肉薄
「“暴龍”」「“遠虎”」
火と雷。
龍と虎。
取っ組み合い、喰らい合うたびに、閃光が弾ける。
魔法の精度は互角と見える。だが、どちらかと言えば趨勢は火の龍に傾いている様だった。
雷を跳ね除けて龍が虎の喉笛に噛み付く。
「相手が雷を使うなら、炎は相性が良いのよ」
スカーレットは、激しい戦闘に見入りながらも俺達に説明してくれた。
「あれじゃあ、参戦しようにもついていけないな。様子を見るか」
俺達はモロの洞穴を目前に空を見上げて、ただ立ち尽くす。
空を埋め尽くす激しい光の明滅は、到底この世の現象とは思えなかった。
「ククク、お互いに野道具を持っているのだ、この手の削り合いは無意味だぞ」
「それは、どうかな?」
巨鳥が嗤い、少女が応じる。
その時、夜空に一筋の光が駆け抜けた。龍と虎の攻防をすり抜けて、その筋は巨鳥の右目に突き刺さった。
何か黒い液体が繁吹き、アトラスは甲高い悲鳴を上げて、ガクンと下降する。
「お、おのれぇーッ! 羽虫の分際で!」
「何が起こったんだ?」
「まさか、イゴールも戦っているんじゃ……!」
ヘスが心配げに俺を見つめた。しかし、俺は首を振り、今にも飛び出していきそうな銀髪の少女を止める。
「今は、アイツらを信じて、力を温存しておいた方が良い」
「“這這花火”」「“雷切”」
ヒビの様に伸びる火が、雷を纏った翼に斬り落とされるが、斬られたそばから分裂し全てが再びアトラスを狙った。
防御すればするほどに攻撃の密度は増し、巨鳥とアミリアはそれを凌ぎ合う。両者の実力は互角。であれば後はイゴールが押し込むしか、勝機は無い。
火の鳥は夜空を軽やかに翻り、再びアトラスに肉薄した。
当然、巨鳥は火の鳥への迎撃を惜しまない。しかし、一部はイゴールが跳ね除け、殆どをその神がかりな挙動で回避する。
「す、凄い。なんて、緻密な魔力操作なの……」
スカーレットは上空の攻防に見入る。
火の鳥が、あっという間に巨鳥の翼に達すると、すれ違い様に小さな影が乗り移った。
「クク、掛かったな。“帯雷”」
巨鳥の纏う稲妻の筋が太くなり、一際強く輝く。だが、イゴールは翼に聖剣を刺し、その柄にぶら下がって難を逃れた。更には体重を利用して深く斬り裂く。
「グァっ!」
ぶら下がるイゴールを火の鳥が拾い上げる。
痛みに喘ぐ巨鳥をここぞとばかりに炎が襲う。羽が燃え尽き、薄桃色の表皮が顕になった。
「な、舐めるなぁ!! “雲羅迅雷”」「“白夜”」
お互いに龍と虎を消し、幾つもの光線を束ねた放電と一際大きな火球をぶつけ合った。
夜空が白く染め上がる。
「く、何て熱だ。こんなに離れてるのに喉が焼けつきそうだ」
炎が雷を裂いて、巨鳥を包み込んだ。全身が焼け焦げた鳥は闇の中でゆっくりと墜落していった。衝撃波が足元を駆け抜ける。
そして——
戦闘を終えてイゴール達が、ゆっくりと俺達の目の前に舞い降りる。
「イゴール!」
スカーレットが声を上げた。
「おう、来てたか」
イゴールはいつもの調子で応じたが、アミリアと言う少女はバツ悪そうに背を向ける。
「あ、あの! 貴女はやっぱり、レッドアイ、様なんですか……?」
「……」
イゴールは気遣わしげにアミリアの肩に手を置いた。スカーレットは複雑な面持ちで2人を見比べる。
「私は、私は……」
「言いにくいのなら儂が言ってやろうかの? レッドアイ」
その時、朗々とした声音で少女の代弁をする者がそこにあった。
誰よりも早く反応出来たのは当の少女だった。
「ジークフリートッ!!」
アミリアの叫びが木霊する。
ジークフリート……! そうか、あれが魔王……。
その男は長身痩躯の美丈夫。少女は男に錫杖を振り抜くも、擦り傷すら与えられない。
「ハアッ! 俺が前に出る、お前は下がってろ!」
殴った拍子に返ってきた反動を利用してアミリアは後ろに飛び退る。そして、入れ替わり立ち替わりにイゴールが聖剣を振り回した。
袈裟、逆袈裟、薙ぎ、刺突とひたすらに攻撃を繰り出すも、まるで歯が立たない。
「イゴール、助太刀する!」
「来るな!」
「何故ですか!?」
「——スカーレット、ヘス、レオン。俺達を、信じろ!!」
振り向き様に放たれたイゴールの眼光に、俺達は計り知れない覚悟を見た。
ただ、黙って戦いを見守る。
「さあ、お眠り」
魔王は攻撃を受けながらも囁いた。銀の目が怪しく光る。しかし、アミリアが炎で光を弾き飛ばした。
「“白夜・極”」「“雷失”」
雷光が奔る。
巨鳥の物とは比べ物にならない光の帯をイゴールが聖剣で受け止めた。そしてアミリアが炎を放ち、イゴールの背中を支える。にも関わらず、雷の侵食は止められ無い。しかも、魔王は涼しい顔をしている。
「はあ、200年が経った今。儂に反旗を翻すものだからどれだけ強くなったのかと思えば……この程度か? レッドアイ」
「クッ! 私は、私が、不甲斐ない。魔物の中にさえジグムント殿やアル殿の様に誇りを持った使い手がいたと言うのに。私は卑劣な裏切り者に堕した」
その時、アミリアが放つ炎が一回り大きく燃え上がる。
「かつては私も勇者パーティとして戦っていたはずなのに、過ちを正す為にこんなにも時間を掛けてしまった」
「そうだ。仮に儂を倒す事が出来たとしても、今更お前に帰る場所はない。今、剣を引けば再び其方を迎え入れてやるぞ?」
「……もう、その手は食わない。確かに私は弱い、ちっぽけで、臆病で、逃げてばかりだった。でも、今の私にはイゴールがいる! そばにコイツが居るだけで……勇気が、力が、湧いてくるんだ!!」
炎が更に強まった。魔王の雷が僅かに押される。
「ふふふ、そうか。そこまで儂を怒らせたいのなら是非もない。“死ね”」
魔王の呪いの言葉と共に雷が勢いを増し、打って変わって炎を押し返した。
「イゴール! 負けるな!」
気付くと俺は叫んでいた。
「イゴール!」「レッドアイ様!」
ヘスとスカーレットも続く。
「後、少しだ……! 踏ん張れ、アミリア」
「クゥッ、アアァァァッ!!」
咆哮と共に炎は一瞬膨れ上がった。
だが、雷の奔流は軽々と炎を呑み込んだ。
閃光が俺達の視界を灼く。木立を両断する雷の轟音。その奥に甲高い金属音が鳴った。
「そ、そんな……イゴール……」「イゴール……レッドアイ様……」
ヘスとスカーレットが呆然と呟く。
辺りに闇が戻ると、2人が立っていた筈の場所には雷による無惨な爪痕だけが残っていた。
抉られて赤熱した地面が、果てなく続いている。
その時、月の光が滑るように揺れて、地面が僅かに煌めいた。そして、悟る。
イゴール達の真意。これまでの行動の意図。
「全く。一体何がしたかったのじゃ? でしゃばって来たかと思えば、この程度。聖剣まで壊し……聖剣を……?」
魔王の目が見開かれる。その時、既に俺は動いていた。
「もう、遅い……!」
魔王の懐に潜り込み、俺は細い顎を拳で打ち上げた。どんな攻撃にも傷一つつかなかった魔王が血を吐く。
「いつの、ッ!」
「ラァッ!」
俺は魔王に立ち直る隙を与えず、次々に拳を繰り出し滅多打ちにする。
確かな手応えが俺の手首に伝わった。
「このッ!」
「“花蘇芳”」
魔王が拳の間合いに慣れた頃に、俺はイゴールの剣を勢いよく抜き放つ。
魔王の抵抗を意に解さずに、俺は100の斬撃を細身の体に叩き込んだ。
そして、閃光の様に踏み込み——、
「“雨燕”」
101撃目が魔王の首を断つ。
「はぁ、はぁ」
俺は残心の姿勢で息を整えた。
「なるほど、そう言うカラクリか」
しかし、確かに首を斬られたはずの魔王は軽い調子で呟いた。
「確かに……斬った、のに」
「全て理解した。しかし、解せぬな。勇者などと持て囃され、体良く捨て駒にされていた男が何故、今尚、人の為に戦う?」
息を整え、動揺を律する。
絶対に勝つ。その想いを固く胸に据え、俺は淡々と切り返す。
「確かに勇者という称号には随分と踊らされた」
自分への不信と、イゴールへの罪悪感。
勇者という立場が俺にもたらしたのは、それだけだった。
今までずっとそう思っていた。でも、そうじゃなかった。答えはずっと目の前にあったんだ。パズズと初めて戦ったあの日、イゴールは勇者に失望したんじゃ無い。ただ気付いたんだ。
勇者には選ばれてなるのじゃない。自分が選んでなる者なんだと。
選択の1つ1つ、その連続だけが人を勇者たらしめる。
そして、イゴールは真実に辿り着き聖剣を壊してのけた。最後の最後まで俺より先を行く。
……やっぱり、いけすかない男だ。
「何がおかしい?」
魔王が苛立ちを隠さずに声を尖らせた。
「やっと、腑に落ちたんだ。俺たち勇者が受け継いできたのは聖剣でも、まして力でもない。例え敵わないと知っていても、魔王に立ち向かう為の勇気だ。だからこそ、俺は守る。幾百の勇者が守ろうとして来た、人間の未来を」
「何かと思えば、戯言かの」
「なら、これ以上言葉は要らない。理解出来ないままに死んでゆけ。それが貴様の、限界だ……!」
俺は魔王にただの剣を突きつけた。




