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クーデター

 俺が部屋に戻るとベッドの上でアミリアが寝息を立てていた。


 毛布を肩まで掛けてやると、小さな体がびくりと震え苦しそうに呻く。少し迷った末、アミリアの肩をそっと揺すった。


 「ん、んん、あれ? イゴールさん?」


 アミリアは目を擦りながら起き上がった。


 「起こしてすまん。うなされてる様だったから……ついでに何か情報があれば教えてくれ」


 「はい。何でも盗賊団の背後にはベルメルって言う魔物が付いてるらしいです」


 ベルメル……聞いたことの無い名前だ。ジグムント軍の残党か?


 「そうか。明日は朝起きたらアウグストの館に向かう」


 「館……」


 「さて、俺はもう寝るが、お前は眠れそうか?」


 「ちょっと風に当たってきます」


 そう言ってアミリアは部屋を出ていった。


 俺は何かを言うでもなくアミリアの背中を見送った。


 フィンの件といい、面倒な話になってきやがった。俺は後頭部に腕を回し仰向けになって、天井のシミを漫然と数える。


 「勇者は居ない、か」


 その言葉が頭の中で木霊する。100歩譲って、レオンが勇者じゃないとして。であれば代わりの勇者を指名すれば良いのに、勇者が居ないと叔母さんは言った。一体、どう言う事なんだ?


 うんうんと唸っているうちに俺は眠りについていた。


 ——そして、朝。目覚めると小さな窓から朝日が漏れ込んでいた。不意に隣のベッドを見ると少女が静かに寝息を立てている。昨夜のようにうなされている様子はない。


 「ん、あ、おはようございます」


 「おう、もう出るぞ。早く支度しろよ」


 俺は部屋着を脱ぎ、鎖帷子と皮のベストを重ね着した。


 それを見てアミリアが顔を真っ赤にして叫ぶ。


 「支度って、イゴールさんが居たら着替えられないじゃ無いですか」


 「だぁ、かぁ、らぁ、誰もお前の裸なんて気にしねぇって」


 俺は呆れて首を振ったが、アミリアは強情に眉を寄せる。


 「はいはい。俺は先に下で飯食ってるから。早く来いよ」


 「分かってます!」


 アミリアが俺を追い立てる様に枕を投げたが、それをヒョイと躱して部屋を出た。


 その後、遅れて降りて来たアミリアと朝食を済ませ、街の南出口から街道を遡上していった。


 小1時間歩くと、街道の脇に群生したカラマツが目に入った。


 フィンが材木を採取する為に植林したという育成林だ。


 俺が街道を逸れて、林に分け入っていくと背後から不安そうなアミリアの声がした。


 「あ、あの〜、迷ってません? もう少し道らしい道があると思うんですけど」


 「大丈夫だって、館へは何度か行ったことがあるし、ざっくり方角は分かってっから」


 「そんな、大雑把な……」


 ため息を聞き流しながら、木立を進んで行く。さらに30分ほど歩いて、ようやく開けた場所に出た。


 目の前には長大な石の塀が聳えている。


 その塀に沿って回り込むと、なんとか正門に辿り着いた。


 正門を潜るとオベリスクが中央に据えられた前庭が広がっていた。あちこちの植栽を庭師がイジっている。


 玄関口には、見事な彫刻があしらわれた、大理石の柱が整列し、ポーチの体を成していた。


 「ここが領主の館……」


 「おーい。依頼を受けたイゴールってもんだけど、誰かいるか?」


 ステンドグラスが嵌め込まれた両扉を叩いた。すると、すぐに燕尾服に身を包んだ使用人が現れる。


 「これは、これは。よくぞいらっしゃいました」


 見覚えのある相貌が、ニコリと微笑んだ。


 俺は軽く会釈して、招かれるまま使用人の後を追った。


 ロビーは吹き抜けになっており、2階へと続く階段と、左右に長く伸びる廊下があった。


 「ただいま、代行のアウグストが立て込んでおりますので、先に客室までご案内いたします。お部屋は別々でご用意しましょうか?」


 「いや、一緒で頼む」


 俺は隣のアミリアをチラッと見下ろし、そう返した。少女はバッと俺から距離を取る素振りを見せたが、当然無視した。


 コイツの目的が何なのか分かるまでは、目を離せない。


 俺とアミリアに割り当てられた客間は1階の右側にズラッと並ぶ部屋の内の1つだった。


 「それでは、アウグストの手が空き次第、お呼びします。それまでお寛ぎください」


 「ああ。ところでフィンが失踪したと聞いたが、大丈夫か?」


 出し抜けにそう尋ねると、使用人は一瞬酷く狼狽し、すぐに平静を顔に貼り付けた。


 「え、ええ……。ただいま、捜索隊がお探ししています」


 「そうか」


 その割には、緊急時の張り詰めた空気感がまるで無い。アウグストが治める今が、新たな日常に成り代わっているかの様に。


 使用人は最後に一礼すると、丁寧に客間の扉を閉じた。


 客間はベッドが2台と、それぞれのサイドボード、後は花瓶が飾られたコーヒーテーブルがちょこんとあるだけのこぢんまりした部屋だった。


 勇者パーティとして来た時は、もう少し高待遇だった気がするが、文句を言っても仕方ないか。


 「あの、領主様がどうかしたんですか?」


 「ん? ああ、そう言えば言ってなかったな。実はアンダーヒルで同業者に会ったんだ。何でも街の連中からフィンを探して欲しいって依頼を受けたそうだ」


 「さっきの反応、何か隠してる風でしたけど」


 「だな、ちょっと聞き込みしてくるわ。お前はさっきの奴が戻って来たら1人でアウグストに挨拶しといてくれ」


 アミリアは億劫そうに唸ったが、間をおいて頷いた。


 早速客間を出て、まず前庭に向かった。何人かの庭師にフィンについて聞いてみたが、どうやらアウグストが代行についてから雇われたらしく反応は芳しくなかった。

 続いて、館の中を適当にぶらついていると、坊主頭で修道士ならではのチュニックに身を包んだ一行とすれ違った。


 「なあ、アンタら。間違ってたら悪いがドルイドの僧か?」


 「……然り、不埒な輩を討伐するべく、この度、アウグスト殿に雇われ申した。そちら様は?」


 「俺はイゴール。アンタらと同じでアウグストに呼ばれた」


 ドルイドの僧は自然を崇拝する信徒で、教会とはまた少し違う宗派の者だ。その中でもカラディーンと呼ばれる、僧兵の階級の信徒は各地を旅し、尋常ならざる魔物や、賊と戦う。

 彼らは加護を持たないが、毒を塗った槍を携え、集団で戦うので半端な連中にはまず負けない。


 「なあ、不躾で悪いが、ここの本来の領主でフィンという男を知らないか? 失踪したらしくてな、探しているんだ」


 「ふむう、申し訳無いが心当たりはありませぬ」


 僧兵達はお互いに顔を見合わせたが、皆んな一様に首を横に振った。だが、それと同時に何か言いたそうに眉根を寄せてもいた。


 「どうした? 何か心当たりがあるんなら、何でも言ってくれ」


 「……ふむ。この館、どうも妙な気を感じるのです」


 気? 魔力の事か? だが、加護を持たないドルイドに魔力は感知出来ないはずだが……。


 「然り、我らは魔力を知りませぬ。しかし、自然のあり様には人1倍敏感ゆえ、気に掛かる。この館に流れる風の向き、匂い、何かがおかしい」


 僧兵は俺の考えを見透かして、そう付け足した。


 風か。館に流れる空気、口ぶりからして雰囲気みたいな抽象的な物じゃなく、気流が、という事らしい。


 「ありがとう。話を聞けて良かった」


 「こちらこそ。では、また後ほど」


 その後、一通り館を回って、俺は通された客間に戻ってきた。中に入るとアミリアがベッドでゴロゴロしていた。


 「……あ、イゴールさん!」


 俺に気付くと少女は慌ててベッドの上で座り直し、居住まいを正した。


 「なんだ、まだ使用人は迎えに来てないのか?」


 「え、ええ。まだ来てませんね」


 「なあ、アミリア? この館に来てから、気付いたことないか?」


 「……? 別に大したことじゃないと思いますけど、この館、地下でもあるんです?」


 アミリアは戸惑いつつ首を傾げた。


 「いや、俺の知る限りはない筈だ。どうしてそう思った?」


 「なんて言うか、空気の流れが変なんです。澱んでいる場所が無くて、一方通行に流れて行く感じが」


 アミリアは空気の流れを追うようにして黒色の瞳をぐるりとさせた。


 「普段、そんなの気にしてんのか?」


 「まあ、炎使いは風には敏感なんです。自分の炎で火傷なんてしてたら目も当てられませんから」


 ふうん。スカーレットからはそんな話聞かなかったけど……そう言うもんなのか?


 疑問を喉の辺りで堰き止めて、考えを巡らしていると、客室の扉が叩かれた。


 「お二方、旦那様のご準備が整いました。執務室までお越し下さい」


 呼びに来たのは、俺達を客室に案内したのとは別の使用人だった。燕尾服に身を包んでいるのは同じだが、俺達を射る眼差しに軽蔑の色が滲んでいる。


 アミリアもそれに勘付いたのか、神妙な面持ちでベッドから立ち上がった。


 執務室は階段を上がってすぐの、2階の中央の部屋だった。


 使用人が扉を開け、俺達を通すと、自らも入って後ろ手に閉める。ガチャリと言うラッチの音が、どこか重い。


 「おお、ご無沙汰しております。この度は、依頼を受託頂いて、お礼の言葉も御座いません」


 執務室の最奥で、磨き込まれたダークオークの執務机に肘をついた小男が会釈した。


 ジグムント戦の時に少し会話した事がある。貴族としての振る舞いを学ぶべくフィンの徒弟になった何処ぞの貴族の三男坊、だったか。


 アウグストは以前会った時は無かった口髭をこれ見よがしに弄んだ。


 「いや、単にミリシアの仕事だし礼は要らねえよ。それにしてもカラディーンまで雇ってるとはな」


 「もうお会いになられましたか? 実に精強な僧兵達で、賊風情には負ける気がしませんよ。ハッハッハッ」


 アウグストは気前よく笑う。


 「にしても、出世したな。地方貴族の廷臣に過ぎなかった男が、いきなり領地の主か」


 「いえ、私はしがない代行ですよ。いずれ、王都から新しい領主が来る事になります」


 「アンタがフィンの不在を王都の宮廷に知らせてれば、な」


 その言葉でようやくアウグストは眉をピクリと持ち上げた。


 「ハハハ、どうやらイゴール殿は何か勘違いされているようだ」


 抑揚の無い笑い声を上げ、小男は剣呑に目を細める。


 「何?」


 「アナタが力を失い勇者パーティから追い出された件……耳にしていないとでも? 私がアナタに求めているのは戦闘能力では無く、知識に過ぎない。そう、エジンバラ城の内部構造といった様な、ね」


 「そうかい。だが、悪いが忘れちまったな。昨日、アンダーヒルでアンタの所業を聞いた時に!」


 「馬鹿な男だ……おい!」


 「ぐ、ぐうぅ」


 小男は視線で使用人に指示を飛ばす。俺は咄嗟に身構えたが、使用人の手はアミリアに向けて伸ばされた。体格に似つかわしい大きな手が少女の細い首を絞めあげる。


 しまった……。


 アミリアへの疑念が、反対に人質に取られてしまう懸念を覆い隠していた。

 俺は間抜けな声を出し、歯軋りした。


 「さて、まずは武器を外して床に投げ捨てろ」


 アウグストはついに本性を隠しもせずに犬歯まで見せて笑む。


 言われたまま武装を解き、無抵抗の意思を態度で表す。すると小男は立ち上がり執務机をゆっくりと回り込んで俺の目の前に立った。


 俺のそれよりやや低い所から小男の黒い瞳が見上げてくる。


 「さてと、ああ、そうそう。私はなぁ、テメエのその、人を見下した目が大っ嫌いなんだよッ!!」


 アウグストの拳が渾身の力で、俺の腹に振るわれた。だが、鍛えているおかげか子供に殴られた様な感触しか無い。小男は、痺れを払おうと手首を振る。


 「全く……脱落した癖に、無駄に頑丈でいらっしゃる」


 「アンタじゃ無理だよ。そっちの使用人に殴らせてみればどうだ?」


 「ふふふ、見え透いた手だ。ガンター、私が言うまで絶対に小娘から手を離すなよ」


 「御意」


 「ううぅ、」


 ガンター、と呼ばれた使用人は慇懃に目を瞑り、アミリアの首にかける手に更に力を込めた。


 一方、アウグストは懐から細身のナイフを取り出す。ナイフと言っても刀身は細く、側面に刃が無い。その代わりに螺旋を描く溝が削り込まれ、鋭利な先端へと続いていた。


 「これは、特注の品でね。溝のおかげで、よく刺さる。でも、殺さない様に刺すのは難儀するのが玉に瑕だ」


 喋りながらアウグストは俺の右手を取り、壁に押し付けてナイフを大きく振り下ろした。


 「グッ!」


 手が熱い。ダラダラと腕を通って垂れてくる血が、脇の辺りを濡らす。その不快感に集中して、痛みを紛らわそうとするが、小男は凶笑を上げて何度も刺す。


 引き抜く拍子に血が飛び散って、アウグストの顔を見る見る内に赤く染め上げる。


 余りの痛みに、体の力が抜け両膝がガクガクと笑う。


 「さあ、どうだ! これでも私を見下した目で見られるか!?」


 「グゥッ、ハァ、ハァ、ハッ! 手を何回刺されたって俺は何も話さねえ。いくら拷問されようとな……。俺に口を割らせたかったらアミリアしかいない。だからこそ、アンタはアミリアを殺せねえ。人質の意味が、無えな」


 ガンターの手が、緩まった。


 「ガッ、ケホッ、ケホッ」


 少女の空咳が響く。


 「ならば、こうするまでだ。ガンター」


 使用人は執務室の本棚を押す。するとその後ろに小さな空間が現れて、立ち込める血の匂いを微かな空気の流れが引っ掻き回した。


 カラディーンやアミリアが言ってたのはこう言う事か。


 「おい! やめろ!」


 「ご安心を。奈落の底には水が溜まっている。落ちただけではまず死なない。しかし、奈落から脱出するには、ここからロープを垂らし、登らせるしかない」


 アミリアは必死に使用人の燕尾服を蹴り付け、身を捩ったが拘束はビクともしない。


 「さあ、もう一度だ。私を見ろ! 私をその瞳に映すのだ!」


 俺は憎しみを込めてアウグストを見る。


 「ヒャハ、ヒャハハハ! そうだ、その目だ! フィンを追い詰めた時と同じ目! テメエのその目が見たかったッ!」


 小男は笑い終えると顎をクイっとしゃくった。すると、それを見た使用人があっさりと手を離し、アミリアはあっという間に床の下に吸い込まれていった。


 「グッ、アミリアッ……!」


 「おい、コイツを部屋に閉じ込めておけ」


 「かしこまりした」


 使用人は俺の襟ぐりを掴み、床に引き倒すと肩に担ぎ上げた。


 「おお、そうそう。一応、聞いておくがカマエルの杖と言う言葉に聞き馴染みはございませんか?」


 「……?」


 アウグストは取り繕った笑みを被り直して、出し抜けにそう聞いてきた。


 俺は何の事かも分からずに沈黙する。


 小男は暫く間を置くと、どうでも良さそうに手をヒラヒラと振った。


 それを見た使用人は、俺を元いた客室に運び込んだ。


 扉越しに聞こえる足音を聞きつつ、俺は、これからどうするか、考えを巡らせるのだった。

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