#23.昭和100年の世界
日本では令和7年に【昭和100年】と言う呼称が使われた。
しかし考えてみればおかしな話で、それを言うなら天命何年だの
大化何年だのと言えるはずである。たまたま長くて近いと言うだけで
昭和は擦られ続けている。正直うんざりする所もあるくらいだ。
ある時コンカフェにボロボロにやつれた老人がやって来た。
彼は自らを【昭和100年マン】と呼んだ。何と彼の年齢は123歳だと言う。
「あの…正直物凄く疲れていらっしゃるような…。
と言うより、今時点で最高齢の男性は112歳くらいのような…」
その時、幽霊のハナちゃんが何かに気付いたようだ。
「あの、失礼ながら…もしかすると裕仁様で御座いますか?
私は35年前に亡くなり、当時18歳だった為うろ覚えですが
どうにも面影があるように思うのですが…」
何と、ハナちゃんはこの男性が昭和天皇だと言うのだ。
何だって!?
「・・・最も、その通りで御座います。
私の崩御後既に36年が経とうとしている2025年になり、
いまだに人々は昭和から脱し切れていない。
私は、昭和に縋る人々がいる限りその象徴として、
この朽ちた身体を引きずって生き続けなければなりません。
本当に、耐え難きを耐えるしか無い状態なのです。」
何と言う事だ…。
政治・経済・外交。様々な要因が絡み合っているとは言え、
人々はいまだに昭和を引きずり、脱する事が出来ていない。
そうした集合意識がまだ昭和天皇の御霊を安らかにせず、
こうして国の人々の為に存在させ続けられていると言うのか。
「ヒド過ぎる…。どうして皆、昭和を終わらせないんだ。
陛下がこのようなお姿になっても尚国を憂いておられる事、
きっと皆知らないんだろうね…。」
ここはあくまで異世界カフェだ。
もちろんの事、実体として死後も生きている、ワケでは無い。
しかし少なくとも昭和が終わった時代として捉えられておらず、
まだ人々がそこに縋って何かを忘れられずにいる事も事実だ。
「おいたわしいです…。
本当に、人々の意識が未来へ向かわない事、悔しく思います…。」
ボクは人々を代弁して陛下に謝った。
しかし陛下はそれを受けて尚、謙虚な姿勢でいらっしゃった。
「さて、それではそろそろ私はこれで。
霊の神社に戻り、現生の人々の幸福を祈願致します。」
ボクは胸がキュッとなった。過去ももちろん大切だ。
だけど大事なのはその過去を受けた今を大切に生きて、
過去を活かして行く事にあるのでは無いか。
いくら今が辛いからと言って、過去に縋っていては
過去に生きた人達の魂がこうやって安寧が損なわれるだけだ。
九尾の狐のエリ様が寂しそうに言った。
「彼だけでは無い。多くの英霊達の魂や先達達の意識は
休まる事を知らずに人々の平穏を願い祈り続けている者もいる。
そうした危ういバランスの上に立っているのが現代人じゃが、
それを知る者は本当に少ないのぅ。」
・・・やるせなかった。皆、一生懸命に今を生きている。
だけどどこかで前に進み切れていない部分もあるんだ。
「その後に来た平成を通り過ぎて、今はもう令和の世の中だ。
そろそろ、昭和を古き良き時代としてアルバムに閉じて
ボク達は今を生きていたいよ…。」
そこへ宇宙人のレイナちゃんが教えてくれた。
「宇宙ではもう少し、いやかなり時間の感覚が違うなり。
詰まる所今も未来も過去も無いなりよ。
だけどこの地球で生まれて生きているみぎゃタン達は
そういうノスタルジーや過去への後悔や羨望とかが
より人間らしい生き様を生んでいるのなりな。」
そこへ、アンドロイドのアイがボクに行った。
「みぎゃタン…みぎゃタンが本当に小さかった頃、
昭和の最後の最後だったでしょ?
もしかしてその時の小っちゃかったみぎゃタンも、
今のみぎゃタンに繋がる何か大切な傷を抱えて
泣いているんじゃない?ねぇ、アイの技術を使って
過去のみぎゃタンの視点を見てみる?」
「え、そんな事が出来るの?
ボクの幼い時のトラウマ…うん、もし見れるものなら
それを直視してボクは克服したい、かも。」
「うん、わかったよ。
だけどコレは本当に特別な事だから一度きりだよ。そして時間は5分間。
あと、過去には干渉しちゃダメだからね、何も変えないでね。」
そう言うとアイはボクの脳に電気信号を送った。
その瞬間、ボクは深い瞑想状態に入った。
~昭和63年~
セミの声がうるさく鳴り響いている。
ボクは日曜日の朝に、溜まった夏休みの宿題を机の上に起きながら
TVで特撮ヒーロー番組を見ていた。
両親は惰眠を貪っており、妹はまだ寝ているようだ。
「わぁ、懐かしいなぁ…。
だけどこの頃のボクに今のボクに繋がるトラウマなんて...。
それを言ったら未熟な頃の自分なんて不満だらけで、
どれもがトラウマになってるんじゃないかなぁ…。」
やがて朝ごはんを家族で食べて、昼になると買い物へと向かう。
その時に、事件が起こった。
母親が、ボクにタイツを履いて行くように言ったのだ。
「今日は夏にしてはかなり肌寒いから、タイツを履いて行きなさい。
お爺ちゃん達に顔見世もするから、ちゃんとした格好をして。」
しかし当時のボクはそれをヒドく嫌がった。
「え、何でどうして?タイツなんて女の子の履物じゃん。
そんなの恥ずかしいよ、履きたくない!カッコ悪いもん!!」
しかし当時の母親は当然、幼いボクの体格より大きい。
更には逃げられない家庭という檻の中で親と言う絶対的立場。
幼いボクはそれに逆らう事が出来ず、タイツを履くしか無かった。
「うぅ、何か蒸れるし気持ち悪いよぉ…」
いくら冷え込む予定とは言え、夏にタイツだ。
汗ばめば気持ち悪くなるのも当然だ。
結局この日一日の外出中、カッコ悪い姿を街中で晒した。
帰って来た幼いボクは疲れ果てていた。
「もうヤダ…絶対にタイツなんてもう履きたくない…」
相当に自尊心が傷付いたようだ。抱きしめたかった。
だけどそれは許される事では無かった。
アンドロイドのアイが隣で言う。
「小っちゃいみぎゃタン、かわいそうだね…。
あんなの、タイツ嫌いになっちゃうよね。
だけどみぎゃタンはこの後、大人になってから
女装とかする時にタイツを履いたり、女の子のタイツの匂いとか
好きになっちゃうじゃん?どういう心境の変化なの?」
「コレは…自分の事だけどハッキリはわからないけれど、
あの窮屈な履物に閉じ込めた自分のプライドや自尊心、
そして自由への叫びが詰まっているのかも知れない。
だからそれを愛する事で、解放させたいのかも知れないな…。」
ボクは昭和と言う時代が持つ、エネルギッシュで、だけどどこか
間違った事も勢いで通してしまう空気感を思い出した。
良い事ばかりでも無い。だからと言って悪い事ばかりでも無い。
夕方に幼いボクは大好きなアニメを観ていた。
「あぁ、アレ好きだったんだよな…。
本当に、ボクに限らずだけど良い時代でもあったんだよな。
そりゃ、昭和から抜け出せなくなるよな…。」
過去を変えてしまうような干渉は許されない。
だけどボクは一言だけ、幼いボクに声を掛けた。
「がんばれ、負けるな。」
幼いボクはハッと振り返った。だけどそこには何も無かった。
━シュウゥゥゥゥ━
ボクとアイは現代に戻って来た。昭和100年、と呼ばれる時代だ。
空気の清浄さで言えばこちらの方が良いかも知れない。
「何だか色んなものを見逃して来てしまったなぁ。
もっとたくさん見たかった、懐かしいものがいっぱだったよ。」
「みぎゃタン…。それは過去を見た人達が皆思う事なりよ。
だけど過去は過去。あの時に記憶に残らなかったり蓋をしたり、
触れられなかったもの、手に入らなかったもの。
それらは無理に自分のものにしてしまえば未来が壊れるもの。
あの時のみぎゃタンはみぎゃタンなりに、必死に精一杯生きて
だからこそ今のみぎゃタンがあるんでしょう?」
それは、本当にアイの言う通りだった。
そしてボクは再び、昭和100年の文字を見た。
「確かに縋りたくなるのもわかるけれど、やっぱりコレはおかしいよ。
燃やすほどでは無いから、そっと机の奥にしまってしまおう。
そしてどうしようもなくやりきれない時にだけ、思い出そう。
思い出はいつだって優しく変わらないものだからね、
たとえそれが辛くどうしようもない思い出だとしても。」
こうしてボクは、まず自分から昭和100年に対してケリを付けた。
そして現在、昭和101年。もうそんな事を言う人もほとんど居ない。
陛下はきっとようやく、安らかな眠りに就けたのかも知れない。




