聞き取り
……ボクサー崩れか。
直樹は腹の中で呟く。山根の左右にいる二人はその立ち位置からしても、おそらく山根のボディーガード。
そのうちの一人は、元ボクサーといったところらしかった。となれば残る一人も、それなりの格闘技経験者と考えていいのだろう。
鼻からぽたぽたと鮮血が滴れる感覚がある。直樹は無言で自分を殴った男を睨みつける。
「あ? なんやその目つき。次は鼻、折るで?」
「アホ、止めんかい。話はこれからやろが」
山根がそう言うと、直樹を殴った男は山根に向けて一礼をする。だが、直樹に向けられたその目にはまだ怒りの色が浮かんでいた。直樹が山根に対して再び不遜な態度を取れば、また殴られるのは明らかなようだった。
「すまんな、兄ちゃん。ウチの連中、気の短いもんが多いもんでな」
山根はそう言ったあと、本題に入ってきた。
「ただな、兄ちゃんたちが、逃げ回ったせいやで。やらなきゃならないことが増えたんは?」
そこで言葉を切って、山根は直樹を見つめた。冷たい目だった。山根が饒舌に思える分、余計にそう見えるのかもしれないと直樹は思う。
「はい……」
無抵抗だというのに、そう度々殴られてはたまらない。直樹は頷いた。
「ええ返事やな、兄ちゃん。ほな、次は……そっちの姉ちゃんやな?」
「分かったわよ」
その瞬間だった。山根の右手が動き、若菜の頬が派手になる。平手打ちだった。思わず腰を浮かした直樹の鼻に再び衝撃がある。殴られた勢いで、浮かせた腰が再びソファにめり込む。
殴られた瞬間、脳裏で再び火花が散った。ソファに腰をかけていても、頭がくらくらしているのが分かる。
殴られた鼻が、痛むというよりも熱い。垂れてくる鼻血の量が尋常ではなかった。
鼻が折れたかもしれないと直樹は思う。横目で若菜を見ると、若菜も唇の端を切っていた。血が流れているのが見える。
「二人とも、ええか、口のきき方には、よう気いつけとけよ。ワシらがしてんのは、話し合いやのうて聞き取りや。おどれらからな、事実を引きずり出すための話や」
下手な脅し文句だと思わないわけでもなかったが、山根の言う通りなのだろう。山根たちの側が圧倒的に有利で、直樹たちには山根の言う通りになる他にない。現状は下手なことをすれば、単純に暴力を振るわれるだけだ。
現状を打開する術もないのに、ここで逆らうことには何の得もない。頷く直樹たちに向けて山根が再び口を開く。
「まずはデータやな。ほな早速、出してもらおか?」
その言葉に若菜の表情が一瞬だけ固まった。しかし次の瞬間には、何かを諦めたような顔で、大きな息の固まりを吐き出してUSBを差し出した。山根はそれを無言で受け取る。
思えば、今では自分たちで金に変える算段もないUSBだ。それがあったために命懸けの騒動に巻き込まれて、それを辛うじて今まで乗り越えてきたのだ。
それらのことを思うと、これまでの苦労は何だったのだと馬鹿らしくもなり、直樹の口の中に苦い味が広がる。
「一応、聞いとくけどな、そのデータ、まさかコピーなんか取っとらんやろな?」
「していないわよ。そんな時間なんてなかったし、PCだってないわけだから」
その言葉に山根は鼻で笑う。
「パソコンなんぞなくても、どうとでもなるやろ。まぁ、ええわ。とりあえずはその言葉、信じたる。せやけどな、もし情報が流れとるんが分かったら……姉ちゃん、無事では済まんで?」
山根はそこで言葉を切った。
「……必ず捕まえたる。死ぬより、よっぽどキツい目、見せたるさかいな」
「ちょっと待ってよ! その流出が私のせいだなんて、分からないじゃない!」
若菜のもっともな言葉だった。
「ワシにしたら、そんなもんはどうでもええ。漏れたんは漏れた。それだけや。誰かが責任を取る。それがスジや」
「なっ……」
言葉を発しようとした若菜の頬が再び叩かれた。
「喋りすぎやで、姉ちゃん。おどれらはな、訊かれたことだけ答えときゃええんや」
若菜は叩かれた頬を片手で押さえて、黙って頷いた。




