演技と演技
ザク、ザク、と。草むらを踏みつける音。
「ハァ、ハァ」
魔人の荒い息が“私”の耳にかかる。イゴールから遠く離れても尚、アシュタロトは休む事なく走り続けた。お陰で充分距離が取れた。そろそろか。
「おい、下郎。いつまで汚い手で触っているつもりだ?」
「ハァ、ハァ。気でも触れたか? 小娘。あと少しじっとしていろ」
「それは出来ない相談だ」
私は短く言い放ち、体に火を纏った。
「グアッ」
アシュタロトは悲鳴をあげて私を手放した。直後、放った気配を内側に収める。
「い、今の魔力。貴女は、貴女様は、四大魔……」
「今の私は新米魔法使い、アミリア・シェカだ」
唇に人差し指を当て、アシュタロトの言葉を遮る。すると魔人はすぐさま膝を突き、頭を下げた。
「も、申し訳ございません。以前お見かけしたお姿とは別のお姿だったので、気付くのが遅れてしまいました」
「別に怒ってはいない。訳あって、たまたま森で見かけた娘の死体を借りているのだ。気付かなくても無理はない」
私がそう言っても、アシュタロトは姿勢を崩さなかった。満身創痍で辛いだろうに意外と可愛い奴だ。
私は前のめりにアシュタロトを見下ろし指を鳴らす。すると、再び魔人の体を炎が包んだが、今度はその体から負傷を取り去った。
「傷が……」
「アシュタロト。聞きたい事がある。ジグムント殿は何故負けた? あれ程の方が易々負けるとは信じ難い」
「は。それが、ジグムント様のもう1人の腹心にベルメルと言うのが居たんですが。そいつがあの方の背中を斬りつけ、野道具を奪い去ったんです。そして、その直後勇者に襲われたのです」
アシュタロトは悔し気に牙を噛み締めた。
野道具とは魔王様が持つ5つの祭器だ。それと同時に絶大龍の力を宿した武器でもある。四大魔将にはそれぞれに適した属性の野道具が下げ渡され、身分と権威を示す。
「ジグムント殿の野道具というと。風斧ノトスか。ベルメルは何処に逃げた?」
「ジグムント様が占拠していたのが、エジンバラの城下町だったんですが、そこから王都の方へ去って行きました。恐らく魔王様から逃れようとしているのでは無いかと」
「分かった。ならそちらは私が対処しよう。お前は魔王様のところへ戻り、指示を仰げ」
アシュタロトは短く返事をし、ぎこちなく顔を上げた。
「どうした? 何か質問か?」
「は。恐れながら、何故、四大魔将程のお方がこんな所に居られるのかと思いまして」
「……実は先日、勇者パーティが仲間割れをして二手に別れた。しかし、魔王様はそれが勇者パーティの演技では無いかとお疑いなのだ」
「演技?」
私は杖を地面に突き、重心を預けながら頷く。
「普段、魔王様は使い魔を放って勇者パーティを監視しているのだが、二手に分かれられると、どうしても監視に隙が生じる。その隙に乗じて奇策を仕掛けるつもりじゃないか、と魔王様が仰られてな」
「それで使い魔の代わりにレッドアイ様を監視に?」
「気安くレッドアイと呼ぶな。……魔王様は余程、警戒されておられるのだろう。私ですら到底及ばないほどの力を持ちながら、底知れないお方だ」
イゴールは里に帰ると言っていた。仮に彼に何か策があるとして、その結果がどれだけ魔王様の命に迫れるのかは分からないが、勇者パーティの好きにはさせない。
「それにしても、レッドアイ様は中々演技派でいらっしゃる。気配を放つまで年頃の少女にしか見えませんでした」
「フフフ、そうだろう。存外、私の色仕掛けでイゴールを骨抜きに出来てしまうかもな」
アミリアの記憶を抽出する事に、存外、手間取ってしまったが、もはや完璧に成り変わったと言っても過言では無い。
「ええ、ええ。それはもう。とても、239歳には……グフッ」
私はすかさずアシュタロトの腹を蹴り付けた。
「そうそう。ここから南下する途中にアル殿とすれ違うだろうが気にせず魔王城に直行しろ。あの御仁も、普通に戦えば勇者如きに遅れは取るまい」
「か、かしこまりました。ではご武運を」
「ふ、呪いを受けた今のイゴールでは私の相手にもならない」
アシュタロトは走り去ろうとして動きを止め私を振り返った。
「確かに今の奴なら問題無いでしょう。しかし、以前戦った時のイゴールは悪夢の様な強さでした。下手をすれば万全のジグムント様でも破られていたと思える程の」
「分かった。覚えておこう」
私の返事を聞いて今度こそアシュタロトは立ち去る。その背が闇の中に消えるまで見届け、私はイゴールを残した洞窟へと取って返した。
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