夢と現実と
どこにでもあるような物語。
これを使って、ちょっとアレンジしたらきっと誰もわからない。
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「よく寝れた?」
そう言われて、掛け時計に目を向ける。
って、4時!!
「ゆすってもなかなか起きなくて」
「すっ……すみません」
いくらバイトでも、初日からこれは無いわ。
解雇を言い渡されても、仕方が無い。
「パソコンの前に立った途端、寝てしまうなんて、夏休みに入って気が抜けてしまったんだね。今日はもう帰って良いから。明日がんばって」
「本当にすみませんでした!」
寛大な雇い主に感謝しながら、ロッカールームに向かった。
ゆすられても、3時間起きないなんて何やってるんだ私。
オフィスにいる間使用を禁止されていた携帯の電源を入れながら夢の内容を思い出す。
白い小さな花に埋め尽くされた広い草原と森、羊、ヨーロッパ風の田舎の風景、小さな女の子、白亜の城と床の血だまり。
「どんな物騒な夢を見たのよ」
-そういえば携帯でぱちぱち色んなものを撮っていたな-
夢の中なのに、何やってんだと苦笑しながら、何気なくデータフォルダを開けた。
あれ、今日写真なんて撮ったかな。
開けてみると、金髪の少女がシロツメクサを真剣に摘んでいるところだった。
「えーっと」
少女に見覚えはある。ただし夢の中で。
撮影日時を確認すると今日の『午後3:43』となっていた。
他にも数枚、半分ぐらいぶれているが、確かにあの世界の写真だった。
動画のフォルダーも確認すると、彼らが並んで何語かわからない言葉でしゃべっている。
「確か、長女さんが……」
『これで大丈夫かしら』って言って髪を整え、レイス先生が『子供を前にしたほうが良くないか』と言って、マルスが子供組を前に出して。
そして、私が『アレスさん、ちょっと離れすぎですってば』って。その言葉さえ、日本語ではない。
で、録画状態のまま、私が列に加わる。
その他は、トリスさんの村で撮った写真や動画が何個か。
それを理解した瞬間、どきりとした。
携帯の電源を切って、オフィスに戻る。
「どうしたんだ。何か忘れ物でも?」
「あの、えー。もしかして、このゲームのボスに『トリス』や『マルス』ってのいます?」
「いるけれど?」
ゲーム会社の男性が不思議そうに答える。
確か、ゲーム作成の時に、男性も選択できた。たぶん、そちらの敵は……
「魔女の候補は『エリエール』や『姫』、『ロザリー』?」
「ゲームちっともしていないのによくわかったね」
「死霊王子が救われるエンディングはあるんですか?」
あの夢だがなんだかで、死霊王子は自分の腕を傷つけてまで言った。
『死霊王子の濡れ衣を晴らせなかったら、彼は首を刎ねられる』
「世界に呪いをばら撒いている死霊王子を見つけて、世界に平和をもたらすゲームなんだから、そんなのはないよ」
「この『白の指輪伝説』はこのゲーム会社で考えたオリジナルの作品なんですよね?」
PCの画面に映っている『白の指輪伝説』のロゴに視線を向けながら問う。
質問に答えてくれるゲーム会社の人の顔が不思議そうな顔から剣呑な顔になる。
「あの、これは本当に“あなたの世界”ですか?」
つい口を突いて出てしまった言葉に、彼の口の端が引きつった。
「言っている意味がわからないけれど」
私だってわからなかった。
◆
結局、そのバイトは一日で辞めてしまった。
非常に馬鹿なことをした。
でも、ゲームとは言え、あんな夢を見た後で、トリスさんを……あの世界の人を何度も殺すなんて、どうしてもできなかった。
会社の最寄り駅のベンチで携帯を開ける。
トリスさん、ロザリーさん、マルス、ローリエちゃん……彼らが写っている携帯の画面を何度もなぞる。
あそこが異世界として、行って帰って……私は何をした?
本当に死霊王子を倒すのが目的なら、200年前の事件の時に行ってお姫様と青年を助けるとか。(あんな話を聞いた後では助けたくないけど)
それとも死霊王子助けるなら、死霊王子を人間に戻す手伝いをするとか。
どこかの異世界召喚小説のように彼らに特別な知識を伝えることもしていない。
もう終わった物語を死霊王子やその関係者に聞いただけだ。
あちらの世界は“私”を必要としてなかった。
きっとあの『死霊王子』の処刑騒ぎも私がいなくとも無事に解決していたに違いない。
おかしなところはまだある。
今回のメインの『死霊王子処刑』『王位継承問題』の後もえらく長くあそこに留め置かれたのはなぜだろう。
もう少し、長く見てみたいと思ったのは確かだけれど……
「全部、夢……」
そう思いはするが、思考はまだ続く。
トリスを人間に戻したのに、戻した後なぜ引きずり出して殺さなければならなかったのだろう?
人間に戻った時点で、ハッピーエンドのはずなのに。
-本当に“あなたの世界”ですか?-
あの時感じた不快感に近い違和感。
トリスが元に戻ることを願った想いとあのゲームの結末はあまりにもかけ離れていた。
電車が来て、思考が途切れた。
◆
帰りの電車。まだ通勤ラッシュには差し掛かっていないので、さほど混んでいない。
私は、隣の親子連れと一人分の隙間を空けて座る。
「トリス先生幸せになったの?」
本を読んでいた5歳くらいの女の子が顔を上げ、隣に座っている父親に問う。
「こら、ミク。電車の中で騒がない。本はまた駅に着いたら読んであげるから」
父親は周囲を気にしながら、低く小さな声で注意する。
子供は普通にしゃべっているつもりでも声が甲高いからな。
数人がこちらを見る。半分は小さな女の子をほほえましく見ているが、半分は眉を寄せている。
別に大声で泣き喚いたりしている訳じゃないんだから、多少はいいと思うんだけれどな。
じゃなくて、今『トリス』って言った?
女の子が持っている本の題名を確認しようとするが、角度的にちょっと見えにくい。
すねた女の子はぷうっと頬を膨らますと、靴を脱いで外の景色を見始めた。
父親は脱ぎ散らかされた靴をやれやれという感じで揃える。
ああ、お父さんと子供の間に本が置かれてこっちから見えない。
私が挙動不審なのが気になったのか、父親が「何か?」とわずかに警戒の色をにじませた声で聞いてくる。
「あの、お子さん何歳ですか?」
「五歳です。ミクご挨拶は?」
「はじめまして、さえき みくです」
ちょっとつっかえ気味だが、元気いっぱいに答えてくれた。
「ミク、声はできるだけ落として」
「みくちゃんは何読んでいたの?」
「『お姫様とスケルトン』!」
車両の隅々まで聞こえる声に乗客が一斉に振り向く。
お父さんが『しー』と人差し指を立て、ついで周りに頭を下げる。
『お姫様とスケルトン』ってまさかのまさかじゃないよね?
「お姉ちゃんも読んでいい?」
「いいよ」
父親のほうも「二つ先の駅で降りるから、それまでの間ならかまわないよ」と言ってくれた。
それはあの世界で聞いたトリスさんの過去によく似ていた。
ただ、この本は子供たちに囲まれた姫をゾンビが木々の陰から見つめるところで終わる。
丁寧にお礼を言って親子と別れた。
◆
家に帰って『お姫様とスケルトン』について調べた。
作者は『月山 白草』。既刊は『お姫様とスケルトン』一冊のみで他の著作はなし。昨年発刊。 個人ホームページは見当たらず。私は迷わず、その本を取り寄せた。
◆
二日後、届いた絵本を何度も読み返した。『姫』『青年』『隣の国の王子』。たった三人だけの物語。
その絵本の中には同じ時代に生きていたはずの『エリエール』の姿は無いし、『シャムロック・ラハード』の名も書かれてはいない。
ほとんど使ったことの無い広辞苑に視線を向ける。
不思議な夢を見たあの日、ポケットにはなぜか白の指輪が入っていた。
色あせさせるのがもったいなくて、押し花にするため広辞苑の下敷き中だ。
ほんの少し迷って私は作者に手紙を書くことにした。
思い当たる節がないならゴミ箱にぽいかもしれないが、思い当たる節があるなら……




