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カマエルの杖

 「ゴホッ、ゲホッ、ケホッ」


 私は飲み込んだ水を、咳き込む事で何度も吐き出す。


 クソ……どうして私がこんな目に……。


 「……さてと」


 辺りには暗い闇が落ちているが、私の目には石積みの継ぎ目までクッキリと見えている。


 ガーターとか言う奴が手を離した後、私は水上に落ちたが、何とか側道まで泳ぎ最低限の足場を得た。


 地下の水道なのだろうが、かなり長い間放置されている様で半円状の壁面や、側道には蔦が生えていた。


 私はパチンと指を弾いて、一瞬炎を纏い、服にグッショリと染み込んだ水気を飛ばす。


 「どちらへ進むべきか」


 肌に伝わる感触から、微かだが風が吹いている事が分かる。


 館では奥側から出口に掛けて空気が流れていた。であれば、館に戻るなら風下か……。


 私の足、2つ分しか無い幅の側道を慎重に進んで行くと半刻程で突き当たりに辿り着いた。


 突き当たりはかなり広い空間になっている。


 風は確かにここに続いているはずだが、先の道が何処にも見当たらない。その代わりに、部屋の中心に台座が置かれ、見すぼらしい木の杖が突き立っていた。


 私はゆっくりと台座に近付き、杖にそっと触れる。すると、突然杖は私の魔力を吸い取り始めた。


 「ッ! これは……!」


 「ヒャッハー! 久方振りの上質な魔力ゥ! 生き返るぜぃ!」


 杖の柄から芽が伸びてあっという間に実を付けると、その実は剥き出しの眼球に変わった。


 この猟奇的で趣味の悪い見た目、間違い無い。コイツは……。「ん? この魔力の味、間違い無いテメェは……」


 私と杖は声を揃える。


 「カマエルの杖」「レッドアイ!?」


 にも関わらず杖の絶叫が私の声を遮った。カマエルの杖。それは、私がミリシアだった時使っていた杖だ。かつてカマエルがイオフィエルに頼み作ってもらったと言う、人格を持った杖。


 1人旅の時、話し相手になってもらう事もあったが煩すぎて直ぐに口を封じた。私の持っていた杖が喋る事は魔王様もレギン達でさえ知らない。


 「テメェ……。俺っち達を裏切った癖にどの面下げてこんな所に居やがる!?」


 「居たくて居る訳じゃ無い。それにしても相変わらず喧しい奴だな。少し黙れ」


 奪われた魔力を取り返そうと杖に手を伸ばす。


 「待てっ! どうして、どうしてだ……?」


 杖はそれまでの勢いを失って、真摯な声色で眼球の生った芽をそよがせた。


 「テメェが俺っち達を裏切った理由は何となく分かる。許せねえけど、理解は出来る……。でも、どうして俺っちを捨てた? 俺っちは、人間が好きだ。でも、それ以前に杖として、道具として、テメェに使われたかった。例えテメェが魔王の為に戦うとしても……俺っちは……」


 「私にはレーヴァテインがある。喋るしか能のないお前を持って行く理由が何処にある?」


 「今更、見え透いた嘘は止めてくれよ。テメェの言う通り、俺っちより使い勝手の良い杖なんて星の数ほどある。なのにテメェは俺っちを魔王討伐に持って行った。違うか?」


 私は答えずに伸ばしかけた手を引っ込めた。


 「そもそも、杖の性能が大事なら俺っちを持って行く必要なんて無い。別の杖に買い換えれば良かったんだ。どうして魔王に寝返った途端俺っちを捨てた?」


 「もう……200年も前の話だ。覚えてない」


 暫くの間、私と杖の間に沈黙が落ちた。


 「そうか……。なら俺っちは、またこのまま新しい持ち主を探すことにするぜ。そうそう。ここから出たいんならテメェから見て右側の壁をよく調べてみな。隠し通路がある」


 杖は言い置くと、芽が枯れて眼球がポトリと石畳に落ちた。私は黙りこくった杖を引き抜く。


 馬鹿な杖だ。こんな所にいては、新しい持ち主なんて永遠に見つからないだろうに。確か、アンダーヒルに質屋があった筈。コイツを売れば多少の路銀になるな。


 私は杖の頭でコツコツと石壁を叩く。右端から始めて、あと少しで左端に辿り着こうかと言う時、僅かに膨らみのある音が響いた。


 その部分の石レンガを押すと、アッサリと崩れた。その僅かな綻びに手を掛けて、次々に石レンガを取り除く。


 穴の奥にはここまでと同じ様な通路が、上に向かって伸びていた。


 「ここを抜ければ館に戻れそうだな」


 手元の杖を一瞥して独りごつ。


 階段を上り詰めると、天井にハッチドアがあって、それを押し上げると牢屋が広がっていた。


 1つの大きな空間が、鉄格子によって仕切られ、牢の脇に、更に上に続く階段が見える。


 「……誰か、おるのか?」


 牢屋の床に上がってハッチドアを閉めると、その音を聞きつけたのか男の低い声が飛んできた。


 「あの、誰ですか?」


 念の為、アミリアの口調で男の声に切り返す。


 「フィンだ。フィン・マク・クール。地下水道から来たのか……」


 フィン。この男が、例の。


 男の言葉には問いの色が無く、淡々と事実を確かめて居る様な雰囲気だった。


 「私、館に戻らないといけないんですが、どうしたら良いですか?」


 「取り敢えず、ワシの枷を外せはせんか?」


 問われて、鉄格子に近付くと澱んだ闇の奥で碧眼が知的に光った。


 口周りはごま塩の髭に覆われて居るものの、薄い唇はキュッと結ばれているのが分かる。その厳粛な表情は言葉より雄弁にフィンの人格を物語っていた。


 私はまた指をパチンと弾き、牢に掛かっている錠を焼き切り、フィンの枷も外してやった。男は手首を摩りながら立ち上がる。思った以上の長身痩躯で、目を合わせようとすると、かなり難儀する。


 「ふむう、歳の割には大した腕前だ。助かった。礼を言う」


 「いえ、それよりも、私、館に戻りたいんですが、道は分かりますか?」


 「分かる。が、どのみち、こちらからは戻れぬ。1日に1回、食事が運ばれてくるから、その隙を突くしかあるまい」


 「食事って何時ごろに来るんです?」


 私は尋ねてから酷な質問をしてしまった事に気付いた。イゴールからの話では、かなりの期間この牢に閉じ込められていた筈。体内時計が機能しているとは思えない。


 「……推測にはなるが、約4時間後になるだろう」


 「分かるんですか?」


 「見てみろ」


 フィンは解放されたばかりの手をのっそりと上げて、牢の端を指した。見てみると、天井から一定の間隔で水滴が滴り落ちている。


 「あれが、なんです?」


 「あの水滴は4秒おきに床に落ちる。それを数えていれば、地上の大体の日時は分かる。食事の時間もきっかり24時間ごとだったしな」


 内心で舌を巻き、私は何となく天井を見上げた。


 「……上に、知り合いでも居るのか?」


 「ええ、フィンさんも知っている方です。元勇者パーティのイゴールさん。手を刺されて、多分今頃、軟禁されていると思います」


 「イゴール? 確かに記憶にある名だが、何故今更ここに戻ってきている?」


 「それは——、」


 私はフィンが失脚してから地上で起こっていた事を簡潔に伝えた。


 「そうか、アウグストが碌な治世を敷くとは思っておらなんだが、そこまで酷いとは。アンダーヒルの町人には悪い事をした」


 「あの、どうすればアウグストを追い詰められますか?」


 「むう、ワシが館に戻れば味方に着いてくれるものが大半だとは思うが、カラディーンがどう出るか。後はイゴールを人質にされぬ様にせねばな。せめて、アウグストを支持する使用人を炙り出しておきたい」


 私は少し頭を捻り、物言わないカマエルの杖を振るう。


 「“炎蜃(マテリアル)”」


 すると、一瞬牢の闇に白い炎が閃いた。


 「む! これは……」


 フィンは前髪の奥の碧眼を瞠いて、それから後ずさる。そこに居たのはフィンと瓜二つの男。しかし、実態はない。


 「魔法の1種です。熱で空気を歪めて、幻を生み出します。これを館のあちこちに出して、慌ててこの地下牢に来た使用人は黒。どうですか?」


 フィンは髭を扱いて唸った。


 「悪くない。但し、館に住み込みの使用人は20人はおる。その全てに幻覚を見せる事が出来るものなのか?」


 「まあ、何とかなると思います。熱感知で人の動きは把握できますし。ただ、人の区別が出来ない以上、カラディーンも含めると出さないといけない幻は更に増えるでしょう。そうなると一体一体の精度にムラが生じるかも……」


 「ならば、こうすれば良い。カラディーンは治療用に苔を携帯していると言う。体の何処かに極端に冷たい部分がある者は僧兵だと断定する」


 幻が消え、フィンは間を置くと再び口を開く。


 「誘き出した使用人を牢に閉じ込めて、イゴールを助け出し、アウグストを追い詰める」


 「ええ。作戦はいつ実行しますか?」


 「無論、食事が運ばれて来てからだ。分かりやすく脱出の機会があった方が、幻に説得力が増す。……所で、さっきから気になっていたがその杖はここより地下の台座に刺さっていた杖では?」


 私はギクリと肩を揺らす。もし、カマエルの杖の所有権を主張されれば、コイツはあの地下に逆戻りだ。


 「あの、これは、そのお……」


 「驚いた。あの台座から引き抜く事が出来るのは、杖自身が持ち主と認めた者だけの筈。お前は一体何者だ?」


 「私は、アミリア・シェカ。イゴールさんに弟子入りした新人のミリシアです」


 私の正体がバレた所で、フィンを殺せば済む話だが、ベルメルを倒すには、この男がいた方が都合が良い。


 「実は、のう。ジグムントが勇者パーティに倒される前、彼の魔物と密かに取引をしておった。勇者パーティが訪れるまで、彼奴等から攻撃して来ない代わりに、カマエルの杖を渡せ、と。渡すのは勇者パーティを倒した後で構わないともな」


 「……!」


 フィンは遠い目をして、先を続けた。


 「魔物の癖に不思議な奴だった。何でもカマエルの杖は同僚の持ち物で、だから譲って欲しい、などと宣いおって。勇者パーティを返り討ちにする自信があった様だが、あっさり倒された」


 その声は、悪友の死をつまらなく思っている様な、そんな色を帯びていた。


 ジグムント殿。確かに昔、カマエルの杖について語った事があった。あの時の話を覚えていたとは。


 「かつて、炎の加護をもたらした守護聖人カマエル。そして、29代目の勇者パーティ、レッドアイが使っておったと言う。同じ炎の使い手であるお前が、それを持つと言うなら、それもまた運命か」


 「いえ、私は質屋に売るつもりなんですが……」


 「ハッハッハッ! 伝説の杖を売ると言うのか!? 面白い娘だ!」


 細身の体から出ているとは思えない豪快な笑い声が地下をビリビリと震わせた。


 「まあ、伝説の杖と言っても、ただ言葉を解するだけだ。売り払うも良いだろう」


 私はそれには答えずに、何となく地下牢の石畳に腰を下ろした。


 フィンも同じ様にして地下牢で、その時を待ち続けた。


 時折、雑談をしては黙る。そんな事を繰り返していると、フィンはささくれだった人差し指を唇の前に立てた。


 私は無言で頷き、牢屋の隅の闇に身を潜める。


 数分もしないうちに上の方から石が擦れる音がして、誰かの足音が段々と大きくなっていく。


 「飯の時間だ。全く、何で俺がこんなジジイの世話係なんだ。ムカつくぜ……ん?」


 使用人が鉄格子に手を掛け鍵が開いている事に気付いた瞬間、私はフィンの後ろから火を炸裂させた。


 急激な発光に呻く使用人を素早く動いたフィンが制圧し、制服を脱がせて手足を拘束する。


 「よし、では手筈通りに頼む」


 その声を聞いた頃には、私は館の内部を熱感知で探っていた。


 カラディーンと思われる僧兵が30人。比較的固まっている。そして、私達2人に割り当てられていた客室に1人。これは間違いなくイゴールだろう。


 私が落とされた執務室に1人。これはアウグスト。


 残った反応は19人。私はその全ての近くにフィンの幻を生み出した。


 「今、幻を出しました。後は待ちましょう」


 すでに捕まえた使用人を牢の奥に座らせて、私達はハッチドアの下に身を隠す。


 そして、半開きにしたドアから様子を見守った。


 結果的に釣れたのは11人だった。その中には私を縊りあげ、地下に落としてくれたガーターもいた。


 使用人達は間抜けにも全員牢の中に入って中を調べ始めたので、こっそり扉を閉めて鉄格子同士を瞬時に溶接する。


 溶接の発光でこちらに気付いた使用人達は、何が起こったのかも分からず、あっけらかんとこちらを眺めていた。


 「さあ、後はアウグストだけだ」


 私は内心でほくそ笑み、フィンの後を追った。


 男と一緒に執務室に乗り込むと、アウグストは使用人達の名を呼ばわった。が、当然誰もやっては来ない。


 「アウグストよ。お前の所業は聞いておる。哀れな男よな。代行として初めての仕事が、賊に付け込む隙を与える事などと」


 「わ、私は悪くないっ! テメエだろっ。テメエが、俺の能力をちゃんと評価してくれないからっ! 賊だって、俺の力だけで処理出来る。今更ジジイがでしゃばるなっ!!」


 「馬鹿が……」


 アウグストは激昂して、イゴールを刺したナイフを振り翳しフィンに詰め寄った。


 だが、男は小男の刺突を受け流して簡単に押し倒す。


 「ぐぐ、カラディーン! 来てくれ! 賊が攻め込んできた! この賊どもを殺してくれっ!」


 アウグストはひっくり返るのもお構いなしに悲鳴を上げた。騒ぎを聞きつけた僧兵達が執務室の扉を開く。彼等は槍を私達に向けて構えたが、中の様子を目の当たりにして困惑した様だった。


 「これは、一体……?」


 「見れば分かるだろうっ!? 私に馬乗りになっている男とそこの小娘を殺すんだっ!」


 「はあ。しかし、その御仁が賊なのですか?」


 「他に誰がいるっ!」


 「そう言われましてもねえ、貴方に馬乗りになっておられるのは、我らカラディーンの先代の頭なのですが……」




 「まさか、領主になっておられたとは……」


 「ふむ、そう言えばカラディーンを抜けてからは連絡を取っておらなんだ」


 アウグストは敢えなく手足を縛られ、部屋の隅に放置されている。執務室の中央では、カラディーンを代表してアナンという僧兵とフィンが話していた。


 「教えを捨て、加護を受け取って以来、戦い続けたらいつの間にかここに居た。人の生とは分からんものだ」


 「ここの領主がフィンという名である事は聞いておりましたが、まさか貴方とは、思いもしませんでした」


 余程以外だったのか、アナンはフィンの髭面をシゲシゲと眺めている。


 「あ、あの〜。実は私達の客間に負傷した連れがいるんですが、助けに行っても良いですか?」


 「ああ、おい。お前の手持ちの苔をこのお嬢さんに分けてやれ」


 「ええ。お嬢さん、この苔を患部に当てなされ。よく熱を取ってくれる」


 私はヒンヤリとした苔を受け取りながら、フィンがカラディーンに詳しかった訳に納得した。後の始末を任せて客間に向かうと、扉は外から鍵が掛けられていて、やむなくドアのラッチを溶かしこじ開けた。


 「ん? ァ、アミリア……?」


 男はシーツで手をグルグルに巻いて止血していたが、灯りをつけるまでもなく青ざめていた。


 地下にいる間に陽は沈んでしまったらしく、窓からは月明かりが差し込んでいる。


 私はベッドに足を投げ出して座っているイゴールに近付き右手のシーツを解いた。


 水を溜めた洗面器に手を浸し、血を大まかに洗い落とすと貰った苔を手に当てる。


 「ふ、良いもん持ってんな……」


 気持ち良さそうに目を細めるイゴールを横目に、男の右手を自分の両手で包み込んだ。


 「さっき、反撃すれば良かったのに。私が人質に取られてる事なんて気にせず」


 「……あのまま首を折られて死んだ方がマシだったってか?」


 「そんな事は言ってません! イゴールさんも言ってたじゃないですか、人質にするのなら少なくとも目の前では殺せない。そうたかを括っていたなら、反撃すれば良かったんです。こんなしなくても良い痩せ我慢までして、」


 そんな事を問う必要は無い。でも、聞かずにはいられなかった。どうしても理解出来なかったから。


 「そんなのは、どこまで行っても推測の域を出ない。アイツらがお前を殺さない保証なんて無かった。それに、一応、暫定とは言えお前は今、俺の仲間だ。仲間を見捨てるなんて、したくねえ。そんな事になるなら俺自身が死んだ方がマシだ」


 イゴールは、一見明るく人当たりの良い男だ。少なくとも、それが私から彼への評価だった。だが、時折男の目には死相が宿る。


 死を恐れないと言うのとも違う。そうではなく。黒い瞳が色褪せて既に目だけが腐ってしまったかのような、そんな感じだ。


 「イゴールさんは、何の為に戦ってるんですか?」


 「あ? いきなり何だよ」


 「ふと、気になったんです」


 イゴールは暫く口を噤んだ。私は言葉が返ってくるのを待っていたが、待ちあぐねて、「何の為に?」と、改めて尋ねた。


 「……俺の親父、な。先代の勇者パーティで戦士やってたんだ。勇者の盾として、雑魚の露払いするのが役目だった」


 訥々と語り出したイゴールの目は、やはり霞んでいる。


 「でも、勇者が代替わりする前に足を怪我して隠者の里に戻ってな。勇者の盾たる戦士が勇者より先に戦場を退いた。その事実が親父の矜持を傷つけたんだと思う。親父は里の中に居場所を作れずにいた」


 私は温まってきた苔を水に漬けて、再び冷やしイゴールの手に当て直す。


 「そんな時、親父は隠者の1人であるお袋と出会い結婚した。里の中でお袋だけは親父の事を気にかけてくれたそうだ。けど、そんなお袋も俺を産む時に死んだ」


 徐々にイゴールの手に力が入っていくのを感じた。


 「そうして生まれた俺を、親父がどんな風に思っていたかは分からない。少なくとも、何でも無い時は普通の親父だったと思う。世話も焼いてくれたし、遊びにも付き合ってくれたし、コイツの使い方も教わった」


 イゴールはベッドに横たえた剣に指を這わせた。


 「でも、酒が入ると偶に人が変わったように俺を殴った。全部お前のせいだ、と、俺を罵って。今にして思えば、その日は決まって隠者達の集会に参加した後の夜だった。お袋も死んで、立つ瀬が無かったんだろうな」


 40代目勇者パーティ——。


 確か私も戦場で見えた事があるが、その時には既に勇者と聖女の2人しか居なかった。パーティと呼ぶには小さな所帯だと不思議に思った覚えがある。


 「まあ、それでも何とかやってたんだが。ある日、殴るだけだった親父が首を絞めてきて、俺はがむしゃらに側に落ちていた包丁で反撃した。親父はそれを避けようともせず、コロッと死んじまった」


 「っ、」


 私の脳裏に王族を焼き殺した時の事が思い出された。あの時、不思議と罪の意識は無かった。いや、何も考えられなかったと言うべきか。


 「その件で1番やるせなかったのは、親を殺した罪を背負っちまった事じゃ無かった。里の隠者達が俺の罪に、親父の死に、さして興味も持ってなかった事だ。俺はお咎めなしで、両親を欠いて尚、里での日常は恙なく続いた」


 私は瞳を伏せる。


 イゴールは、多分その時に……。


 「死のう。と考えるのに1週間掛からなかった。だが、その直前に40代目勇者が死んで、レオンを連れた40代目の聖女が里に帰ってきた。聖女……レイブン叔母さんは、崖の下を見下ろす俺の元にフラッとやって来て言ったんだ。


——父上の剣の価値を隠者に示せるのは、今となっては貴方だけ。


ってな」

 そう言うと同時にイゴールの瞳に光が戻った。ホッと息を吐きそうになって、私は慌てて呼気を喉元で押し殺す。


 「俺は決めたんだ。親父の剣が、魔王に届くと証明する。今となってはそれだけが俺に出来る贖罪」


 「分かりません。だったら尚更、私の事なんて見捨てて反撃すべきじゃ無いですか」


 私がすかさず指摘すると、イゴールは目を丸くしてこっちを見返した。


 「確かに、言われてみれば……そうだな」


 「でしょう? なのに、どうして私を見捨てなかったんです?」


 「ん〜。悪ぃ。やっぱ分かんねーや。理屈じゃねえのかもな、こう言うのは」


 イゴールは短く刈り上げた短髪をガリガリ掻いて恥ずかしそうに笑う。


 「実は、イゴールさんのお父様の事、聞いた事があります。私が住んでいた村を魔物から守ってくれた事があるとか、シェーダンタと言う方ですよね」


 それは、アミリアの肉体に定着した記憶だった。余程大人に口酸っぱく言い聞かされたのか、イゴールの話を聞いてその記憶があっという間に浮かび上がって来た。


 「村の大人達が言っていましたよ。シェーダンタは勇者にも負けない位、勇敢で誇り高い戦士だって。私、思うんですが。イゴールさんのお父様の事を知っている人が居て、知らない人が居る。そんなのは当たり前の事で、でもだからこそ、それだけで良いんじゃないかなって」


 イゴールは意味が分からないのか片眉を上げて、コチラを見返した。


 「えっと、だから、シェーダンタさんがどんな戦士だったか、知ってる人はちゃんと居るんです。なのに、イゴールさんがお父様の為に戦うのは、傲慢って言うか……」


 「クッ、クク、ハハハ。傲慢、傲慢か。まさかお前にそんな事言われるなんて思っても見なかったな」


 屈託なく笑うイゴールを見ながら、アミリアでも、こう言っただろうかと自分の言葉を脳内で反復させた。


 昼間。イゴールが私を見捨てなかった事に少なからず恩を感じてしまっている自分がいる。だから、今の言葉はその礼だ。これで借りは返した。


——忘れるな。この男は私の敵。私が戦うのは魔王様の為だけだ。


 再び苔を水で洗い、男の手に当てる。


 分厚い月が傾くに連れて、私の心もまた熱を奪われていった。

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