表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/19

エジンバラ城の戦い

 翌朝目が覚めると、すぐ隣で少女が寝息を立てていた。どうやら、俺が寝ついた後も患部を冷やしてくれていたらしい。


 昨夜は話さなくても良い事を話してしまった。忘れるな。アミリアは魔王の手先かもしれない。油断して良い相手じゃないんだ。


 「よしっ!」


 「ん? ぁ、はようございます」


 気合いを入れ直す為に声を張り上げると、アミリアが目を覚ました。一抹の罪悪感を捻じ伏せて手当の礼を伝え、フィンに会いにいく事にした。


 フィンは2階の執務室にいて、カラディーンの1人を側に侍っている。


 「どうも、久しぶりっす」


 「ん? ああ、怪我の容態は?」


 「まあ、今のところ膿んでは無いっす。それにアンダーヒルに知り合いの同業者がいるんすけど、そのうちの1人に癒しの加護持ちがいるんで、何とかなるでしょ」


 「そうか。ワシの不手際で迷惑を掛けたな。済まなかった。で、迷惑ついでにもう1つ手を貸してくれ」


 全く。相変わらずこのジジイは臆面もなく……良い性格してるぜ。


 本当は声に出して言いたいが、言ったところで意味がないのも分かりきっているから黙って頷く。ふと、僧兵を盗み見ると申し訳無さそうに俯いていた。


 「にしても、アンタがドルイドの僧兵だったとはね。神妙にしているアンタなんて想像も付かない」


 「はあ、その手の話は昨晩中に耳にタコが出来る程聞いた」


 「はいはい。この位にしときますよ。んで? 手を貸すってエジンバラの賊の討伐でしょ? 手順は?」


 不満気だったフィンの髭面が、一瞬安堵に歪んで、真顔に戻った。


 「まずはアンダーヒルに向かう。直接的にはアウグストがしでかしたこととは言えワシにも責任がある。謝罪し、協力を頼む」


 「そう言うことなら、伝手がありますよ」


 俺は熊のような大男を脳裏に思い浮かべて、請け合った。


 「うむ、ならばその後は私兵を総動員してエジンバラに攻め込むのみ。お前にはジグムント達を倒した時と同じで地下道から内部に侵入し、城門を開けて貰いたい。出来るか?」


 その問いに少し逡巡してから、俺はアミリアの小さな肩に手を置いた。


 「ま、コイツがいればね」


 賊の背後にはジグムント軍の残党がいる。アミリアの反応を見る絶好の機会だ。作戦中、少女から離れるべきじゃ無い。


 「よし。では、早速その伝手とやらに案内して貰おうか?」


 フィンはニコリともせずに言った。


 アンダーヒルでグリズリーを探す事は、そう難しい事では無かった。なんせあの巨体だ。チラッと街行く連中に聞き込みをしてみれば、一昨日寄ったのと同じ酒場にいる事が分かった。


 酒場に入ると、2人の弟子を背後に立たせてカウンター席でしっぽり飲んでいる山の様な背中があった。


 無言で俺が隣の席に座ると、グリズリーは開口一番「早かったな」とだけ言った。


 「クラストって言ったっけお前の弟子。ちょっと手の怪我を治しちゃくれないか?」


 言いながらカウンターテーブルに傷まみれの右手を乗せる。クラストと言う少年は、それを見て酷く動揺したのか息を呑んだ。


 「おいおい、この位でビビって貰っちゃ困るな。癒しの加護を持つミリシアは少ないんだから」


 「別にビビってません」


 意外にもクラストは強情を張って俺の手に光を当てた。


 暖かくも懐かしい感触。やっぱりそうだ。レオンの奴と喧嘩して、生傷を作る度に叔母さんが魔法を掛けてくれた事を思い出す。


 「あの、終わりましたけど……」


 戸惑った様に少年に声をかけられ、気を取り戻すと早速本題に入る。


 まずは、グリズリーと別れてから起こった全ての事を掻い摘んで話した。大男は特に反応も示さず、時折酒の入ったグラスを傾けるだけだった。


 「で、アンタのご注文通りフィンを連れて来た。アンタの依頼主に会わせて欲しい」


 グリズリーは俺の背後に立つフードを目深に被ったフィンに向けて、のっそりと大剣を振り下ろした。


 フィンは喉元に突きつけられた刃に身じろぎ1つしない。


 「お前さん、こんなくだらんクーデターで2度と街の人を危険に晒さないって約束出来んのかい? ここの連中は子供を食わす為に、命掛けでアウグストの私兵と戦う事まで考えたそうだ。それで大人が死んだとして、口減しに丁度いいとまで思ったんだと」


 「領主の仕事は民草を豊かにする事ではない。人の営みを俯瞰し、管理する事だ。その為ならば多少の税も取るし、厳しい事も言うだろう。それに反抗するのであれば、アウグストと似た様な手を選ぶ事もある」


 そこまで言い置いて、フィンは深く息を吸う。

 グリズリーも合わせて一呼吸し、それに応じて突き付けた大剣が微かにそよぐ。


 「だが、1つだけ誓える事がある」


 「それは?」


 「ワシの敵は、須く、道を外れた者のみ。困窮した町民に付け込み、この街の財産を我が物とした賊どもを、ワシは許さぬ」


 「とは言えども、その賊が居なければ我々は飢え死にするか、戦って殺されるか2つに1つでしたのじゃ」


 2人の会話に背後から入り込んだ老爺がいた。


 恐らくグリズリーの依頼主、アンダーヒルの長老だろう。


 フィン以上に長く伸ばした髭を編み込んだ老爺は、手を後ろに回し、背を丸めて、それでも凛と酒場の入り口に立っていた。


 「事情は貴方の姿を見れば大体察せられる。とは言え、我々には関係のない事。少なくともこの数ヶ月我らが生き延びられたのは賊のお陰なのですじゃ。その義に背く事は出来ませぬ。我らの助けは期待なさるな」


 「そういう訳だ。因みに俺様は金さえ貰えりゃ、手ェ貸すぜ? たった今、受けてた任務は終わったんでな」


 グリズリーは大剣を納め、老爺にむかってウィンクした。


 老爺はそれに対してただ頷き、踵を返して行く。


 「済まない。恩に着る」


 「恩じゃなくて金に着てくれ。払えば払うほど働くぜ、俺様は」


 「済まないが、アウグストがカラディーンを雇うのに大枚を叩いたせいで手持ちが無い。秘蔵の酒があるんだが?」


 フィンは碧眼でグリズリーの手元のグルートを射抜いて言った。


 「ま、良いだろう」


 大男はグラスに残った少ない酒をグイッと呷り、グラスをカウンターテーブルにコトリと置く。


 「で? いつ仕掛ける?」


 一連のやり取りを見守っていた俺は、ここぞとばかりに会話に踏み込んだ。


 「ワシが助け出された事を悟られると、警戒されかねん。仕掛けるのなら早い方が良い、出来れば今夜には」


 「俺はそれで構わない」


 そう言って一同を見回すと、みんな首を縦に振った。


 「よし。では、早速行って来てくれるか? イゴール」


 「あ、その前に質屋に寄っても良いですか?」


 俺が答えるより早く、アミリアがおずおずと手を挙げた。


 「質屋?」


 「ええ、この杖を売りたいんです」


 「ああ、まあ良いけど。じゃ、そろそろ行ってくる。手筈通りに頼んどくからな」


 フィンとグリズリーが固く頷いたのを見届け、俺は酒場の入り口に向かう。


 視界の端で、クラストがコチラを心配そうに見つめていた気がしたが、特に確認せずに大通りに出た。


 アンダーヒルの質屋は大通り沿いにあって、店内は雑多な品で溢れていた。書物や雑貨、旅人向けの保存食。武器や防具まである。


 「ちょっと良いか?」


 カウンターの奥で安楽椅子に座って、本に目を落としている店主に声を掛ける。


 「はい、なんでやしょう?」


 所々歯が欠けているにも関わらず、ニコッと笑う男は容易に憎めない印象を抱かせた。


 「すみません。この杖を買い取って欲しいんです」


 「おやまあ、お若いのに随分使い込まれた杖ですね」


 「え、ええ、まあ」


 アミリアは曖昧に返事して、早く査定しろ、という風に押し黙った。店主もそれを察して、古びた杖を矯めつ眇めつする。


 「そ〜ですねぇ。まあ、勉強させて貰って銀貨10枚ですかね。如何っすか?」


 「はい。それで構いません」


 「じゃあ、この台帳に品目と日付とお名前。それから、買取額を書いて下さい」


 ゴワゴワした紙を気合いと勢いで綴じた台帳に、アミリアが言われた通りの内容を書き込んだ。


 手続きはものの数分で終わり、銀貨10枚を受け取った少女はそそくさと質屋を出た。俺もその背を追おうとした時、ふと背後から呼び止められた気がしてその場で振り返る。


 ——あの娘を、頼むぜ。


 店主と目が合い、不思議そうな顔から視線を切って、今度こそ大通りに出る。


 「銀貨10枚か、儲かったな」


 外に出るとアミリアがボソッと呟いた。


 「今、なんか言ったか?」


 「……さ、用はすみました。早く行きましょう」


 尋ねても、少女ははぐらかすだけだった。


 呆れるほど青い空がうなじをチリチリと刺す。少女は僅かに口の端を吊り上げたが、俺は見ないフリをした。




 街を出て、エジンバラ城の丘が切り立つ麓を回り込む。少し歩くと腰程まで枯葉が積み上げられた場所があった。


 だが実際には枯葉の貼り付けられた布が岩を重しにしてそこにあるに過ぎない。


 俺は布を剥がして岩を退かす。すると、子供でも屈まないと入れない位の入り口が現れた。


 「これって……」


 「大昔、エジンバラ城が戦争に使われてた時代に攻城戦で作られた抜け道だそうだ。ここを登っていけば、城の内部に忍び込める」


 地面に這いつくばって小さな入り口に体を捩じ込む。1度中に入って仕舞えば、俺くらいの体格でも立ち上がれるくらいの広さがあった。


 服の土埃を叩いて、アミリアを待つ。少女は俺より簡単に中に入って来た。羨ましく思って眺めていると、少女は目敏くその視線に気付き唇を尖らせた。


 「どーせ、私は幼児体型ですよーだ」


 「ま、これから、これから」


 せっかく励ましてやったのに、アミリアの返答は足蹴りという肉体言語だった。


 「こっからは一本道だ。先行くぞ」


 道は緩やかな勾配を進んでは梯子を登るという繰り返しだった。果たしてかつての兵士はどうやってこの地下道を掘ったのか。


 そんな事を考えて無心で進むと、最後の梯子に行き当たった。


 梯子の上に、円形の蓋があってそれを開ければ宿舎の中庭に出られるはずだ。


 「アミリア、上に人が居るかどうか分かるか?」


 「ええ、確認してみます」


 アミリアは目を瞑り集中する。


 「うーん、中庭に2人居ますね。出口に対して背を向けてると思います」


 「了解、今の内に仕留める」


 俺は一息で梯子を駆け上がり、蓋を持ち上げて音もなく中庭に出た。


 アミリアが言う通り背を向けた2人の賊の片方を手早くナイフで仕留め、もう片方の首を羽交締めにした。


 賊の死体2体を物陰に運び込み、羽交締めにした方の死体から服を剥ぎ取って着替える。


 「おい、アミリア上がって来い」


 梯子を登る少女に手を貸して蓋を閉じ、俺達は宿舎に入った。内部構造は分かっているから城門の開け方は分かっているが、賊の裏にいる魔物についても情報を集めておきたかった。


 宿舎では様々な格好の賊が思い思いに過ごしていた。


 最近膨れ上がった集団だからか、俺達の相貌に違和感を持つ者は居ない。精々、アミリアを見て舌舐めずりする変態が居るくらいだ。


 「アミリア、賊の後ろ盾はベルメルっつう魔物なんだよな?」


 「はい。聞き込みでもするんです?」


 「だって気にならないか? ベルメルが何の為にアンダーヒルの長老にフィンを探させたのか」


 宿舎の食堂でお互いに囁きあってやり取りをしていると、1人の賊が近付いて来た。


 「あんさん、中々良い女子連れてるなあ」


 そう言われてアミリアは誇らし気な顔をした。


 「ほんに、かあいらしい女子だあ。ちょっと貸してくれよお」


 「なら、幾つか聞きたい事がある」


 「おんや、あんさん新顔さんかい」


 会話しているのは俺のはずなのに、賊は鼻の下を伸ばしてアミリアから目を離さない。


 「ここの頭は何をしようとしてんだ? 何の為にこんなに人を集めてる?」


 「ん〜、そんな事オイラの知ったこっちゃ無いや。なあなあ、そんな事よりいつ貸してくれんだ? この女子」


 「まあ、待て。じゃあ、頭が何処にいるか位分からないか? 姿を見た事は?」


 「見た事はねえよ? でもまあ、奥の城の中にでも居るんでねえか? 生きてんのか死んでるのかも分からんお人よ」


 賊は答えて、堪えきれないと言った様にアミリアに向かって身を乗り出した。俺はすかさず2人の間に身を割り込ませる。


 「俺が先だ。アンタのとこには夜行かせる」


 「でへへ、約束したかんな」


 賊はだらし無く顔を緩ませて去って行った。


 「まさか、本当に行かせたりしませんよね?」


 「なんだ、行ってやんねえのか?」


 質問に質問で返すと、パチンと乾いた音がして目の前で火花が爆ぜた。


 「ウギャッ」


 「うふふ、ザマーミロ」


 間抜けな悲鳴をあげた俺に、周囲から奇異の視線が集まる。


 「お、お騒がせしました〜」


 俺とアミリアはそそくさと食堂を去り、宿舎から城に向けて伸びる渡し廊下を進んで行くと見張とかち合った。


 「何だ貴様ら、此処から先へは進めない。宿舎に戻れ」


 宿舎にいた賊は精々麻布のシャツに毛皮のベストを重ね着している程度だったが、見張りは全身を鎧で覆いサーコートまで着ていた。


 誰かに買い与えられたのか……?


 視線に気付いた見張りが俺を怪訝気に見返した。慌てて視線を外し、その背後に聳え立つ門壁を見上げて、大人しく踵を返す。


 「あの、イゴールさん。気付きましたか?」


 「ああ、アイツら加護持ちだ。少なくとも宿舎には他に居なかったが、あれだけの手練れが見張り役。思ったより厳しいな」


 とは言っても攻撃を今更中止した所で、状況は悪くなる一方だ。戦うしか無い。それからも聞き込みを続けたが、役に立つ情報は聞けなかった。


 気付くと空は紫色に変わっていた。殆ど見えなくなった夕陽に掛かる千切雲だけが、オレンジ色に染められている。


 「城門を開けに行こう」


 返事を待たずに俺はアミリアを連れて城下の街を突っ切った。

 戦闘跡が刻まれた家屋を端目に城門の詰め所に入り込み、大掛かりの仕掛けレバーを倒すと、ガラガラと音を立てて門が半分程度持ち上がった。


 申し訳程度に立っていた歩哨達が俄に騒ぎ始める。


 丘陵の勾配で生じた死角に身を潜めていたフィンの私兵達は一気に城門に殺到し歩哨と戦端を切る。


 最初こそ不意をついた事で趨勢はこちらが優勢だったが、さっきの見張りの様な装備を整えた数人が参戦し始めると味方から犠牲者が出始めた。


 「おい! 加勢に行くぞ、ついて来い!」


 グリズリーが俺に向かって声を飛ばした。


 一瞬足を向けかけて、二の足を踏む。今アミリアから目を離すわけには……。


 「死に晒せぇっ!」


 「くっ」


 その隙に、賊の1人が飛びかかって来た。飛び膝蹴りで押し倒される。振りかぶられた粗製の曲刀をボンヤリと見上げる。


 剣が振り下ろされる寸前、賊の両腕が横合いから炎に呑まれ瞬時に炭化した。


 「ヒャァァァッ!」


 それを見ていた味方の誰かが「何て火力だ」と呟く。


 「こんなつまらない事で死んでどうするんですか!?」


 アミリアが俺に手を差し出した。それに引っ張られて立ち上がる。


 「助かった。……お前も死ぬなよ」


 「ええ、勿論っ」


 アミリアから目を離すべきじゃ無い。でも、今の俺の実力では戦いと監視を両立出来ない。一旦二手に分かれてグリズリーと共に手練れの賊に肉薄を仕掛ける。


 「おう、遅えぞっ」


 「悪い」


 虫喰いが酷いが、サーコートまで着込んでいる賊が2人。頭には鍔広の鉄帽を被り、手に持つ直剣も一級品だ。


 グリズリーは2人からの攻撃を器用に凌いでいる。俺は賊の背後から斬りかかるも、相手は肩当てを上手く使って斬撃をいなす。


 やっぱり、コイツら強い……!


 お互いタイマンになって仕切り直す。


 俺は剣で斬り込むが、賊の方は掴みや蹴りを絶妙なタイミングで交えてきた。


 剣を横に薙ぐと見せかけ、相手の掴みを誘う。伸ばされた賊の左手を、谷間を描いた斬撃が下から叩き斬る。そして、ガラ空きの胴に刺突を放った。


 が、賊は剣を捨て。空いた右手で俺の刺突を掴み、脇に引き寄せる。


 一方、俺は賊の手から落ちた剣を足で蹴り上げ、浮かび上がった剣に持ち替えて、大上段から振り下ろす。


 賊は避けるどころか俺の胴に前蹴りを放ち、間合いを取って致命傷を避けた。


 剣尖が賊の被った鉄帽子の鍔を掠めて地に落ちる。


 「ぐっ、ベルメル様は何をされている。御加護さえあればこの程度の相手、問題なく倒せるのに」


 露わになったその顔は当惑で染まっていた。


 ベルメルの御加護だと……?


 疑問を振るい落とし、再び間合いを詰める。賊はゆったりと構え、来る攻撃を待ち受けた。


 「“竈馬”」


 俺は力任せに剣を振るう。


 それは本来相手の武器を破壊する技だが、今回は敢えて、こちらの剣の弱い所を叩きつけた。


 俺の持つ剣が砕け散り、勢いのままに賊と行き過ぎて、しゃがみ込み、足を払う。


 相手が背中を地面に強打したと同時に自分の剣を取り上げ、喉に突き下ろす。


 賊は潰れた悲鳴をあげて絶命した。


 一仕事を終えて、グリズリーの方を見ると丁度そちらも決着がついた所だった。


 「ふう、そろそろ終いか」


 「ああ、後はベルメルとか言う奴だが。部下でもこの強さだ。油断は出来ねーぞ」


 軽口を叩き合っていると城の方からガツンと何かが砕ける音がした。


 昇った月に人影が重なる。


 「あれは……?」


 「やってくれたな。人間共よ」


 その体を構成するのは象牙色1色のみだった。皮、肉、血、臓器。全てが腐り落ちたアンデッドの最終形態。その魔物が薄い絹1枚を纏っている。


 「スパルトイ……アンタがベルメルか?」


 「ほう、我の名を知るか。人にしては殊勝な奴よ。どうだ、我の手下にならぬか?」


 問いを投げると律儀に返事が降ってくる。


 「ああ、アンタの手下になれば御加護とやらが貰えんだろ。是非手下にして欲しいね」


 「カカ、良かろう。ならば、我が加護で露払いをして貰おうか」


 骨の魔物は手を掲げた。するとその周囲に風が渦巻き、俺の体に向かってゆっくり落ちてくる。


 手足に風が纏って、体が軽くなる。加護を持っていた時ほどじゃ無いが、この状態の賊が相手とすれば、アウグストが撤退せざるを得なかったのも頷ける。


 「イゴールさん、無茶です」


 アミリアの声が風の音に乗って耳に届く。


 「アミリア、援護を頼む」


 俺に殿を任せたつもりでベルメルは背を向けて去っていく。が、当然、逃すつもりなど無い。その場で飛び上がり、城壁を足場にして更に跳ぶ。


 「逃すかよっ!」


 「愚かな……来たれ野道具。風斧ノトス」


 ベルメルと同じ高度まで飛び上がり、斬りかかるも、忽然と現れた手斧が斬撃を受け止めた。


 「な! ノトスはジグムントが持っていたんじゃ……」


 「そうそう。お主ら勇者パーティのお陰でジグムントの不意をつけた。最後に礼を言うぞ。“龍歯撒(ドラゴンフォース)”」


 凝縮された風の塊が降り注ぎ、俺を始めとして地上の皆んなを蹂躙する。建物のあちこちから砂煙が立ち上っていて、地上の状況は分からない。


 俺の方はと言うと、直撃自体は躱したが、足場を失って背中が強烈な力で引き寄せられる。


 衝撃に備えて歯を食いしばるものの、不意にフワリとした膜が背中を受け止めた。それと同時に睡魔がやって来て瞼が重くなる。渾身の力で辺りを見回すと砂煙の奥で他の連中も寝息を立てていた。


 これは、一体誰の……?


 「さっきから感じていた強烈な気配はこれか。忌々しい白き魔力め。まあ、良い。カマエルの杖は、またゆっくりと探すとしよう」


 薄れゆく意識の中で、最後にそんな言葉を聞いた。


 いや、最後に聞いたのは足音だった。誰もが眠っているこの状況で、悠然と歩く何者かの足音。


 「だ、れ……」


 最低限の体も成さない誰何に、返ってくる声は無く。ついに俺は重い瞼を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ