《毒耐性LV1》《火属性》

     《マッピング》

 魔法:《ファイア・ボール》



 スラッシュとファイア・ボールは名前的に絶対攻撃能力だよな。

 取り合えず他に脅威になりそうなスキルや魔法は無い。


 なによりフルフェイスの兜じゃなくて良かった。

 これなら、あの作戦でいけるかもしれない。


 俺が算段を立てていると、闘技場の真ん中にいたフリルの付いた白シャツに赤の蝶ネクタイを締めた彫りの深い顔の男性が両手を挙げる。


 すると観客が歓声をやめる。


「それではこれより第一試合を始めます! 司会兼審判はこの私、ボーデンが勤めさせて頂きます!」


 ああ、なるほど。ああやって観客の声を止めてから喋るのか。

 まあ拡声器も無い訳だし、いくら声量のある人が喋るにしたって限界があるものな。


「それでは……始め!」


 え、試合前の挨拶とかそういうのは一切無しかよ!

 

 相手がこちらに向けて突撃してくる。

 俺ももちろん駆け出す。というか多少距離があるからまずは近寄らないと何もでき――。


「ファイア・ボール!」

「げっ!?」


 ゴルドンがファイア・ボールと唱えると、奴の頭上に火の玉が現れて俺目掛けて飛んで来る。

 走りながら魔法を放って来やがった! そんなんありかよ!


 俺は斜め右に跳んでファイア・ボールを回避する。


「にゃろう!」

 

 着地してすぐに駆け出す。ゴルドンは二発目を放たない。

 硬直時間みたいなものでもあるのか? まあいい、どちらにしろ撃たないのなら好都合だ。


 向うもこちらに突っ込んできている。俺とゴルドンの距離が目測で三メートル以内になる。


 ストライク!


 足の裏に力が集まる感じがする。

 ゴルドンに向かって一気に跳躍する。


「ぬうっ!?」

「おおっとソラ選手が加速!」


 ゴルドンの胸当てに左ストレートを叩き込む。

 ゴルドンの体が軽く揺れたが、ダメージはそれほどではなさそうだ。

 

 ゴルドンがニヤリを笑って斧を振り上げる。それも大振りの構えだ。

 よし!


 ゴルドンと接触した事でストライクは解けている。 

 俺はすぐさまショック・アタックを纏ってゴルドン斧を振り下ろす前に顎に右フックをお見舞いする。


「ぐぬあぁ」


 ゴルドンの体が傾いて仰向けに倒れる。


「ゴルドン選手ダウン! カウントを取りますので追撃はしないで下さい!」


 俺はゴルドンから少し離れる。


「1! 2!」


 カウント中、ゴルドンが起き上がろうとするが上手くいかないみたいだ。

 そりゃまあ食らったら数十秒はまともに動けないからな。

 それでも次の攻撃が出来るように戦闘態勢は取っておく。


「6! 7!」


 ゴルドンが片膝を起こす。

 立つな、立つんじゃない。てか立たないで下さいお願いします!


「10! 勝者ソラ選手!」


 ボーデンが高らかに宣言すると会場で歓声が起こる。

 ゴルドンは悔しそうに地面を殴る。


「これがあるからデュエルは分かりません! なんと体格的にもレベル的にも劣っていたソラ選手の方が一撃! カウント勝利とはいえ一撃で相手をダウンさせました!」


 ボーデンが歓声の合間をぬって大声で説明する。

 プロだ。司会のプロがいる。


「ソラ選手、二回戦への出場おめでとう御座います」


 ボーデンがこちらに近寄ってくる。声のボリュームは多少下げてくれているようだが、それでも大きい声をしている。


「あ、ありがとうございます」

「しかし一体何をなさったのですか?」

「あ、いやそれを言ったら……」


 いや、むしろここで言ってしまうのはありか? 

 変に勘ぐられてスキルとかを調べる魔法やスキルなんかを使われてもたまらないし。


「えっと、俺は基本レベルで劣っているので、相手を気絶させる戦法で行こうと思っています」

「つまり最初から判定狙いだったと?」

「ええ。さっきはゴルドン選手の顎を打って脳を揺らし、一時的に眩暈を起こさせました」

「脳を揺らす?」

「えっと、偶に有りませんか? こう頭を強打して体が思うように動かないって事」

「はいはい! ありますね」

「それですそれ」

「なんと。そんな技術をやっていたのですか!?」

「あ、これ秘密でお願いしますね。対策立てられたら絶対勝てないので」

「ええもちろん。二回戦も頑張ってください」


 ボーデンさんが俺に手を差し出したので握り返す。


「それではみなさん! 勝者のソラ選手へ喝采と拍手で見送りましょう!」


 ぐあっ傍であの大声を出されるときっつぅ!


 俺は耳がキーンと耳鳴りを起こした状態のまま、苦笑しながら軽く観客に手を振って闘技場を後にした。


 まずは一勝だ。三十二人という事は俺が順調に勝てば決勝まで後三回、戦うことになる。

 気を抜かずに残りの試合も頑張ろう。何せ試合が進むに連れて対戦相手も強くなるのだから。 

 

 俺は改めて気持ちを引き締めながら、待合室へと戻った。


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