裏切り者の末路
「ふう、全く骨折り損とはこの事だ。まあ、ノトスさえあれば魔王など恐るるに足らず、杖は捨て置くか」
「ほお。まさか、カマエルの杖が狙いだったとは。コイツは笑い種だな」
私が出し抜けに声を掛けるとベルメルは身に纏う絹を翻して振り向いた。
「お主は確か……炎の魔法を使う小娘か。何故ここが」
アンダーヒルとは反対側の丘の麓の平野。石造りの建造物らしき豆粒が遠くに見える以外は何も無い。
「大方、ジグムント殿が杖の為にここの領主と取引しているのを知って、特別な力が宿っていると勘違いしたのだろうが……残念だったな。カマエルの杖は喋るだけの木切れだよ」
心からの嘲笑を込めて真実を言い渡す。
「主は、何者だ?」
「この期に及んで間抜けな問いだな。まあ、答えてやるとしよう。来たれ野道具、炎錫レーヴァテイン」
炎の柱が勢い良く噴き上がり、私が触れると余分な火は爆ぜ落ちて、剣を模した杖が現れた。
「レーヴァテイン……まさか、四大魔将、レッドアイ。カーッカッカッカ、我を倒す為に四大魔将が出て来るとは、中々魔王も分かっているでは無いか。まあ、ノトスと我の力を恐れるのも無理からぬ事」
「勘違いするな、他の任務のついでだ。さあ、逆賊ベルメル。魔王様の名においてお前を粛清する」
「我の力を見ただろう。ノトスさえ手に入れば、四大魔将だろうと恐るるに足りぬ。返り討ちにしてくれるわ“這這鞭”」
「冥土の土産に、最初の3分間は遊んでやろう“照燕”」
夜空を駆ける風の鞭が蛇行しつつ私に迫るが、炎の燕が迎え撃ち狙いを逸らす。
「カカ、野道具の使い手同士ではお互いに魔力切れは無い。だが、風と炎なら有利なのは我だ」
ベルメルは絹を風で吹き飛ばし、纏った風の暴発に押されて肉薄してきた。
「“天弩”」
軽やかな見た目とは裏腹に、重い蹴撃を炎の弓矢が縫い止める。衝撃で地面が凹み、露出した地層のそこここが赤熱している。
ベルメルは風の防壁で熱を避け、高速の移動を続ける。
「“翅風刃”」
不可視の斬撃が私を中心とした円形に整列し、同時に降りかかって来る。だが、熱で気流を乱すだけで研ぎ澄まされた風は霧散した。
「やはり、やるな。どうだ? 我と組まないか。残りの四大魔将は死にかけの低位魔物と、老いさらばえた老兵だ。それらを倒し、残りの野道具を揃えれば魔王も我ら2人に刃向かえまい」
「は! 逆賊の分際で夢を見過ぎだな。賊の頭領で満足していれば、逃げ切れたかもしれないと言うのに……」
風は矢の形を借りて降り注ぐが、爆発させた火の衝撃波が軌道を歪めた。私はあらぬ方向に刺さった矢を盗み見て、嗤う。
「カカ、主とて人間を裏切り、王族を殺した逆賊では無いか? しかし、実力さえあれば何も問題は無い。弱者は強者に従うのみ、それを覆せる法など存在せぬ。誰も我を裁く事は出来ない!!」
「うふふ、私もつくづく運が無い。お前程度が魔王だったなら、人間を裏切る必要も無かったと言うのに」
「減らず口を! “龍歯撒”」
「“八咫烏”」
さっきイゴール達を蹂躙した風の暴雨を純粋な熱量が受け止め、弾き散らした。
「カカカ、それにしても解せんな。カマエルの杖がただの杖なら、何故ジグムントは攻撃を控えてまで欲しがったのだ?」
「安心しろ。お前如きには、その短い一生を掛けても分からない。さて、そろそろ3分か。このつまらん戦いに幕を引くとしよう」
私はレーヴァテインを握り直し、野道具本来の魔力を解き放った。
立ち込めた熱が、本性を露わにする。
変化を感じ取ってベルメルは一時的に空に逃げた。
「な、何だこの気配は……まさか、今までレーヴァテインを使っていなかったと言うのか?」
「言っただろう。3分間は遊んでやる、と。そもそもお前は野道具での戦い方を何も分かっていない」
私は腕を広げて「地面を見てみろ」と叫ぶ。
「野道具で生み出された魔法は、術者の任意でしか消えず。無限に創出し、無限に持続する。畢竟、最大の火力と規模で、相手を攻撃し続ける事こそが正しい使い方だ」
「ぐ、」
ベルメルは狼狽して空中でグラリと傾いた。
「お前は風に形を与えるから、簡単に狙いを外せる。おかげで、野道具を使うまでも無かった。落第だな」
「カ、カカ、カカカ。良い事を教えて貰った。ならば即実践と行こう」
ベルメルがノトスを掲げると、球状に風が吹き荒び魔物を囲った。
「どうだ、我の任意で無い限り風は炎を通さない。さあ、授業料だ。嬲り殺しにしてくれる」
「“白夜”」
落ちて来る言葉を聞き流して、短く唱える。それは、魔王に降ってから開発した最大火力の炎魔法。
私より、ベルメルよりも、遥か上空で閃光が弾けて、夜が暴かれた。
空は青く、平野は萌え、月が霞む。
「カカカ、例えどれだけの火力であろうともノトスの防壁がある限り、我は不滅だ」
「果たしてそうかな?」
レーヴァテインの切先を少し下げる。それに応じて火球が100メートルほど落ちた。
たったそれだけで、平野の草はカラカラに渇く。更には、乱気流の奥でベルメルから白い煙が上り始めた。
「な、馬鹿な! 炎はまだ、あんなに遠くに……!」
「確かに、炎は風に阻まれる。だが熱は違う。風を伝って、お前を灼く」
「こ、こんな筈では……」
汗ばむ訳もないのにベルメルは額を拭った。
「さあ、選べ。私の炎で焼き殺されるか、己の風で蒸し殺されるか」
「ぐ、グオォォォ!? こうなれば、我の最強最速の一撃、見せてくれるわ!!」
風弾の爆発を受けてベルメルが踵落としを放つ。
「ノトスが泣いているぞ。三下。“白夜・極”」
その一撃を悠々と躱し、ベルメルの背後に回り込み、背骨にレーヴァテインを突き付けた。
極限まで収縮した白夜が、乳白色の体に溶け込み、骨の魔物を火も起こさず炭化させた。
私はつま先でその体を小突く。それを契機にノトスは灰と共に崩れ落ちた。地面に転がった手斧を拾い上げる。
「流石は野道具。私の最高火力を受けても煤一つ付かないとは……」
残ったのは美しく輝く手斧、ノトスだけ。
瞬間私の背筋にゾクリと悪寒が走った。私は慌てて踵を返し跪く。
「レッドアイ。よくぞ逆賊を討ってくれた。これでジグムントも浮かばれよう」
「見ていらしたのですか。魔王様」
「うむ。何やら面白そうだったのでな」
魔王様は気怠げに周囲を見渡す。
「さて、それともう1つ用があっての。ノトスの事だが。しばらく其方が持っていると良い。母上の術の影響で、これより先へは儂の力を以てしても干渉が難しい。武器があるに越した事はないじゃろう」
「はっ、ありがたく賜ります」
私は頭上に両手を掲げ、風斧を受け取った。200年前、炎錫を受け取った時の事を思い出す。私はあの時からどれだけ変われただろうか。レギン、ミーニャ、ガレス……。
「おっと、そろそろ鍛錬の時間だの」
「恐れながら、鍛錬などされずとも魔王様は十分にお強いのでは?」
「いいや。この大地ならいざ知らず。儂と拮抗する者が1柱いる。父の仇敵——憎むべき天の神が」
声が詰まった。このお方が見る先とは、人類にとってどれ程遠い所にあるのだろうか。
「さてと、それでは監視任務しっかりやっておくれ……“雷失”」
魔王様が何気なく魔法を唱えた。それは、雷系統の初歩的な術だが、極大の雷撃がアンダーヒルの方角に降り注ぎ、地響きが丘を隔ててこの平野まで届いた。
「……」
私は何も言葉を発せなかった。そもそも、魔王様は人を殺す事を何とも思っていない。人が羽虫を殺す事に一々理由など必要としない様に。
その後、魔王様は数歩歩く内に姿を消した。私はノトスの風で、丘を瞬く間に登りエジンバラ城の元いた辺りに戻った。
横たわるイゴールの寝顔を何となく覗き込む。
——もし、もしも、お前が私なら、どうしただろう?
私は心の中で尋ねた。
人質に取られた私を見捨てなかったこの男は。敵だと疑っている癖に、私を仲間だと断じたこの男なら。
どうしただろう。
何をしただろう。
純粋に私は、その答えが知りたい。しかし、その為には私も正体を明かさなければならない。それだけは出来ない。
地面に座り込み、イゴールの顔に手を添えた。
もしも、このままお前が目的を果たせず、この監視任務が永遠に続いてくれたら……。
そこまで考えて私は頭を振る。
いや、イゴールはイゴールの行くべき場所へと必ず辿り着く。そして、私の旅はそこで終わるのだ。
41代目勇者パーティの、破滅と共に。
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