勇者はいない
ベルメルとの戦いから一晩が過ぎた。
ふと気がついて、身を起こすと既に幾つかの人影が忙しく行き交っていた。
魔物の攻撃でエジンバラの城下町は無惨な有様だったが、怪我人は1人もいない。
一体、何が……。
「起きた様だな」
渋い声に振り向くと、そこにはフィンが立っていた。
「あの、昨晩、ベルメルの野郎が逃げてから何があったんすか?」
フィンは力無く首を振った。
俺は煮え切らない物を感じつつ、男の態度に違和感を覚えた。
「そっすか。でも、賊は倒してエジンバラ城は取り返せたんでしょ? なんか皆んな暗くないっすか?」
「……ついて来い」
フィンはクイっと頭を振った。大人しく従い城門を潜り抜けると、立ち尽くすアミリアやグリズリー達の背中があった。
不思議に思いながら、皆んなの視線を追う。
「ッ!! アンダーヒルが無え!?」
数多くの店が並び栄えていた筈の街には、今や見る影もなく、深い闇を落とす深穴だけが残されていた。
「……一体、何が起きたんだ?」
「こんな芸当が出来るのは1人しかいない」
グリズリーは悲痛な表情で溢した。
だとすれば、ベルメルも魔王が倒したんだろうか?
「しかし、何故だ……? 魔王がこれほどまでの力を有しているのなら、何故人類は未だに滅んでいない……?」
フィンが厭世的な眼差しをアンダーヒルの跡地からわざとらしく逸らし、誰へともなく独りごつ。
それに返答出来る人間は、本来存在しない。
「お前はどう思う、アミリア」
出し抜けに尋ねた。
「……」
「おい、アミリア。聞こえないのか?」
「……弄んでいるんです。だから、滅ぼしはしない。泳がせて、時季を見計らい挫いて、また泳がせる」
その場にいる全員が訝しげな視線をアミリアに注いだ。少女は慌てて俺の顔を見返した。
「な、なんて。私なんかに魔王の考えが分かる訳無いじゃないですか」
俺は目を細めてアミリアを睨みつけた。けれど、少女は何事もなかった様な無垢な表情でコチラを見上げている。
もしも魔王がここに来て街を破壊したとすれば、俺達を見逃す筈がない。
ブカの森で見せた俺とレオンの喧嘩が演技だった事もバレている。俺達が何の為に二手に別れたかを知る為に、或いは、茶番として楽しむ為に、監視付きで泳がしているってとこか?
「イゴール。お前さん、これからどうする? 特に用事が無いんなら俺達と王都へ行かないか?」
「王都か……」
レイブン叔母さんの足取りを追う為に隠者の里へは向かうつもりだったが、王都はその道中にある。少し寄っていっても問題ないだろう。
「分かった。行くよ。……アミリア、お前はどうする?」
聞きつつも、俺は少女がどう答えるか分かり切っていると考えていた。
「……私は」
が、アミリアは俺の考えに反して言葉を濁した。そんな必要は無い筈なのに妙な罪悪感に駆られ、俺は少女から目を背ける。
「なあ、この嬢ちゃん中々の手練れだろう? 俺様としちゃ、是が非にも付いて来て欲しい所だがね」
「黙ってろ。こっちにはこっちの事情があんだよ」
グリズリーは溜息を吐き、両腕を開いて天を仰いだ。まだ何か言いたそうにしていたが、俺が再度睨むと大人しく口を閉じる。
俺がアミリアに視線を戻すと、少女は消え去った街を眺めていた。
微風に晒されて、少女のまつ毛が揺れる。……街に知り合いでもいたんだろうか。
「私は……行きます。例え、何て言われようと付いていきます。旅が終わるまで」
アミリアはキッパリと言い放つ。俺は少女の迫力に気圧されないように、口元を引き締めなければならなかった。
「なら、好きにすればいい。でも、後悔するような事には、なるなよ」
俺は目を閉じ、フィンやカラディーンに軽く挨拶して丘を下る。間も無く背後から4人の足音が続いた。
「言われなくとも、分かってます」
俺は否定するでも肯定するでも無く、街道を進んだ。
王都までは徒歩で3日ほど掛かった。
魔王城からは遠く離れた領域だからか魔物に襲われる事もなかった。丘陵地帯を挟んだ先に、王都の外壁が目に入る。
閃緑岩を磨き込んだ純白の巨壁で、半端な侵攻では攻略は不可能だ。
巨壁には格子状の鉄扉が取り付けられており、街道はそこへ吸い込まれる様に伸びている。入場門にはサーコートを着た門兵が立ち、すれ違おうとする俺達に声を掛けた。
「止まれ。身分を示せる何かがあれば、提示してもらおう」
俺達は懐からミリシアのライセンスを取り出した。
「ミリシアか。名前と加護は?」
順に答える俺達に門兵は記録を取っていたが、グリズリーの番になると眉を顰めた。
「グリズリー、戦の加護、か」
「どうかしたのか?」
門兵は何かを言い掛けて口を閉じた。
「ここへ来た目的は?」
「民兵協会の本部に用があってな。それさえ済めば長居はしない」
「民兵協会……分かった。もう行ってもいいぞ」
門兵は記録用の紙に目を落としたまま街の中を指差した。不自然な間に一抹の不安を覚えつつも、俺達はいよいよ王都の中へ足を踏み入れた。
王都は東西南北に出入り口があり、それを差し渡す様に、十字にメインストリートが重なっている。
俺達が入ったのは南出口。南側のメインストリートでは行商が多彩な屋台を出して、一種のマーケットを形成していた。
様々な格好をした市民達が取り引きに精を出している。
「わあ、凄いですね」
アミリアは物珍しそうに視線を右往左往し、何度か迷子になりかけた。
「王都は初めてか?」
「……ええ、お上りさんなんです、私」
一瞬、言い淀んだアミリアに、俺は敢えて気付かないふりをした。
グリズリーに先導されるままメインストリートを進んで行くと、かなり目立つ所に民兵協会の本部はあった。
本部と言うだけあり建物は、豪奢な造りで、彫刻群に囲まれている。
「所でグリズリー、ここまで来て何だが、ここへは何しに来たんだ?」
「ん? まあ、まずはエジンバラの件の報告だな。それから、コイツらの……」
そう言ってグリズリーがカマラとクラストを指差した時、入り口で酒焼けして潰れた声が叫んだ。
「グリズリー・ベルモンド。貴様を元聖女様誘拐の容疑で捕縛する!」
そこには門兵と同じ様な格好をした警邏が10数人も殺到している。
「クソが。一体何処から漏れやがった? イゴール、お前さんを男と見込んで頼みがある。この2人の面倒を俺様の代わりに見てくれ」
「はあ? おい、そんな事よりどう言う事だ? お前がレイブン叔母さんを攫ったってのか?」
「悪いが。ここじゃ話せねえな。大丈夫、いずれ分かるだろうから」
グリズリーは含みを持たせてニヤリと笑うと、特に抵抗もせず手首に枷を付けられた。
巨体の男は警邏の人垣に囲まれて去って行く。
「何が何やら分りゃしねえ。カマラ、クラスト、お前らは何か知ってるか?」
「……」
「ウチらも何も知りません。その、今日は一先ず宿を探しませんか?」
クラストは気弱にカマラを一瞥し、その意を受けた少女が提案を投げ掛けた。
俺はベルメルの件を報告すると、カマラの言う通り宿を取った。王都の宿と言うだけあって部屋はかなり綺麗に整えられている。少なくともアンダーヒルの宿とは比べる事すら烏滸がましい程だ。
部屋は2つしか空いていなかったので、俺はクラストとアミリアはカマラと同室になった。
「はあ、何だったんだグリズリーの奴……ん? どうしたんだクラスト、そんなところに突っ立って。俺に構わず休んでいいぞ」
部屋に入るなり俺はベッドに寝そべり、ぼやいた。すると視界の隅にクラストが映った。少年は立ったまま俺をじっと見つめている
「……やっと、2人きりになれましたね」
「は?」
俺は予想外の言葉に思わず上半身を起こした。クラストは感情を窺わせない真顔でゆっくりと俺に迫る。
「い、いきなりどうしたんだよ? 言っとくけど、俺にそう言う趣味はねえぞ」
「趣味? そんな事より重要な話です。ようやく告白出来る」
唐突な一言に、俺は思わずベッドから跳ね起きた。
ど、どう言う事だ? それだけ本気って事なのか? そもそも何で俺なんだ? 出会ってから大して経ってもないのに……。
「ま、まあ落ち着けって。そう言う事はじっくりとだな」
「何を言ってるのですイゴール。事は急を要するのです。でなければ、レオンとシェヘラザードが……」
「いきなり呼び捨て!? って、レオン? 何でその名前をお前が?」
クラストは俺の目前まで来ると背を向けて、ベッドに腰掛けた。
「まずは、私の正体を明かしましょう。私は40代目聖女レイブン・クシラスです。久方ぶりですね、イゴール」
「……ハハハ、いきなり何言ってんだよ。叔母さんがこんな所に居るわけ……叔母さんは攫われたんだ」
「そう、グリズリーに頼み、隠者の里から連れ出してもらったのです。そして、仮の姿を手に入れ、今までクラスト・デボンとして追っ手の目を逃れていた」
俺は突発的な頭痛に襲われて眉間を揉みほぐした。何てこった、到底信じられないが筋は通っていやがる。
「それじゃあ、証明してみてくれよ。叔母さんしか知らない様な事を言ってみてくれ」
「……貴方が幼少の頃、よくレオンを山に連れ出して夜帰りする事を私が咎めると、貴方は報復に私の手鏡に落書きしましたね。鬼ババア、と」
「レイブン叔母さん。ご無沙汰してます」
俺はベッドの上で瞬時に姿勢を正し、頭を下げて挨拶した。
「はあ、こんな事で信用を勝ち取れるとは、何だか情けない気持ちになって来ますね」
「ハハハ、怪我の巧妙って奴っすね」
俺が笑うと叔母さんはギロリと睨んできた。姿形はまるで違うのに、何処か懐かしい気がする。やはり、本当にコイツの中身は叔母さんなのか。
「ちなみにカマラはそれを知ってるんすか?」
「知ってるも何も、カマラは私の分霊です。どうしても私の魔力は膨大ですからね。それをカムフラージュする為に用意したのです」
「分霊? 叔母さんついに人間辞めたんすか?」
俺が軽口を叩くと、いよいよ耐えかねたのか、叔母さんは俺の太ももをつねった。
「ふふふ、貴方の減らず口は健在の様ですね。安心しましたよ」
「いっ! 痛いっすよ叔母さん」
「その呼び方もお辞めなさい! 私は貴方の叔母じゃない! どうせ呼ぶならお姉さんとお呼び」
叔母さんの言う通り俺と叔母さんに血縁関係は無い。隠者の里は閉鎖した環境だから、もしかしたら遠い親戚ではあるかもしれないが、少なくとも叔母では無い。
しかし、実際にレイブン叔母さんの姪であるヘスがそう呼ぶので、俺にも移ってしまったのだ。
「そ、それでレイブンお姉さん? 分霊って言うのは、はたまたどう言う妖術……じゃなくて、カラクリで?」
「妖術ではなく秘術ですよ。ドルイドに古くから伝わる技術を私なりに応用して、魂を分割したのです」
やっぱり妖術じゃねえか! そんなツッコミは勿論、心の中に押し込めて俺は作り笑顔で頷いた。
「しかし、何でまたそこまでして隠者の里を抜け出さないと行けなかったんです? そもそも、あの声明は本気なんすか? レオンが勇者じゃ無い、なんて」
「順に説明しなければなりませんね。まず第一に隠者の里を抜けたのは、先の声明を公表する為です。里に不都合な声明は揉み消される可能性があったので。第二にあの声明についてですが、あれは歴とした真実です。レオンは勇者ではあり得ない」
「そいつはひょっとして、アイツが俺をパーティから追い出した事を気にして?」
固い声で尋ねた。すると叔母さんは目を瞑り首を横に振る。俺は何故か言いようの無い安心感で胸が一杯になった。
「例の噂を聞いた時、何か考えがある事は直ぐに分かりました。恐らくは私を探しに来るであろう事も。故に合流する為グリズリーにアンダーヒルでの依頼を受けて貰ったのですよ」
俺は話題に困り、口を噤んだ。叔母さんも話すべき事はあるが、切り出し方に戸惑う様に視線を彷徨わせる。
「所でずっと気になっていたのですが、あのアミリアという少女とはどう言う関係なのですか?」
「関係と言うか、偶々行き合ってここまで一緒に来たってだけなんすけど。恐らくは魔王の手先っすね。俺達の作戦、バレてるっぽいんす」
「はあ!? 駄目じゃないですか」
「ただ、なんて言うか殺気を感じないって言うか。寧ろ、親しみすら感じるんすよ。アンダーヒルじゃあ情報収集を頼んだら律儀にやってくれたし」
俺はこれまでの旅で感じたアミリアの人物像をありのまま伝えた。勿論、それが全て演技である可能性も考慮しているが、その上での俺の所感だ。叔母さんは言わずともそれを理解したのか、顎に手を添えて深く考え込んだ。
「昨晩、ベルメルの攻撃を受けた際、強烈な眠気に襲われた事は覚えていますか?」
「え? ええ。あ! もしかして、」
「そうです。あの回復魔法は私が発した物です。そのせいでベルメルには逃げられてしまいましたが。で、話を戻しますが、あの晩あの城下町から立ち去った者が居ました」
俺は頷き、先を引き取る。
「俺も気を失う直前に、誰かの足音を聞いたんっす。やっぱりあれは、アミリアの……」
部屋に重い沈黙が落ちる。
「俺、アイツが仲間になってくれるんじゃねえかって思うんす。アイツは揺れてる。人と魔物の境界線で。そして、揺れてるって事自体がアイツの中に眠った人間味の現れなんじゃないかって。何より……」
「何より、あの子を仲間にしない限り魔王には絶対に勝てない?」
叔母さんは俺の言葉尻をさらい、代弁した。
これまで数々の勇者が魔王に挑み、敗れて来た。レオンは現代のミリシアの中じゃトップクラスの強さだろう。でも、言い伝えに聞く勇者と比べれば中の中と言った印象だ。このままだと死にに行くようなもんだ。
だからこそ、そう言う状況を打開するべく、俺はここまで来た。
「分かりました。では、あの子と一緒に隠者の里を訪れて下さい。後1つ、話さなければいけない事があるのです」
「ここで話すのは駄目なんすか?」
「ええ、ここには初代聖女様の結界の効力が殆ど及んでいないのです。恐らく今までの話も魔王には筒抜けでしょう。でも隠者の里であればそう簡単には覗けません。明日になったら私は身分を明かします。それからグリズリーを釈放して貰って里に戻る。そこで改めて話をしましょう」
叔母さんは話を終えるとベッドから立ち上がり服を着替え始めた。
「叔母さん!?」
「うるさいですね。構わないでしょう? 今は男の体なのですから」
「い、いや、それはそうなんすけど。何か、そこはかとなく気まずいっす」
俺は慌てて後ろを向き、精一杯の抗議をした。
叔母さんやレオンと同じ家で住んでいた事はあるが、寝室は当然別だった。
ツレの母親と同じ部屋に2人きりで泊まるとか……なんか、変な汗が……。
「気にし過ぎですよ。それに一晩だけの辛抱です。今からどっちかだけ外で寝るわけにもいかないでしょう?」
言いながら叔母さんはどんどん寝る準備を進めて行く。
「さ、そろそろ寝ますよ。何なら同衾でもしますか?」
「それ、マジでやめて下さい」
俺は青ざめながらも肩まで布団を被って無理矢理に目を瞑った。
浅い眠りから目覚めると、まだまだ街には闇が落ちていた。喉の渇きを感じて、俺は階下におりる。中庭の井戸から水を汲み上げ、一服つくと1階のラウンジに人影が見えた。
「ふぅ、」
ソファに深く背を預けて、アミリアが酒瓶をグイッと呷る。
「おいおい、そう言うのはまだ早いんじゃねえのか?」
俺が茶化すとアミリアは、のっそりとした動きで俺を振り返った。顔は紅潮し、黒い瞳はトロンと据わっている。
うげ、大分酔ってんな。
「イゴール、さん、れすか?」
酒瓶を取り上げると中身は殆ど空だった。俺は空き瓶をコーヒーテーブルに置いて、アミリアの足元に跪いた。
「なあ、アミリア。お前は……俺の敵、なのか?」
「……はぁい。そうれすよお」
「……ッ」
分かっていた事だが、いざ突きつけられると不思議と胸が締め付けられた。
「……私から、お酒を取り上げる人は、敵れす!!」
アミリアはそうぼやきながら俺をポカポカと殴った。
「……は?」
呆気に取られる俺を他所に、アミリアの体から力が抜けた。どうやら、潰れてしまったらしい。
「あり、がとう。私、イゴールさん、のお陰で……楽しい……」
アミリアはそんな寝言を呟く。
俺は今までアミリアが魔王の手先で、腕利きの魔法使いである事を前提に旅をして来た。
けど、その時、初めて目の前の少女が何でもない、ただのアミリアなら良かったのに、と思った。
「そう言うわけにも、いかねっか」
俺は後頭部をガシガシと搔いた。
「ま、一緒に旅した縁だ。その内お前を引き摺り出してやるよ。その闇の中から」
俺はアミリアを部屋に運ぼうと、その華奢な体を抱き上げる。少女の頭がコテンと傾き、その拍子に黒い瞳から一筋の水滴が伝い落ちた。
今は、まだ、何もかんも気付かないふりだ。
そう自分に言い聞かせながらも、俺の胸中では確かに現状を打開出来ると言う期待感が膨らんでいた。
翌朝。俺は起きてすぐに部屋を見回す。しかし、既にクラスト……叔母さんの姿は無かった。
俺がアミリアの部屋を訪ねると、やはり、カマラも姿を消している様だった。
「すみません。気付かなくて」
「しょうがねえだろ。お前は昨夜、泥酔してたんだし」
「え!? 最後の方記憶が無いと思ったら……」
アミリアはそんな事を口走り、分かりやすくアチャーと言う顔をした。
「それより、今から隠者の里へ向かう……お前も一緒に来てくれるか?」
俺が初めて自分からアミリアを誘ったせいか、少女は怪訝気に眉を顰めたが、ぎこちなく頷いた。
隠者の里までは半日も掛からなかった。日が暮れないうちに俺達は門を潜る。一見、何の変哲もない門だが、認められた者でなければ視認できない符呪が掛けられている。
「わ、いきなり景色が……」
「ようこそアミリア、ここが隠者の里だ。……さて、叔母さんが来るまで墓参りでもしてるかな」
「あ、私も行きます」
王都でグリズリーを釈放する様に手配してから来るとなると、叔母さんが里へ戻るのは最短でも今夜だろう。
俺は久しぶりの里をぶらつき、墓地に向かう。行き交う住人達は皆んな、札で顔を隠し、俺達を気にするでもなく、静まり返っていた。
旅に出る前と変わらねえな。
「所で、誰のお墓なんです?」
「俺の両親だよ。この前話したろ?」
「そう、ですか」
俺は両親の墓の前で手を合わせると、そこらで摘んだ花を一輪落とす。
「さてと、折角だからヘスとレオンの父さんの墓にも参るか。先輩だしな」
俺はアミリアに向かって肩を竦め、目当ての墓の前に向かった。2人の父さんも叔母さんと同じ40代目勇者パーティだったらしい。
同じ様に手を合わせて残りの花を置いた。
「もう、ここに来る事も無いかもしれねえな」
「……」
俺がポツリと漏らすと、アミリアの視線を横から感じた。
それから、アミリアを叔母さんの家に招き、その時を待った。日が沈み、月が昇り始めた時、里の入り口が俄かに騒がしくなる。
家を出てみると叔母さんが隠者の人だかりに囲まれていた。
「叔母さん」
人だかりの奥には、少年ではなく妙齢の女がいた。ヘスとそっくりの銀髪銀眼。触れれば折れてしまいそうなほど華奢な体型だ。長年俺達に雷を落としてくれた賜物か、眉間には気難しげな皺が寄っている。
「イゴール。お帰りなさい」
「いや、逆だろ。さて、早速話とやらを」
「待て。レイブン様は今まで攫われておったのだ。今宵はもうお休み頂く……まして今や勇者にすら見放された下郎が気安く話しかけるな」
俺と叔母さんの間に隠者が立ち塞がった。隠者は札で顔を隠しているが、高い声音を努めて低くして、俺を牽制する。
相変わらず陰険な連中だ。
「イゴールは私の息子も同然ですよ。口を慎みなさい。それと、今宵は自分の家で休みます。放っておいて下さい」
「……」
叔母さんが口を挟むと隠者は押し黙り道を譲った。
「レイブン様。くれぐれも余計な事は話されぬ様、お気をつけください。我々とて本家の方を散らす事など、したくは無いのです」
隠者は含みを持たせて叔母さんを脅した。俺が驚いて振り返ると隠者は取り巻きと共に里の奥に消えていった。
「あいつら正気かよ。叔母さんに向かってあんな口……」
俺は叔母さんの家に入って開口一番そう言った。
「イゴール。まず最初に断っておきましょう。この里には、はなから正気などと言うものは存在しません。この里は狂気そのものです」
「……叔母さんの話とやらと関係があるんすか?」
叔母さんはただ黙って頷くと、息を深く吸った。
「全ての始まりはレオンを連れて帰郷し、聖女の座を辞して、ある書物を読んだ時のこと」
「書物っすか?」
「ええ、“魔王国勃興記”と言って初代聖女、つまりは母親自らがジークフリートの全てを書き記した書物です」
「母親……」
魔王が誕生したのは、もう900年前の出来事だ。そんな時代の書物が残っているものなのか。
「そして、私が貴方達に伝えたかった事を単刀直入に申します。その書物にはこう書かれていました。——人と龍とは子を成せない、と」
「……!」
俺の背後でアミリアが息を呑む気配がした。当然だ。魔王は、絶大龍と初代聖女の子、それが世界一般の常識だった。
「つまり、ジークフリートの父親は絶大龍では無かったという事。となれば次の問題は、」
「ジークフリートの本当の父親は誰なのか、っすよね?」
「ええ。もし絶大龍以外の魔物が父親だとすればジークフリートがあれ程の力を持つのは不自然でしょう。一方で聖女が子供を身籠った頃、たった1人だけ絶大龍と同等の力を有した者がその側にいた」
「しょ、初代、勇者」
アミリアが呆然と呟く。普段血色のいい顔が酷く青ざめて、唇がぶるぶると震えていた。
叔母さんは無言で首肯すると先を続ける。
「その書物によれば、ジークフリートは手厚い葬式を催す程、龍を慕っていた。にも関わらず龍を殺したのは、恐らく何らかの強制力によって聖剣がそうさせたのでしょう。神は何としても絶大龍を殺したかった筈ですから」
俺は思わずアミリアの震える肩に手を置いた。だが、少女は触れられている事に気付きもしないほど動揺していた。
「そして、この仮説が正しければ、それ即ち、魔王ジークフリートこそが聖剣の、正当なる継承者……2代目の、勇者なのです」




