面子の張り合い
「てめえ、どこの大物のつもりだ! てめえごときチンピラは、俺ら二人で十分なんだよ、こらっ!」
山根に向けた言葉なのだろうが、斉藤の額は山根の前に立つボディーガードの額とほぼくっついている。
「おい、チンピラ。わしが誰か分かっとんのか、こらっ!」
そんな斉藤をボディガード盾にして、山根が低い声で恫喝する。
「あん? 大阪の田舎から来た舎弟頭さんだろうがよ!」
「舐めとんのか! 竹名組に戦争ふっかける気か? ワレ、黄龍会のクソガキやろ?」
「あ? てめえこそ、うちと戦争するつもりか? 東京と戦争するつもりか?」
怒号を放つ斉藤の目は完全に血走っている。
「黙っとれチンピラ! てめえみたいな下っ端が決めることちゃうやろ、カスが!」
「うるせえぞ! 竹名組の舎弟頭が、東京に出張ってきたってことは、そういうことだろうがよ! あ?」
「何や、東京と戦争やて? お前んとこみたいなショボい組が、東京背負ったみたいなこと言うとんちゃうぞ、シバいたろか? チンケな組ひとつで、竹名組とコト、起こす気か! あ?」
「上等だ、腐れ外道が! やってやろうじゃねえか!」
斉藤は血走った目で、山根に向かって最後にそう吠える。
斉藤の額は、いまだにボディガードの額と密着している。だが、ただそれだけで、それ以上は互いに決定的となるような手を出そうとはしない。
手を出せば、そこから組同士、もっと言えば七代目竹名組と東京との喧嘩になる可能性がある。それが互いに分かっているからこそ、子供のような怒号の応酬が起きたのだ。
結局、それはただの面子の張り合いにしか見えなかった。
もっとも面子を守るだけとは言っても、全国に根を張る七代目竹名組の舎弟頭を前にしているのだ。その前でこれだけの虚勢を張って啖呵を切る斉藤は、やはり片山が言ったように、頭がイカれているということなのだろう。
「ちっ……噂どおりやな。ほんまに頭、おかしいんちゃうか。お前、関東黄龍会の斉藤やろ? なあ?」
「あ? うるせえぞ、馬鹿野郎」
斉藤は再び歯を剥き出す。その背後にいるハジメは、すでに怯えたような表情で完全に血の気が失せた青い顔をしている。その様子が斉藤とは対照的だった。
「新宿にしたんは、まぁ偶然や。別に渋谷でも恵比寿でもよかってんけど、六本木が近いっちゅうのは微妙でな」
「あん? どういう意味だ?」
「お前も知っとるんやろ? そこの兄ちゃんが六本木と縁が深いんは。それ分かった上で連れて来たんやろが、あ?」
そう言いながら山根が斉藤の背後を伺う。山根にそう言われて、斉藤は少しだけ口元を緩めたようだった。もうその目には、先程までの剣呑なものが浮かんでいない。
さらに山根は言葉を続ける。
「べつに黄龍会のシマをどうこう言うつもりはあらへん。攫ったんはええけど、連れてく場所が他になかっただけや」
「ふん、そうかよ」
返事をした斉藤はすでに興味を失っているようだった。
「で、お前は何でそいつ連れてきたんや?」
山根が再び斉藤の背後に視線を送る。
「あ? お前には関係ねえよ。借りを返しただけだ。馬鹿野郎」
「借り言うんか。イカれてるのに律儀なんやな。ほな、もうええ加減に顔出せや。隠れとる意味あらへんやろ?」
山根の言葉とともに、無言で姿を見せたのは片山だった。
経緯は分からないが、とにかく片山が助けにきてくれた。
完全に安堵できる状況ではない。だが、唯一の光明といってよかった。
これで絶体絶命だった場が動かせるかもしれない。直樹の中でそんな期待が湧き上がってくる。
「なんやコラ……ここに顔出すってことは、若狭組の片山やろ。エラそうに出てきよって」
山根が低い声で言う。先ほどの質問もそうだったが、山根はかなりの部分で自分の背景をすでに知っているようだった。
となれば、片山が姿を見せることも、ある程度は想定していたのかもしれない。山根は尚も言葉を続ける。
「若狭組の若頭さんが、わざわざ何の用や?」




