29代目勇者パーティ
「ちんちく……ちんちくりん……?」
私はイゴールの発言に受けた衝撃から未だに立ち直れないでいた。アミリア・シェカの体型は私の本来の体とほぼ同じ。200年生きてきて、そんなことを言われたのは初めての事だった。
「新入り! 部屋空いたから片付けといて」
妙齢の女が声を張り上げ、背後の天幕を指差した。
何故、この私が下働きなど……いや、仕方ない。これも魔王様の為だ。
「新入り! 片付け終わったら次はゴミ捨てといて」
命じられるまま私は裏手に回る。そこには汚れた布が大量に積み上げられていた。
「全く、本格的にやってられんな」
私は溜息を吐き、指を鳴らす。
——ボッ。
すると一瞬にして炎が膨れ上がりゴミが燃え尽きた。灰が風に運ばれていく。
「わあ! 何? 火事!?」
突然、背後から叫び声が聞こえた。
しまった……人の気配が無いと思って油断した。私の仕業とは気付かれていない、はず……。
「アナタ大丈夫? 火傷とかしてない?」
「え、はい。大丈夫です。でも私ここにあったゴミを捨てる様に言われてて……」
「そうなの? なら、少し休憩すると良いわ。私もこれからだから、一緒にどう?」
薄手のドレスに身を纏った女は、クスッと笑った。
良い機会だ。この女から色々と聞き出してみよう。
「はい。ご一緒します」
「ふふ、私はクララよ。よろしくね」
「私、アミリアって言います」
軽く自己紹介を交わしながら、私達は切り株に座った。
「ふう、疲れた〜。あ、これ食べる?」
クララは手に持ったパンを千切って差し出す。私は礼を言ってそれを受け取った。
さて、話を聞くにしても、どう切り出したものか。
「う〜ん。チーズ美味しい」
クララはパンと共にチーズを齧り、口をモゴモゴと動かす。
「こうするともっと美味しいですよ」
私は指を鳴らしチーズを炙った。脂がジワリと滲み、焦げ目から香ばしい香りが漂う。
「うわあ、本当だ。美味しい! 今のもう1回やって」
クララは感激すると胸元を無防備に晒し、私に詰め寄った。
それにしてもデカい。なるほど、男はこう言うのが好きなのか。
「良いですよ。その代わり少し教えて欲しいことがあるんですが」
「なになに? なんでも聞いて?」
「はい。あそこのエジンバラ城に住み着いた盗賊の一味がここに来ることってあるんですか?」
私は尋ねながらクララのチーズを炙ってやる。すると、彼女は口一杯に昼食を頬張りながら私の質問に答えてくれた。
「うん。結構来るわよ。皆んな知らないフリしてるけどね。案外気さくな人が多いし。ただ、この前なんか愚痴ってたなあ。アイツのせいで俺の取り分が減った、とか何とか」
「アイツ?」
クララは困った様に眉を下げながらモグモグと口を動かした。ほっぺが膨らんでリスの様になっている。
「うん。名前は……なんて言ったかな。メルメル? いや、ネルネル?」
「もしかしてベルメルじゃ無いですか?」
「あ! そうそれ、そんな名前だったわ!」
なるほど。大方ノトスにモノを言わせて手下を作り、賊の群れを隠れ蓑にしているんだろう。少なくともジグムント殿の不意を打てる実力とノトスを有しているのだとすれば、イゴールの手には余るだろうな。かと言って彼の前で本気で戦うわけにもいかない。全く骨が折れる。
「はあ……」
「大丈夫? チーズ食べる?」
「い、いや。大丈夫です」
思わず溜息をつく私にクララがチーズを差し出した。気付くと一口分しか残っていない。
「さてと、色々教えてくれてありがとうございました。私そろそろ行きますね」
「こっちこそ、美味しいもの食べて元気出てきたよ。また、一緒にご飯食べようね」
クララは屈託の無い笑顔で手を振った。
もしも私に孫が出来ていたら、こんな風だったんだろうか。それから、日が暮れるまでこき使われて、私はフラつきながらも宿に戻った。
イゴールはまだ帰っていない。私はベッドに倒れ込み目を閉じた。
私が初めてミリシアになる事を志したのは、魔王に故郷を焼かれた時のことだった。
川沿いに点在した3つの集落を炎が覆い尽くし、草花も、水も、石ころすら残さずに蹂躙した。
運よく街に出掛けていて難を逃れた私と両親は、帰る家と同胞を失い途方に暮れた。そんな時、第28代目の勇者が殺されたと言う噂を耳に挟み、私は焦燥に駆られた。
弱い、という事への焦燥だった。
私は思い立ったその日に民兵協会の門戸を叩き、加護を受け取り、炎の魔法を鍛え上げた。
あの日、私達の故郷を焼き尽くした炎にほんの少しでも近づける様に。
幸いにも私には炎使いとして類稀な才能があり、1年もすれば炎は私の体の延長と呼べる程に馴染んでいた。
それから間も無くミリシアとして1人前と認められ、私はパーティも組まずに修行と戦いの日々に明け暮れた。そんなある日、私の背に声が投げ掛けられた。
「君が、レッドアイかい? 最近噂になってるよ。すごい炎の使い手が居るって」
「……勧誘なら間に合ってる」
声の主はナヨっとした頼りない男だった。線が細く眼鏡を掛けていて肌も仄白い。
「ガハハ! あっさり振られたな、団長」
「笑っている場合ですか? 遠距離攻撃が欲しいと言ったのは貴方ですよ? ガレス」
ガレスと呼ばれた男は全身日焼けして手足が丸太のようにずんぐりとしている。彼を嗜めた女の方はというと、キラキラと輝く白髪を編み込み、浮世離れした美貌でぶすっと唇を尖らせていた。
「全くだよ。ガレスは脳まで筋肉が詰まってるんだから」
「ガハハ! 団長にだけは言われたくねーな! 頭に血が上ったら俺ですら手が付けられねーってのに」
「その2人を諌める私の身も案じてくれませんか?」
賑やかに談笑する3人を尻目に私は気付かれない様にその場を去った。それから、数日後。再び私は3人組と出会った。
「あ! この前はごめんよ。話しかけた癖にほったらかしにしちゃって」
ナヨっとした男は両手を合わせ申し訳なさそうに私を上目遣いで見た。
「別に、気にしてない。先に言っておくが、パーティには入らない」
「何でだい? 僕たち一応全員Sランクのミリシアだから足手纏いにはならないと思うよ」
私は内心、舌を巻きつつ3人の顔を順番に見比べた。
「だからこそだ。仲間がいると、その分楽になって強くなれない。どうしても1人で勝てない相手が現れれば組んでも良いが、そうじゃない限り私は1人で戦う」
「ふ〜ん。聞いた通りの人だね。僕はむしろもっと楽したいから君を誘ってるんだけど」
「ガハハ! 団長、それを言ったらますます誘いづらくなるぞ!」
「レギン! ガレス! 先日と同じ轍を踏む気ですか!? あの、レッドアイさん? 私達は魔王を倒したいのです。どうか貴女のお力をお貸し頂けませんか?」
白い髪の女が私の手を両手で握り込み、銀眼を潤ませて懇願する。
「どうしても、いけませんか?」
炎を鍛え上げる為に何度も焼き、硬くなった私の手と打って変わって、女の手は絹の様に滑らかで、柔らかい。
私は逡巡の間を誤魔化す為に、最近買ったばかりの杖の頭でこめかみを掻く。
「……」
「お、ミーニャの泣き落としが効いてる! 流石の威力だなあ」
「じゃあ、1回だけ。暫定で加わってみる位なら」
これから先、誘われる度に断り続け、やがてこの女に無視された時、私の心はきっと壊れてしまう。そんな気がした。
「やった!」
ミーニャと呼ばれた白髪の女は、ガレスとレギンとハイタッチして歓声を上げた。
「それじゃあ、早速任務に行くぞ。次の敵は中々スパイシーだって話だ」
「不謹慎ですよガレス。全くもう」
「まあまあ、ミーニャ。レッドアイに僕達の実力を見せるチャンスなんだし、怪我人が出るより早く済ませちゃえばいいだけさ」
3人のやり取りに置いてけぼりの私にレギンが手を差し出した。
「さ、レッドアイ。行こう!」
「い、行くって、何処へ?」
「ガハハ! マインツよ。何やら飛龍の群れが襲い掛かろうとしているとか」
「なるほど。多数を相手するのは得意だ」
私達は1日掛けてマインツに向かった。
マインツでは既に住民の避難が済んでいて、戦闘要員以外には誰1人残っていない。
「敵影、発見!」
街の鐘楼に登っていた歩哨が叫んだ。私達はその声を聞くが早いか飛び出した。
「”照燕”」
私は炎を無数の燕に変えて、龍の翼を焼き貫いた。龍達は穴だらけの翼を必死に羽撃かせるも、無惨に墜落していく。
「凄いです。弩を使わずにたった1人でこれだけの数を……」
ミーニャが空を見上げて呆然と呟く。
「よし。ここからは僕達の出番だね」
「ガハハ! ザッと100匹ってとこか。レギン、競争するか?」
「良いね。でも、僕が買ったら酒代で1ヶ月分の報酬が吹っ飛ぶよ」
レギンが眼鏡をおもむろに外し、懐に仕舞った。そして、ガレスと共に地面を蹴り砕き、砲弾さながら飛び出した。
「レギンって目が悪いんじゃないの?」
「うふふ。そんな事ありませんよ? あの眼鏡は変装用なんです」
「変装?」
首を傾げる私にミーニャは含み笑いだけを返した。
「さて、と。私ももう少し仕事するか。”天穹”」
槍と見紛う程の巨大な炎の矢が、飛龍達に降り注いだ。地面に縫い止められた龍の頭をレギンが斬り落とし、ガレスが殴り飛ばす。
「若い龍達とは言え、外殻をあんな簡単に。2人ともここまで強かったのか」
それから5分もしないうちに龍群の中で動く影は無くなった。その日の夜、マインツは祝勝の宴会を催した。しかし、私は騒がしいのが苦手だ。乾杯だけ済ませて早々に酒場を出て夜気にあたる。
闇に冷やされた風が私の火照った体を包む。その時初めて、私もまた圧倒的な勝利に僅かに酔っている事に気付かされた。
「や! ミーニャが寂しがってたよ。勿論、無理に戻れとは言わないけどね」
私が表面を舐めとる様に酒を飲み進めていると、レギンが手を掲げて近付いてきた。
「悪いな。しかし、ああ言うのは苦手なんだ」
レギンはクスリと笑って眼鏡の位置を直しつつ私の隣に座る。
「ま、その気持ちは分からないでもないよ。にしても、街を救った英雄がそんな質素なツマミで晩酌って言うのも寂しいね」
レギンは目線で私の持つ干し肉を指した。
「別に良いだろ? 私はこれが好きなんだ」
「ふうん。僕にも1つ分けてくれない?」
私は無言で干し肉をレギンに渡す。
「……なるほどね。確かに悪くない。ねえ、君の炎で炙ったり出来ない?」
私は目を丸くしてレギンを見返す。
ずっと1人で食事をして来たが、そんなことを考えた事は1度も無かった。少なくとも私の魔法は敵を滅ぼす為の物だと思っていたから。
「……やってみる」
私は極力炎の規模を絞って干し肉を炙ってみた。けれど、火が強すぎたのか、あっという間に肉は炭に変わった。
「あちゃあ。黒焦げだ。どれどれ……あはは、苦い!」
レギンは黒焦げの肉を頬張り楽しそうに肩を揺らした。
「すまない。こう言う事は始めてで」
「良いよ良いよ。ふふ、今日は良い夜だな。君の苦手な事を2つも知れた」
私はなんだか気恥ずかしくて思わず首を竦める。
「別に恥ずかしがることなんてないさ。誰にだって苦手な事はある。でも、慣れておいた方がいいよ。魔王を倒したら、寧ろこう言う事の方が必要になるからね」
「魔王を倒したら……?」
「そうさ。君だってその為に牙を研いで来たんだろ?」
レギンは両手を握り合わせて力を込めた。
「そうか。なら、練習しておく。いつか、とびっきりの干し肉をご馳走してやる」
「うん、楽しみにしてるよ。そうそう、後でミーニャとも話してあげて女の子の友達は初めてだって、はしゃいでたから」
「分かった」
レギンは言い終えると酒場に戻っていく。酒場の賑わいが静まるまで、私は星空を眺め続けた。炎の加護、カマエルを象徴する乙女座が何かを問う様に私に視線を注いでいる。
最初は1回だけと言う約束だった筈が、その日を境に私は3人組と一緒に行動し続けた。
流れる様に半年もの時が経った。
任務の関係で私達が王都へ向かうと、丁度、29代目勇者パーティの就任式が開催されていた。高台から広場を見下ろし、王が高らかに演説する。
「そして今! 我々は新たな希望を迎えよう! 新たな英雄達よ、我がもとへ集え!」
「お、呼ばれたね。さ、行くよ。ガレス、ミーニャ、レッドアイ」
「は? レギン、何を言ってる?」
「ガハハ! そう言えば言い忘れていたな。レッドアイ、お前はとっくに勇者パーティの一員だったのだ!」
呆然とする私の手をレギンとミーニャが引き寄せた。
高台に登り、私達は王に傅く。そして、レギンは聖剣を、ミーニャは白い布地に金の装飾を施した聖衣を受け取った。
それ以来、本格的に勇者パーティは勇名を轟かせた。戦士の拳は鉄をも砕き、魔女の炎は骨まで溶かし、聖女の癒しは世の理を超え、勇者の剣は全てを断つ、と。
魔王軍の大幹部であろうと薙ぎ倒し、破竹の勢いのまま魔王に迫った。
——そして、その果てで私達は真の絶望に打ち砕かれた。




