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夜明け


 「馬鹿な! 魔王相手に上手くいくわけがない」


 レッドアイは叫んだ。しかし、俺は引かない。


 「いいや、上手くいく。レッドアイ! お前さえ居れば」


 「何を根拠に、そんな事!」


 「根拠は、あれだ」


 俺は遠い地面に転がるノトスの残骸を視線で指し示した。


 「俺1人でもノトスを斬れたんだ。そこにお前が加わってくれりゃ、聖剣の1つや2つ壊せない訳がない!」


 「イゴール。分かっているのか? 魔王に聖剣を壊させるという事は例え一瞬でも魔王の——神の——力に拮抗するという事なんだぞ」


 「それでもだ! これまでも、これから先も、きっと1番可能性があるのは俺達しかいねえ」


 俺はレッドアイの肩を掴み、訴えかけた。すると、少女は諦めた様に、ふ、と笑った。


 「イゴール……。お前の、言った通りだ。私は魔王を倒す使命から逃げた。ガレス、ミーニャ、レギン。3人の命を背負った私が呆気なく殺されれば、29代目勇者パーティは歴史書の中に忘れ去られ、いつかは埃が積もる。私にはそんな未来、耐えられない。怖かった」


 「ああ」


 レッドアイはレーヴァテインを胸に抱きながら独白する。


 「魔王を倒すと誓った日、死ぬ覚悟は決めたが、負ける事なんてこれっぽっちも考えていなかったんだ。だから私は簡単に折れてしまった」


 「ああ」


 俺はただ相槌を返した。レオンにしてやれなかった分まで、優しく。


 「でも、今度は、今度こそは勝てるのか……?」


 「ああ、アイツは勝つよ。絶対に勝つ。だから、レッドアイ。お前も賭けてくれ。俺の見て来た、レオンの……アイツなりの……勇気に」


 「分かった。でも、私に損させたらお前の足にしがみついて、永遠に文句を囁きかけてやるからな」


 「分かってる。心配しなくても、腐るほど大勝ちさせてやるよ」


 俺がそう言うと、レッドアイは火の鳥をゆっくりと下降させた。




 地面に降り立つと、隠者が里の奥からズカズカと乗り出して来た。そして、喚く。


 「何をやっている!? イゴール、早くその裏切り者を殺せ!!」


 「……」


 俺が叔母さんの元へ向かおうと歩き出した矢先に、隠者がレッドアイを指差した。


 「どうして?」


 「はっ、言うに事欠いてどうしてだと? 歴史の授業で教えた筈だぞ、レッドアイは弑虐者だ。その穢らわしい命を一刻も早く刈り取るのだ!」


 「お辞めなさい!」


 隠者を叔母さんがピシャリと叱りつけた。


 「イゴール。真実が公になれば勇者と聖女の血筋は争いの種にしかなりません。貴方達の手で終わらせて下さい」


 俺は返事の代わりにスラリと剣を掲げる。そして、依然として口汚くレッドアイを罵る隠者に向かって振り下ろした。


 「い、イゴール、貴様何を!? 血迷ったか」


 永久に黙った隠者の代わりに別の分家の女が喋り始めた。声も口調も不気味な程、似通っている。


 「勇者と、それに類する者は魔なる者を打ち払い、人心を助けよ。アンタらが俺に教えてくれた言葉だ」


 「そうだ! だから、魔王とそれに与するレッドアイを……」


 「そいつはおかしいな。レッドアイも、魔王ですら勇者に類する者の筈だ。なのに、二人とも魔なる者。なのか?」


 俺は返り血で汚れた顔を傾げた。


 「その通りだ! 心に魔が巣くった者は何人であろうと魔物の類だ」


 「そうか、そいつは良かった。なら、俺はまず目の前の魔物を退治するよ」


 「……!」


 女が札の奥で息を呑む気配がした。


 「ようやく気が付いたのか? 悪いが、俺はさっきからアンタらの事を人間と思っちゃいない。勇者を騙し、魔王に殺させる。そんなアンタらが質の悪い魔物にしか見えない」


 「イゴール、何もお前が手を下す事は……」


 レッドアイが俺の肩に手を置く。

 だが、これは俺もやらなきゃいけない。

 だって俺とレッドアイは同じ仲間だから。


 「レッドアイ、手伝ってくれ。コイツら無駄に数が多い。皆殺しにするには手が足りねえ」


 「分かった。それと、私の事はアミリアで良い。もうそっちの名前に慣れてしまった」


 それから、俺達は逃げ惑う分家の連中を1人1人殺して行った。里を出ようとした者も居たが、アミリアがそれを見逃す筈も無い。漏れなく焼かれ、炭と化す。


 何人目かを手に掛けた時、いつの間にか姿を消していた叔母さんが俺達の前に現れた。叔母さんの白い肌に、血の赤がマダラ模様を作っている。


 「今しがた、最後にヘスの母。お姉様に会う事が出来ました」


 俺が不思議そうな顔をしていたのか、叔母さんは単調に続きを語った。


 「私が真実を知った直後、隠者はお姉様を捕え、人質にしました。貴方達を見送る時、私は姉と貴方達、どちらを優先すべきか選べなかった。一時的に魔王討伐の旅で外へ出られた私と違い、お姉様は里の中しか知らない。それが不憫だったのです」


 「叔母さん……」


 「しかし、私がグリズリーと里を抜ける事を決心する少し前、隠者の警戒が緩み、姉と面会する機会を得ました。その時、姉は私に謝ったのです。自分だけが里で平穏に暮らし、過酷な旅を、妹に、そして娘に強いた事を」


 どちらの方が不幸なのかは、俺には分からない。だが、頷く。それで叔母さんを少しでも慰める事が出来れば良い、と思った。


 「最初から分かりきった事だったのです。破滅へ向かう旅に子供を送り出すくらいなら、自分が死んだ方がマシだと」


 「叔母さん……」


 「イゴール。お願いがあります。お姉様と私の最後の言葉を預かってはくれませんか?」


 叔母さんは俺の質問に答えずに右手に持っていたナイフを捨てた。


 「何も叔母さんまで死ぬ事は……」


 「お黙り! かつて、聖女として魔王討伐の旅に出たその時から、平和に殉じる覚悟は出来ています。どうか、貴方の手で、私を殺して下さい」


 俺は隠者の体から剣を引き抜き、叔母さんに近づいた。


 「レイブン様。俺は貴方を死んでも、尊敬します」


 俺は叔母さんから遺言を預かると、剣を腰に構える。そして、一閃。


 静かに最期の瞬間を待つ、ほっそりとした首は、余りにも簡単に俺の剣を受け入れた。

 ゴトリ、と叔母さんの頭が落ちる。


 「イゴール、大丈夫か?」


 アミリアが不意に尋ねた。俺は答えず、ただ魔王城の方角を見る。丁度朝日が稜線から里を覗き始め、燻る木炭の様に瞬いた。


 「行こう……これ以上、魔王の好きにはさせない。反撃だ!!」


面白いと思ってもらえたら、感想など欲しいです。

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