魔王討伐
「“八咫烏”」「“アスクレピオスの杖”」
焼け焦げた地面から光の大樹が生え、炎がジークフリートを襲った。魔王は攻撃をヒラリと躱す。
「イゴールの、レッドアイ様の決死の攻撃、無駄になんてするもんか!」
スカーレットは瞳いっぱいに涙を浮かべ、いつの間に拾ったのか野道具を持って俺と肩を並べた。
「誰が何と言おうと貴方は41代目勇者。レオン・クシラス。私が保証します」
ヘスは俺達の背後で杖を振るう。体を光が纏い、軽くなった。
「今ここにあるのはレギン以下の勇者、ミーニャ以下の聖女、そして、レッドアイ未満の魔法使い、か。しかし、ここまで追い詰めてくれた褒美じゃ。儂の切り札、お見せしよう。……応じよ野道具、無爪エクスカリバー……!」
鈍く輝く銀色の球体が浮遊した。
不敵に微笑む魔王から、負っていた筈の傷が癒えた。銀色の球体は剣の形を取る。
「ふふふ、これはの? 自由自在に変形出来るだけではない。エクスカリバーは儂に無尽の魔力を供給し、それと同時に儂の魔力を再生力に還元する」
「そんな、それじゃあ幾ら攻撃しても……」
「動じるな。一撃で殺しきれば良いだけだ」
魔王は余裕を崩さないまま、俺に肉薄した。
剣を見切る事は何とか出来るが、勇者の力を失っても尚、ジークフリートはアルより一回りは速い。
「ふふ、儂を聖剣に頼りきりの雑魚とでも思ったか? 900年の知識と経験、思い知らせてくれる」
「“花蘇芳・反曲し”」
「ハッ!」
魔王は花蘇芳の型を読み切ったが、俺は剣を止め別の型へと接続した。しかし、魔王はそれすら読み切り俺の首筋を浅く斬った。
「馬鹿め。勇者御用達の技など、幾度と見たわ」
“花蘇芳”が通用しないなら“雨燕”も使えない。とすれば俺に残された技は1つ。
「次はこちらから行くぞ?」
魔王はそう言うとエクスカリバーを鞭のようにしならせて、俺の首に巻きつけた。
「クッ!」
気付くと鞭は三叉に分かれ、ヘスとスカーレットの首も絞めあげている。俺はエクスカリバーを外そうと外側から手を回すが、思う様に力が込められない。
「一思いに首の骨を折られるか、ジワジワと窒息させられるか、好きな方を選ぶが良い」
ジークフリートは美貌を嗜虐的な笑みに歪めて、興奮気味に声を上擦らせた。
「カハッ! ふぁ、“華炎”」
スカーレットがエクスカリバーを炎で覆った。
「無駄じゃ。野道具がこの程度で溶けるものか」
ジークフリートは鼻を鳴らす。
首周りが焼け、嫌な匂いが漂う。
「レオン!」
スカーレットが俺を呼ばわる。
「来い、トライデント!」
熱さに耐え、三叉の槍を呼んだ。
水を生み出しエクスカリバーを急冷する。蒸気が爆発的に立ち込める。首を戒める金属が急激な温度の変化で弛んだ。俺はすかさずその隙間に手を突っ込む。
内側から巻き付くエクスカリバーを押し広げ、何とか束縛から抜け出す。
「ハァッ!」
地面に着地すると同時にヘスの元へ駆けつけ、エクスカリバーに斬りかかる。すると、ジークフリートは2人の拘束も解いて野道具を剣の形に戻した。
「ふむ、見つからないと思えば流槍は貴様が持っておったのか」
俺は耳を貸さずに膝を沈み込ませて、前屈みになる。
「“久遠”」
そして、勢いよく地面を蹴る。突き出した流槍は易々と魔王の剣閃に叩き落とされた。
「ふ、アルの真似事か? この程度の速度で、その技の名を騙るとは烏滸がましい」
——完璧に見切られた!? 駄目だ、ここで立ち止まったら負ける!
俺は動揺を押し殺して、槍を振り回す。
「ハァッ」
俺は両手でトライデントを振り下ろしたが、ジークフリートは片手に持ったエクスカリバーで受け止めた。
「“照燕”」
スカーレットが炎の鳥をけしかけた。が、エクスカリバーが分裂し、籠になって鳥群を封じる。
魔王は槍を振り払い、俺を蹴散らすとスカーレットに迫った。続いてエクスカリバーを両手斧に変化させ大上段に振りかぶる。
「“烈障”」
スカーレットは炎の鳥を消し、炎の壁で一撃を防いだ。
「ふふ、どうやら複数の魔法を並行して扱えない様だの。それでは折角の野道具も持ち腐れよ」
「退がれ、スカーレット! ハァッ!」
俺は右手にトライデント、左手に剣を持ちジークフリートの背後から同時に振り下ろした。
魔王は半身だけ振り返り相変わらず片手で受ける。しかし、今度は両手に俺の全体重を乗せた。それが功を奏してか、奴の防御がほんの少し沈み込んだ。
「む、」
魔王は眉根を寄せ、クスリと笑うとエクスカリバーを両手に持ち直す。
「そうだ、本気で来い!」
「ぬかせ……」
ジークフリートはフワリと地面を蹴って、俺たちから距離を取った。すかさず後を追おうとする俺の目の前に、人影が立ち塞がる。
「な、その姿は、父上……!?」
「勇者が守ろうとした人類を守るだったか? ならば是非もない、当の勇者達を操り人共を滅ぼしてくれる」
「あ、あなたは一体どこまで……!」
ヘスが怒気を込めて吐き捨てた。
よく目を凝らしてみると、当然だが、父上本人では無い。深い鉛色に影が濃淡を付けている以外に色彩は無い。
エクスカリバーによって再現された、偽の勇者。
今や、父上だけじゃない。無数の勇者が俺たちを取り囲んでいた。
「くそ、背後は任せたぞ。スカーレット」
「そっちこそ、ヘマしないでよね」
エクスカリバーによって再現された勇者達は、基本的には人間的な挙動を取ったが、手に持つ剣や腕を伸ばし間合いを操った。
殺到する攻撃を何とか掻い潜り、勇者の1人に斬りつける。すると、表面が裂け内部から液体が迸った。
「な、何だ!?」
「知らぬのか? 龍の血は水の如き金属じゃ。”烈火”」
魔王は飛び散った勇者の体液を熱した。
すると、呼吸の度に体が重くなり視界がぼやける。
「ウッ、何? この感じ、毒?」
「ああ、恐らくな。もうこの辺りに立ち込めているんだ。呼吸は最小限に抑えろ」
スカーレットが口を手で覆った。
「無駄ですよ。”アスクレピオスの杖”は毒であろうと治癒します。2人は、死なせません!」
「確かに母上の力ならばそれも可能じゃろう。が、死なないというだけ、調子が狂えば本来の実力は発揮できまい」
ジークフリートの指摘通り、俺とスカーレットは動きの精彩を欠いていた。
水で濡れた服を着ているように体が重く、足は地面に貼り付いてしまったかの様だった。
さっきまで難なく躱せていた攻撃が、肩や脇腹を斬り裂く。
視界の端に映ったスカーレットもまた、猛攻を凌ぎ切れていない。傷はヘスのおかげで瞬時に回復するが、失った血が戻ってくる訳ではない。
このまま戦いが続けば、物量と毒に押し潰される。
「ねえ、レオン。アンタ、どれくらい息止めていられる?」
時間は魔王に有利する。それを理解しているからか、偽の勇者達は距離を取ると動きを止めた。
「止めるだけなら15分。戦闘も、となると5分ってとこだろうな」
「そう。なら、コイツらは私が蒸発させる。金属って言っても、水みたいな物なら出来るはずでしょ」
「驕ったな。其方程度の力量ではレッドアイの領域には至れない。例え、レーヴァテインを携えようとも」
魔王は銀眼を弓形に曲げてスカーレットを嘲笑した。
「分かってないわね。力量なんて関係ない。炎の魔法を高めるのは胸を熱く滾らせる、愛情なんだから!」
「ふふ、健気な娘だの。本当は気付いておるのじゃろう? イゴールが其方の恋心に気付かぬふりをしておった事」
「っ、」
「聞くな、スカーレット!」
俯いて表情を窺わせないスカーレットに素早く声を投げかけた。
「聞くな……? 聞くな、ですって? 本当にムカつくわね、アンタ!」
「いや、俺はキサマの事を心配して……」
「それがムカつくって言ってんのよ! 勇者パーティに入れて貰えなかったのは仕方ない。私が弱かったってだけの事だもの。でもね、私の想いまで侮られちゃ黙ってられないわ!」
魔王は鼻で笑う。
「察しが悪いの。其方の想いはイゴールには届かなかった。ハッキリ言われぬと理解も出来ぬか?」
「そんな事、アンタに言われるまでも無いわ。私はイゴールの隣に立てなかった。なのに出会ったばかりのレッドアイ様は簡単にその場所に立てた。どうして私じゃ駄目だったのか? それはまだ分からない。でも、1つだけ確かなことがある」
「それは……?」
ヘスがポツリと尋ねる。
「2人は求め合ってたんじゃないって事。ただ、お互いがお互いの事を考えて、あの関係は成り立ってた。だからこそ、聖剣を壊す事が出来た! なのに、私だけ恋が実らなかったからって、イゴールへの想いを捨てたり、する訳ないじゃない!!」
スカーレットが俯いたまま叫んだ。
——お願い。レッドアイ様。イゴールを奪って行ったあなたを恨んだりなんてしない。だから……1回こっきりで良いから……。私に格好つけさせて……!
か細い声が、鉄の臭気を運ぶ風に乗って俺の耳に届いた。その直後、スカーレットに応えるようにレーヴァテインが鈍く閃く。
「”炎魂”」
短い詠唱と共に、偽の勇者達の足元から次々に炎の柱が立ち上った。俺はそれと同時に息を詰める。ここから、5分。正念場だ。
「ば、馬鹿な……この熱、この炎は、父の……!」
初めて狼狽えた様子を見せるジークフリートに、集約したの炎の柱が襲いかかった。魔王は慌ててエクスカリバーで防御する。
「ッ!」
偽の勇者達は一瞬にして蒸発し、エクスカリバーと炎がせめぎ合う。
「ぐ、銀の創出が間に合わぬ、だと……!?」
エクスカリバーは爆発的に質量を増しているが、創出する内から炎が消し飛ばす。
野道具が生み出した魔法は滅ばないが、それそのものは例外か。
ついに、銀は完全に飲み込まれた。
が、いつの間にか地面を潜行していた銀の触手がレーヴァテインを包み込み、スカーレットの右腕ごと噛み砕く。
炎の残滓が、触手を包み込み、エクスカリバーもまた完全に消失した。
「スカちゃん……!」
「私なら大丈夫! レオン、私の事は気にせず、魔王をお願いッ!」
「任せろ!」
俺はその攻防を回り込み、ジークフリートの右側面から斬りかかった。魔王は辛うじて身を躱す。
「”創剣”」
魔王は魔法を唱え、地面から剣を生み出し構えた。
追っての一撃で俺は魔王と鍔迫り合う。
ついに、捕えたぞ。
内心で独りごち、ふと、空を一瞥した。
俺の“久遠”は不完全だ。エクスカリバーが無いとしても防がれる。
でも、足りない物を補えば——、
トライデントを使って氷の馬を生み出す。不恰好な馬だが、俺を上空に運んでくれれば問題ない。
「ハッ!」
俺は氷の馬上に飛び乗り、腹を強く蹴った。馬はギクシャクとした動きで宙を蹴り、螺旋状に昇っていく。
「”流疾駆”」
魔王は風の術を足場にして俺を追ってきた。
俺達は何度もすれ違い、刹那の内に斬り結ぶ。
空で行き過ぎる度に、急拵えの剣が俺の体を抉った。
ヘスの魔法の範囲外に出てしまったせいで、傷があちこちに積み重なる。
「空中に逃げれば一方的に攻撃できると思ったかの? 甘いわ!」
「……」
星空に剣戟の火花が無数に散る。
何度めかの接敵に、俺はトライデントを魔王に向かって振り下ろし、その反動で更に高く駆け上った。初速で差を付けたと思ったが、魔王は見る見るうちに彼我の間合いを食い潰す。
やはり、魔法戦じゃ勝ち目は無いか。
それでも。後、1歩。もう少し、少しでも高く昇るんだ!
俺は心の中で馬に拍車をかけ、半歩でも多く前に踏み出す。
魔王の鼻先が俺の背後に迫った。
「死ねッ!」
叫びながら魔王は剣を突き出す。
ここだ!
俺は馬の背から滑り下り、星空に身を踊らせる。
ジークフリートの攻撃は空を斬った。
「“天下瀑布”」
大量の水が発生し、ジークフリート目掛けて降り注いだ。
魔王は剣で受け止めるが、圧倒的な質量の前にあっさりと砕け散る。
俺は一瞬にして地面に吸い込まれていく美丈夫を見下ろしつつ、水の柱を凍りつかせた。
巨大な氷柱が魔王を地に縫い留める。
普通の“久遠”だと速度が足りない。でも、落下速度を足した“久遠”なら……?
俺は馬の腹を蹴り砕く。氷の破片が月光を受けて、乱反射させた。
重力がトライデントの穂先を強烈に引き寄せる。
「舐めるなぁッ!!」
魔王は氷柱を両手で握り、力を込めて割り砕いた。
「“天弩”」
スカーレットが炎の弩弓を放ち、続いてジークフリートの手足の動きを封じる。
魔王は風の術をスカーレットに飛ばすが、女は魔法を解かずにレーヴァテインで受け流した。
「クッ!」
早く、少しでも早く辿り着くんだ。
俺は身を縮めて抵抗を最小限に減らす。
風が前髪を後頭部へと撫でつけた。
落下する間、風の刃がスカーレットごと空間を舐めた。その斬撃はスカーレットの手からレーヴァテインを叩き落とす。
「キャッ!」
武器を失い、無防備なスカーレットの額を雷の矢が狙った。女は諦めた様に笑み、矢を待ちうけたが、横合いからヘスが攻撃に体当たりした。
「タァッ!」
「ヘス!?」
ぶつかったヘスの右肩が消し飛んだ。応じて、矢は狙いを外れ木立ちの闇を抜けていく。
「私だって、勇者パーティなんです!」
「こんの、愚物共がァァッ!!」
魔王が絶叫と共に雷の矢を大量に具現化し、今度は2人同時に狙った。
「“烈障”」
避けきれずスカーレットは魔法を使い、攻撃を防いだ。それと連動して魔王を戒めていた術が消える。
スカーレット、ヘス、よくやった。後は、俺が……。
魔王は居直り、落下する俺に向かって風の刃を薙ぎ払った。
まずい。風の斬撃は俺じゃあ防げない。
間延びした思考の中で迷っている間にも甲高い風切り音は大きくなっていく。
——ったく、お前はどんだけ世話焼かせんだ?
不意に俺の耳は、あり得ない男の声を雑音の中から掬い取った。一瞬、走馬灯かとも思ったが、気付くと俺は攻撃を躱していた。
いつの間に……? そんな風に思う暇も無く、声は続く。
——“竈馬”!
まるで、俺の左手が俺のものじゃない様に勝手に動き風の斬撃を斬り裂いた。この力は、坩堝の……。
「何だと!」
魔王は驚愕の声を上げた。
——さっさと決めろ。ヘボ勇者!
その声が俺の背中を叱咤した。
「おお、神よ……」
魔王は動揺し、呆然と呟いた。
俺は深く息を吸い込み、槍を持つ右手を背後に引き絞った。
そして——、
「“月下久遠”!!」
俺は咆哮と共にトライデントを突き出した。
三叉の槍が魔王の端正な相貌を食い破る。そして、遅れて追いかけて来た衝撃が魔王を通して地面を窪ませた。
「ハァッ、ハァッ」
モウモウと土埃が舞う。
「レオン!」
息を切らして上体を持ち上げると、煙を割ってヘスが俺に抱きついて来た。
傍には脳漿と血を飛び散らせた男の死体がある。
「私達、ついに、やったんですね……!」
「ああ、終わったんだ。これで、何もかも」
徐々に土煙が棚引いて、見通しが元に戻った。落下の衝撃で出来た窪地の淵からスカーレットが俺達を見下ろしている。
俺は次いで空を見上げた。
稜線から朝日が差し込み、聖人を象徴する星々を次々に呑み込んでいく。
最後にイオフィエルの星座だけが辛うじて残った。しかし俺が瞬きすると、まるで安心したという様にその星座は光の奥に姿を消した。
そうして、長い、余りにも長い夜が明けたのだった。




