前向きな話
「あ? 分かってんだろう? 直樹さんを引き取りに来たんだよ」
姿を見せた片山が答えた。その声はわずかに掠れている。普段の冷徹さとは違い、喉の奥から絞り出すかのような声だった
「あん? 寝言は他で言えや。喧嘩売っとんのか? 何でお前みたいなもんが出しゃばっただけで、この兄ちゃん、連れて帰れる思っとんねん」
「あまり人のシマで吠えるなよ、山根? そもそも直樹さんは、この一件に関係ねえだろう」
「ほんまに寝言を言うとんのか? この姉ちゃんと一緒におるんやぞ。関係あらへん、そんなん通るかいな」
「リストは取り返したんだろう? 女も捕まえた。盗られた金は、女から搾り取ればいい。となりゃ、直樹さんはもう関係ねえだろう」
若菜のことはともかく、片山としては、自分だけは助けようということらしかった。直樹は思わず腰を浮かした。
「片山さん、待って下さい。それじゃあ……」
そんな直樹の言葉を片山が強い口調で制した。
「直樹さん、あんたは黙っていて下さい。この状況だ。あんただって助かるか分からない」
片山が言うことはもっともだった。
それを聞いて黙り込む直樹に代わるようにして、若菜が口を開いた。
「使えないヤクザね。もう白旗を上げるわけ?」
若菜は鼻で笑っている。直樹としては若菜が強がるにしても、ここじゃないだろうと思う。ここで片山を敵に回しても、得るものなんて一つもない。
「女、黙ってろよ? 誰のせいで直樹さんがこうなった?」
「は? 直樹さん、直樹さんって、相変わらずうるさいわね。その直樹さんが勝手にしたことでしょう? 私が頼んだわけじゃない」
「……女、いい加減にしろよ。ここでぶち殺すぞ」
片山が怒りを噛み殺すようにしながら言う。
「はん! やれるものなら、やってみなさいよ!」
若菜はもはや自暴自棄に近いようにみえた。計算も何もあったものではない。これでは、ただ感情に任せて物を言っているだけだ。
「好き勝手に話、進めとんちゃうわ、こらっ!」
割って入ったのは山根だった。続けて山根は片山に視線を向ける。
「片山、あとからしれっと出てきて、仕切っとるんちゃうぞ、ワレ!」
「あ? 仕切っちゃいねえだろうが? 馬鹿野郎!」
「直樹さんか何か知らんけど、助かる前提で話すんやないっちゅうねん、若狭組のどチンピラが!」
「誰が、どチンピラだ、こらっ!」
いつもは冷静に思える片山が、ここまで感情を剥き出すのは珍しい。斉藤と同様で、のちに組同士での戦争とならないように、あえての怒号なのかもしれなかった。
「あ? てめえしかおらんやろ! 一人で、のこのこ乗り込んで来よって。てめえが顔出したら、竹名組相手でも丸く収まる思うとんか。そんなん、犬に食わせる値打ちもあらへんわ!」
「あ? 何だ? 収まんなかったらどうすんだ?」
「アホちゃうんけ! 戦争に決まっとるやんけ! お前の組が竹名組と戦えるんか? 一存で決められる思てんのかい、ボケ!」
「だったら、どうすんだよ、舎弟頭さんよ!」
片山が吠える。
売り言葉と買い言葉に近いようだった。片山と山根の間で再び始まった建設的ではない怒号の応酬。それに割って入ったのは、意外にも斉藤だった。
「うるせえぞ、手前ら! 戦争戦争って簡単に言ってんじゃねえぞ! てめえらにそんな権限があんのか、あん?」
「黙っとれや、チンピラ! お前の出る幕ちゃうねん、アホンダラ!」
山根が斉藤の言葉に噛みつく。
「吠えるな、どチンピラ! 片山はこの男を連れて帰りたいだけだろうが。この男に手を出せば、片山が怒り狂って、本当に戦争になるぞ!」
「あ? 上等やっちゅうねん、こらっ! こっちはガキの使いやあらへんのや!」
「だから、落ち着けって、舎弟頭さんよ。少し前向きな話をしようじゃねえか」
そんな斉藤の言葉に今度は片山が噛みついた。
「あ? 斉藤! 関係ねえ手前が仕切ってんじゃねえぞ」
「だから、若頭さんも落ち着けって。手前をここに案内したのは誰なんだよ? 若狭組が大阪と戦争なんてことになれば、うちの組だって巻き込まれんだよ。大阪が出張ってくるんだ。関東の組、そいつを全部巻き込むんだぞ?」
斉藤はそこで言葉を切ると、場を再びかき回すような薄い笑いを口元に浮かべた。




