舎弟頭
直樹と若菜が連れて行かれたのは、西新宿の一角にある古びたビルだった。もちろん行き先など告げられるはずもなかったが、車内からの景色と降り立った街の景色で、そう察しがついた。
新宿といえば、そこを拠点にしている関東黄龍会の斉藤が思い出される。もしかすると、この拉致には斉藤が絡んでいるのだろうか。
そう考えながら足を止めた直樹を背後にいる男が小突いた。
「早よ歩かんかい。そこの階段、上がって二階や」
直樹は一瞬だけ背後を振り返った。自分の背中を小突いた男を気にしたわけではない。それを利用して、若菜の状況を知りたかったのだ。
若菜は最後尾から二番目の位置にいた。その顔は無表情で、左右を落ち着きなく見渡すでもなく一点を見据えている。怯えの色はどこにも見られない。まるで何かをじっと見定めているかのようだった。
腹が座っていると直樹は思う。
そうなのだ。落ち着いてさえいれば、機を見て反撃。そして逃げ出せる可能性だって生まれてくる。
そう上手くことが運ぶものなのか。そのように思わなくもないが、今の状況ではそれを信じる他になかった。
「早よしろや」
ぐずぐずしているように見えたのだろうか。背後の男が、少しだけ苛立ったような声を上げた。
直樹は素直に頷いて足を進める。先頭の男は若い。まだ二十歳そこそこに見えた。七代目竹名組ではなくて、蒲田・川崎狂走会の人間なのかもしれない。
先頭を無言で歩く若い男に続いて、直樹はビルに足を踏み入れた。薄暗くて黴くさいビルだった。廃ビルに近いようだ。他に人の気配は感じられない。
埃が舞う階段を登って、直樹たちは二階のフロアに入る。フロア内は換気もされていない埃っぽい空気で満たされていて、ほぼ中央に薄暗い蛍光灯で照らされた薄汚れたソファがある。
薄暗い蛍光灯は時折ちらつき、自分が置かれている状況の不穏さを物語っているかのようだった。
二階には他に三人の若い男たちがいた。三人のうち、二人は顔に大きな絆創膏を貼っている。
やはり若い男たちは狂走会の連中と考えてよさそうだった。顔に見覚えはないが、怪我をしている者は、六本木で自分たちを襲ってきた連中なのだろうと直樹は思う。
となると、純粋な七代目竹名組の人間は三人だけということになる。
「そこや。座れ……話、聞かせてもらうで」
連れ去られるとき、直樹に銃を向けた男がそう言った。どうやら、すぐに暴力を振るわれたり、拘束されるような恐れはないように感じられた。
直樹と同じように、若菜も小突かれながら黒色のソファに座らせられる。その正面に銃を突きつけた先ほどの男が座った。
男の両脇に二人の男が立つ。二人の男はともに三十代前半、直樹たちの正面に座る男は四十歳を超えているように見えた。
この三人が七代目竹名組の人間と考えていいのだろう。だが、たった三人だけで、大阪から東京に若菜を追って来たのだろうか。
正面の男は直樹と若菜に視線を向けた後、背後にいる狂走会と思われる連中に向けて言葉を発した。
「おい、お前ら。ここで聞いた話はな、耳に入った瞬間に忘れとけ。誰かに喋ったら、殺す。ええな? この話が外に漏れたら、言うたヤツも聞いたヤツも、全員まとめて消す」
理不尽な話だと直樹は思ったが、もちろんそんなことは口にできない。
顔を引きつらせて、それぞれに返事をする狂走会と思われる連中の返事を聞いたあと、男は改めて直樹と若菜に視線を送る。
「ワシは竹名組の山根っちゅうモンや。七代目竹名組で、舎弟頭やらしてもろとる」
山根と名乗った男はそこで言葉を切って、直樹と若菜に向けて順番に視線を送った。その目はわずかに細められている。
竹名組の舎弟頭。また随分と上の人間が出てきたものだと直樹は思う。舎弟頭となれば実質、組織のNo.3となる。
大物が出張ってきたと思う一方で、あのリストには、それだけの価値があるということだと直樹は改めて思い直す。
「長い追いかけっこやったな。せやけど、それも終いや。お前らの逃げ道は、もうあらへん」
直樹も若菜も言葉を返さない。山根は口角をわずかに持ち上げる。
「さてと……ひとつひとつ、片づけていこか。どんな風に片づくかでな、お前も姉ちゃんも、無事で済むかどうかが決まるっちゅうワケや」
「おい、返事せえや!」
山根の右に立っていた男の怒声とほぼ同時だった。鼻梁が折れたかと思うほどの痛みが走る。視界がぐらつき、脳裏で火花が散っている。
直樹が大きくのけ反ったのを見て、声を呑み込んだようなかすかな悲鳴が若菜から上がった。しかし直樹を見据えて、すぐに口を結ぶ。
見事なジャブだった。直樹には、ほとんど見えていなかった。




