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再会

 翌日。俺はトールに言われて民兵協会(ミリシアギルド)に足を運んだ。受付嬢に声を掛けると応接室に通される。当然だがアミリアは連れて来ていない。


 応接室は簡素な作りで2人掛けのソファがローテーブルを挟んで向かい合っているだけ。他には何も無い。


 部屋の中を見回すがスカーレットはまだ来ていなかった。ソファに腰を下ろして、しばらく待っているとドアの向こうからコンコンと音がした。


 「入ってくれ」


 俺が声を掛けるとドアが開かれ、燃え滾る様な赤い長髪の女が入って来た。歳の頃は俺達と同じで10代後半くらい。髪と同じ赤い瞳には強い意志が宿り、頬から顎にかけて壮絶な火傷跡が刻まれていた。


 「久しぶり、イゴール。聞いたよ。勇者パーティを外されたって?」


 スカーレットは心配そうに眉を下げて言った。


 「憐れんで欲しいだけなら呼んだりしねえよ。話がある。座ってくれ」


 俺の言葉でスカーレットは表情を引き締め直した。


 「そ、それで話って?」


 スカーレットは両手を太ももの間に挟み込み、俺を上目遣いに見る。


 「ああ、まずはこれを見てくれ」


 俺は早速アミリアの記録を見せた。スカーレットは暫く羊皮紙に視線を落とし、首を傾げた。


 「この空欄は? 測定中って事?」


 「いや、測定器が爆発して測れなかった。お前ならどう見る?」


 スカーレットは一瞬、落胆した様に目を伏せたがすぐに元通りの表情を繕った。


 「そんな事聞かれても私にも分からないわ。確か、測定器は位階の加護をもたらしたバラキエル様が製法を伝えたと聞いてるけど、結局作ってるのは人間だし、使ってれば故障もするんじゃない?」


 スカーレットは指先で羊皮紙を軽く叩く。


 「他の結果に関しては不自然な所は無いし。……ただ」


 「……? ただ、何だよ?」


 「うん。魔力量や、魔力操作は、コントロール出来る項目だから例えば低く詐称する事が出来るのね。でも、魔力純度はコントロール出来ない。測定値が高すぎて機器が壊れたのなら……いえ、でも、高く詐称するならともかく、低く詐称する必要なんて無いし。今のは忘れて頂戴」


 俺は指摘された可能性に思わず唸り声をあげた。


 「ご、ごめんなさい」


 「いや、お前を責めてるんじゃねえよ」


 スカーレットは何を勘違いしたのか首を竦めて申し訳なさそうにした。


 「あんだよ。低く詐称する理由が」


 「……それって、聞いても良いの?」


 俺は何も言わずスカーレットの目を見つめた。すると女はブンブンと赤髪を振り乱した。目礼だけして俺は再び口を開く。


 「それと、もう一つ頼みがあるんだ。実際に会ってみてくれないか? この魔法使い、アミリア・シェカに」


 「ええ、それは良いけ……ん? 今組んでるのって、もしかして、女?」


 「ああ、そうだが?」


 「ふ、ふ〜ん? そ、そうなんだあ〜。会うの楽しみだなあ〜」


 スカーレットはコメカミから汗を垂らして明後日の方を向いた。


 「よし、それじゃあ早速案内する。ついて来てくれ」


 応接室を出ると、受付嬢が血相を変えて駆け寄ってきた。


 「イゴールさん! スカーレットさん! 大変です!」


 「うおっ! どうした?」


 「そ、それがモロの洞穴にゴブリン退治に向かったミリシアの一団が返り討ちに遭ったんです。彼らの証言によればその魔物はアシュタロトと名乗ったそうです!」


 ——アシュタロト。


 ジグムントの腹心だった魔物。レオンやヘスと共に1度戦った相手だ。


 「多分、魔王城に帰る途中と思われます。早く倒さないと勇者様方の背中を突かれる恐れが……!」


 「……」


 「どうしたの、イゴール? いつものアンタならすぐに飛び出すのに」


 スカーレットは不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。


 「アシュタロトはかなりの深手を負ってる筈だ。……レオンなら問題ない」


 「イゴール。もしかして勇者パーティをクビにされた事気にしてる? アンタらしく無い」


 「……」


 俺は口を噤み、こめかみを掻く。


 「何にせよ。今の俺じゃ大した戦力にはならねぇよ。他を当たってくれ」


 俺はそう言って、その場を後にした。スカーレットの言葉が、耳にこびり付いて離れない。民兵協会を出てアミリアを待たせた宿に戻る間、頭の中に10年前の記憶が蘇った。




 「おい、レオン! 早く来いよ!」


 「ま、待ってよお。イゴール!」


 鬱蒼とした森の中で、俺はレオンに向けて手を差し出した。足元に張り巡らされた分厚い木の根に足を掛けて、その手を引き寄せる。


 「早くしないと、日が暮れちまうぞ。ヘスに山桃を持って行ってやるんだろ?」


 俺は出し抜けに虫や動物のさざめきに満たされた森を見回した。


 「でもさあ、この森歩き難いんだもん」


 「文句垂れてたってしょうがねえ。さっさと済ませんぞ」


 俺達は森の中を歩き回り、山桃の実が成る枝を見つけた。しかし、帰りの道を歩いていたら1匹の魔物に出くわした。巨大なカラスの体に老爺の頭が付いていた。


 「あれは、パズズ」


 「ああ、でも1体だけだ。加護をもらった今の俺たちなら何とかなるって」


 俺が貰った坩堝の加護は身体能力を高め、不定形のものにも干渉できる——つまり、触れる。


 訓練はこれからだが、いい機会だ。俺の加護がどんなものか試してやる。


 「む、無理だよ、イゴール。ここは逃げた方が……」


 「お前は勇者なんだぜ? あんな雑魚1匹倒せなきゃ、魔王なんて夢のまた夢だ」


 「ぼ、僕には無理だよ。魔王を倒すなんて」


 レオンは拳を握り締めて、うなだれた。


 「俺はここだ! こっちへ来い、化け物め!」


 短剣を抜き、パズズの前に躍り出る。


 「キエェェェ!」


 パズズは喉からざらついた、甲高い奇声を上げた。

 俺は構わず距離を詰めナイフを突き出す。魔物はそれをヒラリと躱し、俺の体を翼で叩いた。


 「グッ」


 背中が木の根に叩きつけられる。肺が潰れ、息が漏れた。


 パズズは体勢を立て直して鉤爪を掲げると、俺に向かって振り下ろす。その一瞬、草むらに隠れたレオンと視線が交わる——が、アイツは目を逸らした。


 「くそっ」


 俺は咄嗟に短剣の柄を木の根で支えて鉤爪を受け止めた。それから、短剣を強引に捻って、出来た隙間に転がり逃げる。


 「グエッ、グエッ」


 パズズは老爺の顔を歪めて、悲鳴を上げた。何度も翼を羽撃かせその場でピョンピョンと跳ねる。


 「ヤァッ!」


 俺はもう1度パズズに肉薄し、喉笛に短剣を突き立てる。刃を引き抜くと炭の様に黒い血が噴き出した。怪鳥は苦し紛れに俺を鉤爪で蹴り付ける。


 俺の体は地面を跳ねて、苔の生した地面に受け止められた。胃がひっくり返って、酸が喉を焼く。しばらく身悶えながらも何とか体を起こす。


 そう言えばパズズはどうなったかと視線を送ると、喉から血を流しその場に倒れていた。体が大きく膨らんだり縮んだりしている。


 体に染みついた血の匂いと、口の奥に感じる苦味。


 それは物語のような快勝とは言えなかった。けど、戦うという事がどういう事なのか分かった気がした。


 俺が何となく瀕死のパズズを眺めているとガサガサと草の音が鳴って、レオンがやって来た。奴は左手に山桃を持ったまま俺に右手を差し出す。しかし、俺はその手を打ち払った。


 「本当は俺が勇者に選ばれたかった」


 レオンの目が揺れる。尚も俺は続けた。


 「でも、さっきお前が俺を見捨ててくれたおかげで、その気持ちは、もう無い。お前程度でなれるのが勇者なら、そんなもんに何の興味もねえ」


 レオンの唇が悔しさに震えた。ところが目の方はどこか納得した様に和らいで見えた。


 それからだ。


 レオンが戦いの訓練に明け暮れる様になったのは。朝から晩まで剣を振り回し、里中を駆けずり回って体を鍛えた。俺も修行をサボったつもりは無いが、レオンの努力は俺のそれを遥かに超える。


 少なくとも俺にはそう思えた。




 ——そして、それ以来アイツとの会話はメッキリ減った。


 俺が物思いから戻ると、いつの間にか目的の宿に辿り着いていた。ボンヤリしつつフロントに入り、取ってあった部屋に戻る。


 「あ、お帰りなさい。話し合いはどうでしたか?」


 「ん? ああ」


 「イゴールさん? おーい。聞こえてます?」


 俺はあの日、勇者という存在を見限った。レオンはレオンだ。選ばれた人間なんかじゃ無い。


 アイツが俺の事をどう思ってるか知らねえが、俺はアイツの側に居てやりたかった。勇者という称号で、それ以外の人間と隔絶されたアイツの側に。


 「あれ、お客さん? どちら様ですか?」


 「私はスカーレット。イゴールはいる?」


 「はい、そこに」


 「……ところで、アンタがアミリア・シェカ?」


 アイツの努力も、強さも、俺は知ってる。それについて行けるのは俺しか居ない。


 「そうですけど……何か?」


 「思ったより若い、と言うか幼い……いや、何でも無いわ。ちょっとイゴール借りるわね。お〜い、イゴール!」


 ずっとそう思ってた。でも、今はもう、そうじゃ無い。今、俺がアイツの側にいても出来る事はない。レオンはそう判断し、その結果として俺は今ここにいる。


 「ねえ、イゴールってば! イゴール!!」


 「るせーな! ちょっとくらい放っといてくれ」


 「そうもいかないわよ。今、この街でアシュタロトを倒せるのは私かアンタくらいのもんだし、実は私も明日にはこの街出ないとだから」


 「何か用事でもあんのか?」


 突然神妙な顔付きで声を固くしたスカーレットに、俺は戸惑いつつ返す。


 「うん。ここから南下した先、タイズ湖沼にサハギンの一団が現れたとかでね。その中に格別に強い個体がいて、もしかしたら四大魔将かもって話で、私も呼ばれてるの」


 「ああ、そう言えばちょっと前にヘスがそんな事言ってたっけ」


 「明日にはここを出ないとレオン達と合流出来ないから、だから、アシュタロトの事はアンタに任せたいの」


 スカーレットは葛藤からか顔の筋肉を強張らせる。


 俺は嘆息を吐き、アミリアを流し見た。


 「分かった。そこまで言うなら引き受ける。但し交換条件だ。お前今日1日はこの街にいるんだよな? だったらアミリアに稽古を付けてやってくれ、アシュタロト戦に向けて最低限、使えるレベルまで」


 アミリアとスカーレットがそろって目を丸くする。


 「ちょっと、あの子は力を隠してるかもしれないってあなたが言ったんじゃ無い。稽古をつけるだなんて」

 

 スカーレットは俺の耳元まで顔を近づけて囁いた。


 「だからこそだ。教えるフリをしてアイツの実力を見てみて欲しい。全部俺達の早とちりって事なら、それまでの事だし。頼む」


 「……分かった。でも、あんまり期待しないでね。私より強い使い手の可能性だって十分あるんだから」


 俺は無言で頷いた。


 スカーレットは魔力量を除いた項目が全てSランクだ。総合ランクこそAに甘んじてるが、継戦能力を度外視すれば実力はSランクの使い手と比べても遜色無い。


 「さてと、それじゃあ早速炎を出して訓練を……したい所だけど、まずは開けた場所へ移動しようか」


 女の案内で俺達は街の外れに移動した。そこには木の柵で囲まれたリングが点在している。街の腕自慢が喧嘩祭りをする時の会場らしい。


 俺達は1つのリングの中央で円を作る。


 「祭が無い時は使って良いって言ってくれてね。ここなら、多少大きな火を出しても文句は言われないわ」


 スカーレットは胸をそびやかして誇らしそうに言った。


 「あの、それで稽古って言うのは? 私は具体的に何をすれば?」


 「そうね。まずは火を出して見て」


 「はい。”華炎(ファイア)”」


 アミリアが短く唱えると、空中に火花が爆ぜる。かと思うと、その矢先に子供がすっぽり収まりそうな大きさの炎が俺の目の前に滞留した。


 「……次、私の言う形に炎を整形して見て」


 「はい!」


 「まずは、蛇! いいわよ。次は天秤。その調子! 次は壺。最後に炉!」


 スカーレットの指示で炎が様々な物に形を変えた。炎の動きはぎこちなく、形も若干歪だったが、分かった上で見れば判別出来るくらいには精巧だった。


 「うん、筋が良いわね。じゃあ次は私の言うリズムで炎を出したり引っ込めたりして見て。最初はゆっくりだけど、少しずつ早くしていくからね」


 「はい!」


 それから、アミリアはスカーレットの言う通りに魔法を使い続けた。


 師匠の声に、弟子の返事が幾度となく折り重なる。少女の額に汗が滲み始めた頃、街の中央から正午を知らせる鐘の音が聞こえてきた。


 「あら、もうこんな時間? 少し休憩にしましょうか」


 「腹減ったろ? 暇だったからメシ買って来たぞ」


 俺は紙袋からサンドイッチを取り出し2人に渡した。


 「わあ、美味しそう。所でイゴールさんとスカーレットさんってどう言う関係なんですか?」


 「え? わ、私達? そそそそ、それは、その」


 「同期だよ。ミリシアに登録した時に一緒だったんだ」


 「え、それだけ?」


 スカーレットは唇を尖らせた。


 俺はパンを齧り、無言で頷く。


 露骨に肩を落とす女の様子に少し胸が痛んだ。


 「でも、スカーレットさんとイゴールさん、凄く仲良さそうに見えますけど」


 「そりゃあ、結構一緒に任務をこなして来たからな。殆ど同じパーティみたいなもんだ」


 「ふん! 調子のいいこと言って。Sランクじゃ無いからってパーティに入れてくれない癖に」


 スカーレットはそっぽを向いた。相変わらず忙しない奴だ。


 確かに今まで仕事をこなす度にスカーレットは勇者パーティに入りたいと懇願して来たが俺達はそれを拒んでいた。


 「へえ、でも、どうしてそんなに勇者パーティに入りたいんですか? 危険なだけなのに」


 「……アンタも炎の加護を受け取ったなら何となく感じるでしょ? 他の加護持ちとの扱いの差を」


 「扱いの差?」


 アミリアは本当に分からないと言った様にポカンと口を開けた。


 「もしかして知らないの? 弑虐(しいぎゃく)の魔女、レッドアイの事」


 「はい。ごめんなさい」


 これには流石に俺も言葉を失った。


 レッドアイは確かにかなり昔の人物だが、親が子供に言い聞かせる時には定番の役者だ。「魔女が大事なオモチャを焼いてしまう」とか、「魔女に連れて行かれて薪の代わりにされる」と言った具合に。


 「レッドアイって言うのは私達と同じ炎の魔法使いでね。200年前、第29代目勇者パーティの一員として魔王討伐の旅に出ていたの。29代目の勇者パーティは格別に強くて歴史上唯一、魔王城に踏み込めた一行だった。けど討伐は失敗に終わり、ある日レッドアイだけが王都に戻って来た」


 俺は昔、隠者の里で受けた歴史の授業を思い出した。暖かな日光が降り注ぎ、少し瞼が重くなる。


 「でもね、その時既にレッドアイは人類を裏切り魔王の部下に堕ちていた。彼女は王都に住む王族の全てを焼き尽くし、その高貴な血を根絶やしにした。そして、宣言したの。自分こそは魔王麾下(きか)、四大魔将、レッドアイだ、と」


 スカーレットは徐々に声に熱を込めていく。それだけ思い入れの深い話なんだろう。


 「それ以来、炎の加護を持つミリシアは他の人達から冷たい目で見られる様になった。当然よね。史上最悪の弑虐者を出してしまったんだから。200年経ってかなり風当たりは軟化してきたけど、それでも微妙に扱いが違う。だから、私はこの炎の魔法で魔王を倒して汚名を雪ぎたいの。その為に勇者パーティに入りたかった」


 スカーレットは真正面から俺を見つめた。俺も女を見返す。


 「酷い話でしょ? 全部事情を知ってるのに私をパーティに入れてくれないんだから」


 「仕方ない。情に絆されて、足手纏いを加えても誰も得しないんだ。ま、当の俺もパーティを追い出されちまったけどな」


 「ねえ、やっぱりアンタ、納得してないんじゃ無いの? レオンやヘスとは幼馴染だったんだし。私は……」


 「この話はもう止めだ。スカーレット、稽古を続けてくれ」


 俺は強引に会話を切り上げる。スカーレットは一瞬言葉を詰まらせた。しかし、アミリアの手を支える様に持ち上げると、それを見下ろしながら口を開く。


 「分かった。でも、忘れないで。炎の加護を与えられた者は胸に抱く愛情を炎に変換するの。魔力の質だけじゃない。気持ちが人を強くする。私は、そう信じてる」


 それから、スカーレットによる稽古は日が暮れるまで続いた。アミリアは汗で全身びっしょりで、息も絶え絶えだ。


 「今日はもう疲れただろう。俺はアシュタロトについて協会に聞きに行く。お前は宿に戻ってろ」


 アミリアはふらつきながらも、言われた通りに去っていく。


 「それで、どうだった。アミリアは」


 「うん。まずはこれを見て。”華炎(ファイア)”」


 それはアミリアが1日使い続けた魔法だった。しかし、スカーレットの起こした火は人の頭程度の大きさに留まっている。


 「魔力純度はね? 魔法の威力や規模を決める要素なの。そして、私の魔力純度はSランク。それでも、”華炎(ファイア)”で出力できるのはこの大きさが限界。でも、あの子の炎の大きさは私の数倍はあった。つまり、あの子の魔力純度は私より上。多分だけど、計測器でも測りきれないほどに」


 「それ以外については?」


 「……彼女が実力を隠しているんだとすれば、魔力操作も一流の域に達してると思うわ。装っている者特有のぎこちなさがまるで無かった」


 スカーレットは魔法を解いて俺の肩に軽く触れた。


 「何にしても気を付けて。ただでさえアシュタロトは強敵なんだから」


 「分かってる。そうだ、レオン達と合流したら俺は元気でやってるって伝えといてくれ」


 「……分かった。それじゃあね」


 俺はスカーレットを見送って、人知れず剣の柄に指を這わせた。明日は、いよいよ、呪いを受けてから初めての本格的な戦闘だ。




 「アシュタロトはここに居るんですか?」


 ひんやりとした洞窟の入り口に、アミリアの声が反響した。


 「分からねえ。けど、少なくとも痕跡くらいは残ってる筈だ、よく目を凝らしておけよ」


 アミリアは呪文を唱え手の上に小さい火の玉を浮かべた。微かな明かりだが、足元と岩壁の凹凸はクッキリ見えた。


 30分程歩いただろうか。


 広い空間へと行き当たった。ふと、視界に映った何かが気になり俺は膝をついて散らばる何かを拾い上げる。それは、動物の骨や毛皮だった。


 「アシュタロトの食べ残しか……?」


 そう呟いた瞬間、背後から鋭い声が飛んだ。


 「イゴールさん! 危ない!」


 俺は考えるより先に地面を転がり、前方に逃れた。すると間一髪、背後で鋭い風切り音がした。


 「小娘の分際で私の隠密を見破るとは」


 暗がりから人影が姿を表す。青い肌、黒曜石の様に深い瞳、鋭い牙。間違いない。アシュタロトだ。


 「気を付けろ! 奴は光と風を操り、幻影を作ったり姿を消したりできる」


  遅まきながらアミリアに忠告を飛ばす。


  魔人はヒュンヒュンとサーベルを振り鳴らし、切先を俺に向けた。対して俺は腰から剣を抜き放つ。


 「久しぶりだな。アシュタロト」


 「よりによってお前が来たか。厄介な」


 アシュタロトは不機嫌そうに目を細めた。俺はニヤリと笑う。


 風と光を操る能力と、坩堝の加護は相性が良い。しかし、今の俺は加護を使えない。戦いが長引けば俺に勝ち目はない。呪いのことを悟られる前に決着をつける。


 「アミリア、頼む!」


 「はい。”残火(レッドヒート)”」


 アミリアが唱えると同時に、俺の足元の岩盤が赤熱した。


 アシュタロトに直接炎をぶつけても風で防がれちまう。なら、相手の風に炎を乗せればいい。


 俺はアシュタロトに詰め寄り剣を振り下ろす。魔人はそれを受け止め、流し、中段から斬り返した。服を裂き金属のぶつかる音が洞窟に響く。下に着込んだ鎖帷子が魔人の剣を防いでくれた。とはいえ、流石にAランクの魔物だ。細身の身体つきからは想像出来ない程の衝撃が俺の体を突き抜けた。


 「ぐっ……!」


 俺は更に剣速を上げてアシュタロトと斬り結ぶ、一方で魔人も風を纏い更に加速した。


 「ん? お前……?」


 攻防を続けながら、俺は少しずつ立ち位置をずらしていく。狙うは、アミリアが魔法を仕込んだ地点。


 「そこだ!」


 魔人が俺の不調に気付き、強引に剣を押し込んだ。その時、奴は赤熱した岩盤を踏んだ。魔人の纏う気流が火を煽り、瞬く間にアシュタロトは炎の渦に包まれた。


 「グッ、アァァッ」


 「ハァッ!」


 俺は炎の渦に突っ込んで、袈裟懸けに斬り下ろす。これで——終わりだ!


 「ク、ククク。やはり、そういう事か」


 だが手に帰って来たのは硬質な手応え。


 アシュタロトは俺の剣を間一髪で弾いた。そして、両手を地面に突き踵を蹴り上げる。鈍い衝撃が俺の顎を砕き、視界が白く弾けた。


 「くっ、テメェ!」


 「ハァ、ハァ。動くな!」


 アシュタロトは手際良くアミリアを人質に取り、サーベルの刃を少女の喉元に押し当てた。


 「動いたらこの娘の命は無い。安心しろ、逃げ切ったら解放してやる」


 何か策を考えないといけないが、良いのを喰らっちまった。意識が……。


 「ま、待て!」


 逃げ去るアシュタロトを、とにかく追おうとした。しかし、足がもつれて地面がガクリと近づく。……いや、俺の方が倒れたのか。


 「く、クソ……」


 遠ざかる足音を聞きながら、俺は意識を手放した。

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