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奇妙な街

 遠い昔。人と恋に落ちた7柱の天使がおりました。彼等の造物主は性愛に堕した天使らを天界から放逐しました。

 7柱は長大な寿命を奪われ、翼をもがれましたが、唯一残された権能を人々の為に用いて、悪しきを挫き、弱きを助けました。


 ミカエルは力の方向を見定め、あらゆる戦を治めました。


 ラファエルは慈しみと共に、人の傷を癒しました。


 ウリエルは偏った正義で、常に少数と共にありました。


 バラキエルは人の能力を見極め、迫害を諌めました。


 カマエルは有り余る情愛を炎に変え、凍える人々を暖めました。


 イオフィエルは偏執によって数々の作品を生み出し、人々に美を知らしめました。


 アズーライールは死者の魂を操り、愛し合う人々が転生し、再び巡り合う運命を課しました。


 やがて、その功績を認めた造物主は天使の死後、再び彼等を天界に召し上げました。7柱は天に散りばむ星と成り、人々を見守るようになりました。そして、翼と寿命を取り戻した代わりに7柱は自らの権能を人々に譲り渡したのです。


 人々は加護を受け取り、親しみと敬愛を込めて7柱を守護聖人と呼ぶようになりました。


    ——人類史 勇者と聖者 序章第3節より




 アシュタロトとの戦いから数日。俺達はマインツの街を出て、エジンバラへと向かった。


 エジンバラ——そこは、少し前、四大魔将の1人、ジグムントと決戦を繰り広げた場所。俺達の戦いはたったの一夜で城を廃墟に変えた。


 ……で、そんな廃墟に、今は盗賊どもが住み着いてるらしい。


 俺達は盗賊団の討伐依頼をマインツで受け、エジンバラ城の足元に鎮座するアンダーヒルという街を訪れていた。


 ここには元々城の兵士を相手に商売する風呂屋があっただけだった。しかし、人が集まるにつれて立ち寄る行商が増え、屋台を開き、今では街と名乗っても申し分ない程の様相を見せている。


 「あの〜、いつまでここに居るんですか? ちょっと居心地悪いんですけど」


 「そうか? いい匂いするじゃねえか。石鹸の」


 「もう! イゴールさんのスケベ……」


 アミリアは頬を膨らませて身を乗り出した。


 「そう言うな。依頼主に挨拶する前に、情報収集だよ。キナ臭い噂も聞かれるしな」


 ジグムントと戦った時、エジンバラの領主フィンという男が勇者パーティを援助してくれた。しかし、俺たちがエジンバラを立った直後、フィンは失踪し、アウグストという奴が代行を務めているらしい。そして、今回の依頼はまさにそのアウグストからのものだった。


 「さて、行くか」


 「ちょ、ちょっと、私はどうすれば良いんですか!?」


 「お前は風呂屋で働いてくれ」


 「なっ、なななっ!? む、無理です! そんな、好きでも無い人と——!」


 俺は額を押さえて溜息を吐いた。


 「あのなあ、そう言うことはもう少しオッパイが生えてから言えよ。何処の変態がお前みたいなちんちくりんに金出すんだ?」


 「ちんちく……!!」


 「店は大体いつも人手不足だ。日雇いでも直ぐに受け入れてくれるはず。雑用でもしながら聞き耳立ててくれるだけでいいからよ」


 俺は硬直しているアミリアの肩を軽く叩き、その場を離れた。


 それから、人混みを掻き分けて、俺は1軒の酒場に入った。マイルズって言う店だった。


 昼間なのもあって客の数は多く無い。薄暗い店の中、探り足でカウンターに向かって腰を下ろす。


 「ご注文は?」


 「ミルクで」


 「お子様は帰んな」


 髭面のマスターが凄むが、俺は引かずにカウンターに頬杖をついた。


 「なあ、丘の上の廃城に盗賊が住みついてんだろ? 何か知ってる事ないか?」


 俺は言いながら数枚の銀貨を渡す。マスターはそれを一瞥すると舌打ちし、牛乳を注いだグラスを出した。


 「それ飲んだらとっとと帰んな。話す事なんざ何も無い」


 マスターは銀貨を1枚だけ取り上げ、幾らかの銅貨を返す。


 俺がどう切り込んだものかと、酒瓶を磨くマスターを眺めていると、突然背後から不満がましい声が上がった。


 「ったく、この街はどうなってんだ!? 賊がデカい顔して、金も払いやしない!」


 「なあ、おい。声が大きいって……」


 耳をそばだてていると、酒場の回転式の扉が勢いよく開いた。


 「ういー、おい! さっさと、いつもの持ってこいや!」


 一様に毛皮のベストを身につけた、柄の悪そうな一団がドカッとテーブル席に腰を下ろす。


 マスターが酒を持って行ったが、一団は金を払うどころか、財布を取り出す素振りさえ見せない。


 すると、いよいよ我慢の限界に達したらしく、文句を言っていた客が両肩をそびやかして一団に迫った。


 「おい、賊風情が調子に乗ってんじゃねーぞ。とっとと、この街から出てけ。迷惑なんだよ!」


 客は一団の中で、最も体格の大きい男の肩に手を置いた。


 「迷惑ねえ。まあ、アンタがそういうんなら、俺たちは出て行っても良いんだ。そうだろ? マスター」


 男の含みのある視線がマスターを射る。


 「……悪いが、騒ぎを起こすんなら出てってくれ」


 マスターは賊にではなく、客に向かってそう言った。言われた客も唖然として、口をパクパクさせている。


 「聞いての通りだ。大人しく飲めねえんなら、お家に帰んな」


 賊は客の手を摘みあげて、酒を一口呷った。


 「こ、この街は、どうなってるんだ……」


 客は連れを伴って、すごすごと店を出て行った。それから、賊達は酒を呑みながら大騒ぎし小一時間すると店を出た。


 「なあ、さっきの連中……」


 「アンタ、まだ居たのかい」


 「ああ。それで、あの連中が、廃城に住み着いてるっていう賊なのか?」


 「さっきも言ったが、話すことは何も無い。何も飲まないなら帰ってくれ」


 マスターは顎をしゃくって、俺の空のグラスを指した。


 このままここにいても、得られる情報は無さそうだ。そろそろ席を立とうかと考えていると、再び回転式の扉が開いた音がした。


 肩越しに一瞥すると、さっきの賊よりも更に体の大きな男が俺の隣に陣取った。


 「グルートを」


 大男が呟いて、銅貨を弾き渡すと、マスターはその代わりに酒の入ったグラスを差し出した。


 「久しぶりだなイゴール」


 大男は一息に酒を飲み干して、再び銅貨を弾き、おかわり、と呟いた。


 「ああ、半年前に一緒に仕事した振りだったかなグリズリー」


 「聞いたぜ? 勇者パーティをクビになったって。噂になってる」


 「まあな。色々あったんだ。——で、お前も盗賊の討伐でアウグストに呼ばれた口か?」


 世間話もそこそこに、話を切り出す。


 「いいや。俺はアンダーヒルの長老に依頼を受けたんだ」


 「どんな依頼だ?」


 「まあ、詳しいことは言えない。ただ、アウグストの奴を調べて欲しいって事だ。奴が領主の代行になってから突然重税を課される様になったとかでな……」


 尚も話を続けようとするグリズリーをマスターが咳払いで制した。が、大男は、コイツは信頼できる、と俺を指差し説明に戻った。


 「重税のせいで一時期はかなり困窮したらしい。だが、そんな時に例の賊が廃城に棲みついた。当時は町民達もこれまでか、と絶望したが、賊は寧ろ領主の館から来る徴税官を追い払ってくれたそうだ」


 「何? ただの、賊が職業軍人を追い払ったのか?」


 「ああ、何でも賊には常に追い風が吹いていて、相当の強さだったらしい。アウグストにとっては青天の霹靂だったろうが、おかげで町民は無茶な課税から解放されて元の生活を取り戻したんだ」


 俺はさっきの一幕を思い返し、納得した。賊の自信に満ちた態度と、賊を庇ったマスター。今、アンダーヒルと賊達は奇妙な共生関係にある訳だ。


 「なあ、お前さん、フィンっていう失踪してる領主と知り合いなんだろ? 領主の館に向かうんなら俺様の代わりに調べてみちゃくれないか?」


 「俺が……? なんで?」


 「賊と町民の共生関係は、アウグストの重税が原因だ。フィンが復帰して、課税を撤回してくれれば賊を孤立させられる」


 俺の知る限りフィンは気難しいが、誠実な領主だった。アンダーヒルの町民からの信頼も厚い。確かにグリズリーの言う通り、賊を倒すのならそれが手っ取り早そうだ。


 「まあ、探りを入れてみる。所で、後ろの2人は? 新しい弟子か?」


 「ああ、今、俺様が面倒見てる。男の方が癒しの加護、女の方が偏重の加護だ」


 癒しの加護は回復魔法を使える。しかし、その威力は聖女には劣る。


 偏重の加護は他の誰かの身体能力や魔力を強化できる。


 2つ共、パーティを組むには必須の加護と言っても過言ではない。


 グリズリーは2人の方を振り返ると、促すように頷いた。


 「あ、あの僕、クラスト・デボンです」


 「ウチはカマラ・ミオン」


 少年と少女が次々に名乗る。


 「相変わらず、面倒見が良いと言うかお人好しと言うか」


 俺は呆れつつも、口の端を持ち上げた。


 「へっ、お前さんにそう言われちゃお終いだな。……なあ、久しぶりにヤらねえか?」


 「ったく、会って早々お前も好きだねえ」


 グリズリーは再びグラスを空にした。俺たちは店を出た。


 人気の無い広場で距離を取り、武器を抜く。


 「先に一本取った方が勝ち。それで良いよな?」


 「ああ、それで構わねえよ」


 アシュタロトと戦って以来、まともに剣を振ってない。ここで勘を取り戻さねえとな。


 「行くぞッ!」


 グリズリーは大股で間合いを詰め、大上段から大剣を振り下ろす。俺も呼吸を合わせて、構えを取る。


 「“竈馬(かまどうま)”」


 “竈馬(かまどうま)”は相手の武器の弱い部分を見極め、攻撃する。言わば武器破壊の技だ。


 ぶつかり合う剛剣が火花を散らして鍔迫り合う。


 「おいおい、軽いな。そんなんじゃ俺様のツーハンデッドは砕けねえぜ?」


 「言われなくても分かってら」


 剣を持つ手がジンジンと痺れる。太刀を受けた俺の方が力負けした事実にショックを受けつつ、相手の刃を左に流し、間合いを取った。


 喉を絞められたガチョウの悲鳴の様な金属音を聞きつつ、俺は次の攻撃を放つ。


 「“影写(かげうつし)”」


 それは単調な横薙ぎだが、グリズリーは防御し損ねて左手首に斬り傷を負った。


 「グッ! 力は弱まってても、技は健在だな」


 影写(かげうつし)は剣の裏側を漆で黒く塗り潰し、刀身をその影に溶け込ませる技だ。刃で光を反射させ、偽の斬撃を認識させるのがコツなんだが、中々成功させるのは難しい。


 「とは言え、これじゃあ一本とは言えんぞ?」


 グリズリーは左手首の傷を見せびらかして、得意げに笑った。俺達で言うところの一本は全力で戦えなくなる程の傷を与えるという事。


 俺達は再び構え直す。


 グリズリーは大剣を担ぐ様に構え、瞬く間に間合いを詰めて振り下ろす。俺は剣を頭上で回して斬撃を横合いから叩いた。そして、そのまま剣を振り下ろすが、グリズリーは器用に大剣の柄で俺の斬撃をいなす。


 叩き落とされた剣を急加速で振り上げ、俺は刃をグリズリーの首に押し当てた。


 「どうやら、今回は引き分けみてえだな」


 俺は小さく呟いた。


 グリズリーもまた全く同じ動きで、俺の首に大剣を這わせている。


 「チッ! 今ならお前さんの情けない面が拝めると思ったんだがな」


 グリズリーは残念そうに剣を鞘に戻し、クラストに目配せした。意図を察して少年は杖を構えると、回復魔法を発動する。


 俺とグリズリーの擦り傷はあっという間に塞がった。


 「……ん?」


 声を上げつつ首筋を軽く抑える。


 「あの、何か……?」


 クラストは心配げに俺を見上げる。


 「いや、なんかちょっと懐かしい感じがしたんだ。ガキの頃、叔母さんに怪我を治してもらった時みたいな」


 「叔母さんって言うと、40代目聖女の事か?」


 グリズリーは目を丸くして尋ねた。俺は何も言わずに頷く。


 「そう言えば、あれはもう聞いたか?」


 「あれ?」


 「なんだ、知らねえのか」


 答えを待っていると、グリズリーは意地の悪い笑みを浮かべ、目線を逸らした。


 「おい、気になるだろ? 早く言えよ」


 「ほほう? それが人に物を頼む態度かね? イゴール君」


 「じゃあ、いいわ」


 ふざけて、まじめくさった口調で話すグリズリーに愛想を尽かし、俺は素早く踵を返す。


 「お、おい、待てって! ったくツレない野郎だなあ」


 「さっさと話せ」


 「当の40代目聖女が声明を出したんだよ。勇者について」


 俺は眉根を寄せて先を促した。


 「曰く、当代勇者は勇者にあらず、私は間違っていた。勇者は居ない。ってな」


 「勇者は居ない? 別の勇者を指名した訳じゃ無いのか?」


 「声明によればな。さ、そろそろ仕事に戻るとするか。さっき話した件、確かに頼んだからな」


 グリズリーは言い置くと、2人の弟子を引き連れて往来に戻って行った。


 取り残された俺の足元で、寒風が雑草をそよめかせる。


 レオンは既に元聖女の声明を耳にしただろうか……?


 俺は顔を拭う仕草をして心を入れ替え、アミリアと合流することにした。

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