帳尻
「ま、俺は大阪と戦争も上等だがな。そん時は真っ先に山根、てめえのタマを取りに行ってやるよ」
「あ? チンピラが、わしのタマ獲るやと? ほざけや、こら!」
「うるせえよ、ばーか。てめえは一人で吠えてろや! ハジメ、行くぞ。俺たちには、もう関係ねえ話だ。巻き込まれる前に帰るぞ!」
「は、はい……」
ハジメの返事を聞くことなく斉藤は踵を返す。狂走会の連中が立ち塞がろうとすると、斉藤の怒声が飛んだ。
「おら、どけ! 俺は帰るんだよ!」
斉藤たちが去ったあと、一瞬だけ不自然な静寂が訪れた。やはり斉藤は単に粗暴なだけの男ではないらしい。損得を考えながら、あえて粗暴に振る舞っている部分もあるようだった。
やがて片山が大きく息を吐いてから、山根に視線を向けた。
「直樹さんを連れて帰る条件は何だ?」
片山の言葉に山根は口元に薄い笑いを浮かべた。
「リストはもう手元にある。金も、あの姉ちゃんからきっちり回収する。残んのは……迷惑料やな。ええか? お前の腐った小指なんぞは受け取る気、さらさらあらへんぞ?」
「あ? あまり調子に乗るなよ、山根?」
……迷惑料。
結局は金ということかと直樹は思う。しかし、竹名組が満足できるような金額が、自分に用意できるとも思えない。
「竹名組に迷惑かけたんが一つ。大阪からわしがわざわざ出てきたんが一つ。ほんでや……狂走会の人間が一人、病院で死んどる。分かるやろ? 」
病院で死んだ……。
そいつは間違いなく自分が暴力を振るった相手だろうと直樹は思った。でも不思議なことに、死んだと聞かされても何の感慨も直樹の中で浮かんでこなかった。
もはや暴力に麻痺しているのかもしれない。そんな思いが直樹の脳裏を掠めた。
「あ? 調子づくんじゃねえぞ、山根? チンピラがひとり死んだからどうした? ましてや狂走会なんぞ、てめえの組じゃねえだろう」
「うるせえんじゃ、片山。あいつらがウチの組のシノギに関わっとるん、知らん奴なんかおらんっちゅうねん。他にも行方くらましたアホもおるけどな。けど、それがお前らのせいやっちゅう証拠は、どこにもあらへん。ま、今はどうでもええことや」
「だったらどうなんだ? てめえが言う落とし前は?」
片山がそう言うと、山根は少しだけ考える素振りを見せた。
「まあ、せっかく大阪からわざわざ出張ってきたんや。ちょっとはオモロいもん見せてもらおか?」
そう言って、山根は直樹と若菜に視線を向けた。
「お前ら、立てや。向こうの壁沿いに並べ」
何をしようとしているのか分からなかったが、直樹も若菜にしてもその言葉に従うしかなかった。鼻血はすでに止まっていた。鼻の骨はどうやら折れてはいないようだった。
「壁を背にして、横に並べや。そっから互いに顔、向けろや」
言われた通りに直樹は壁を右手に。若菜は壁を左手にして互いに向き合った。
何をされようとしているのか分からない。そのせいもあるのだろう。若菜は無表情だったが、血の気が引いた顔をしている。唇もわずかに震えている。
いずれにしてもこれから始まることが、ろくなことじゃないことは想像がついた。
「てめえ、何を企んでやがる?」
片山が苛立った声を上げる。
「黙っとれ、片山! こいつは落とし前つけるっちゅう話や。それすらできん言うんやったら戦争やぞ、うちと」
「あ? てめえ……どういうつもりだ?」
片山の言葉には取りあわず、山根は直樹と若菜に向かって口を開いた。
「二人とも、三歩、後ろへ下がれや」
何をしようとしているのか分からないが、言う通りにするしかない。若菜も同じ思いなのだろう。直樹と同じく素直に三歩、後ろに下がる。
二人の距離は五メートルほどだろうか。そこで山根がゆっくりと近づいてきた。
「一人、死んどんねん。せやから、どっちか一人は死んでもらわな、数の帳尻が合わんやろ」




