#16.リミナルスペース『きさらぎ駅の8番出口』
ボクは異世界コンカフェに向かうまでの間、少しだけ電車に乗る。
開店時間が遅めなので残業終わりのサラリーマンが多い。
電車に揺られながらコートの下には包帯だけ巻いた体。
サラリーマン達のスーツを鎧として表現するなら、
ボクの格好はとても頼りの無い粗末な布だ。
もし何かの事情でコートを脱がされでもしたら、滅茶苦茶恥ずかしい。
だけどボクも社畜時代には彼らと同じスーツを着ていた。
自分で選んだ道だ。その覚悟としてボクはこの格好を選んだ。
駅のホームに並んでいると狂いなく時間通りに電車がやって来る。
もう少し適当でも良いのに、皆息苦しくないのかな、と思う。
電車に乗り込みガタガタと揺られていると包帯が体に擦れる。
特に少し敏感な所を擦られると少しだけ性感が高まってしまう。
皆真面目な顔をして乗っている電車の中でボク一人だけこんな
変態的な感覚を楽しんでいる事に勝手に疎外感を感じる。
(まるであらゆる事が自分の人生を象徴してるみたいだな)
そんな風に思いながら窓の外の景色を見ると、何も見えない。
夜だから何も見えないよね…って、えぇ!?
ボクが電車で異世界コンカフェまで通う区間は結構都会だ。
いくら夜だからと言って真っ暗はあり得ない。
(え、本当に真っ暗なんだけど…どういう事!?)
驚いて車内を見ると、皆が包帯コスプレをしていた。
「えぇえ、何で!?」
ボクは驚いて、つい声が出てしまった。
しかしボクの大声に誰も反応せず、ボーっとしている。
(いや、おかしいぞコレは…、絶対に普通じゃない。
コレ、怪異か何かか!?えぇと、類型があった筈だ、何だっけ…)
その時、社内アナウンスが流れる。
『次はきさらぎ駅~、きさらぎ駅~。
お猿の電車への乗り継ぎの方はお降り下さいませ。』
きさらぎ駅!?あぁ、思い出した。
ネットの掲示板で投稿された、異界駅の話だ。
ボクは今、そこに向かおうとしているのか?
どうすれば…落ち着いて行動しないと、
もし判断を誤れば戻れないどころか命の保障すら無い。
(先ずは周囲の状況を冷静に判断するんだ。
えぇと、この車両はおそらく前からも後ろからも
ちょうど真ん中辺りの車両のはずだ。
出発してから3分少々、そろそろ次の駅に着いても良い。
時間は…特に変わってはいない。ネットは…)
そんな風に思い巡らせていると、一つ向こうの車両から
車掌さんがコチラへ向かって歩いて来ているのが見えた。
しかしその様子がどうにもおかしいのだ。
車掌さんは車掌帽を被っているのだが、旧式のスク水を着ている。
表情はいやらしくニヤニヤと笑いながら涎を垂らしている。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
アレからはさすがに逃げなきゃ、捕まったら絶対にヤバい!)
ボクは車掌が向かって来るのとは反対側の車両へと急いだ。
コチラ側は自動ドアになっており、向こう側が見えない。
アレ?この電車のドアって、こんな形状だっけ?
そんなワケが無い。向こう側が見えないなんてあり得ない。
(でも、あの車掌に捕まったら絶対にヤバい。
えぇい、とにかくこっち側の車両に逃げるしか無い!)
ボクは自動ドアを開いて車掌が向かって来るのと反対側の車両へと移った。
するとそこには人が誰もおらず、シーン、とした空間だった。
(何だ、ココは…電車内のはずなのに全然揺れていない…。
まさか、ココはリミナルスペースか!?)
リミナルスペース(Liminal Space)とは、廊下・階段・地下通路・ホテルの廊下など「通り過ぎるための場所」から人の気配が消え、見慣れているのにどこか違和感を覚える“境界的な空間”のことです。 この概念はラテン語 limen(敷居)に由来し、SNSやネット文化で広く普及しました。
AI [Copilot]
その空間はネットで噂されるリミナルスペースのようだった。
こんな場所に迷い込んでしまうなんて、今日はついてない日だ。
もしここから出る方法が無ければ、ボクはここで野垂れ死んでしまう。
せっかく恥ずかしい恰好をして、もし電車に乗っている時に誰かに
いきなりコートを開かれでもしたら滅茶苦茶恥ずかしいぞ、
と思っていたものの、こんな空間では誰もそんな事をして来ない。
折角可愛い恰好をしても誰も見てくれない。
孤独ももちろんだが、ボクからするとココはまさに地獄のような空間だ。
いや、もしかするとこうした人が消え去ってしまった空間は
地獄や煉獄を模した場所なのでは無いか。そんな話を聞いた事もある。
もしそうだとすると益々、ここから出る事は困難に思えた。
(そんなのヒドいよ…。誰にもこの格好を見て貰えず、
段々と痩せ衰えて最期には醜く一人死んでいくなんて…。
ボク、何か悪い事した?それとも、こういった空間はそういう
善悪とか関係なくランダムに誰にでも襲い掛かる事があるものなの?)
しかし、一人だけの空間では誰にも答えを求められず、
ボクはただボーっと景色を眺めながら無意識に自分の身体に触れていた。
(暖かい…当然だよね。だけどこの空間の中ではボクの体だけが生きてる。
ん、と言う事は誰も見てないんだよね?もしかして…一人でその、
『そういう事』をしちゃっても、誰も見てないって事!?)
ボクはこんな状況下でも、良からぬ事を思いついてしまった。
おもむろに包帯の乳首部分を少し指で優しく触れる。
「んっ…」
つい、嬌声が漏れてしまう。その瞬間、空間が少し揺れた。
それはまるで水の中から景色を眺めた時のようだった。
(この空間の中で主観的な観測をしているのはボクだけ。
だったら、ボクの不安な気持ちを反映して空間は永遠に続く。
だったら快感を感じて気持ち良くなればココは素敵な
快楽空間に変わる…まさかね?でも仮説を確かめてみるだけの
意義と時間と好奇心がある!!)
ボクは今度は少し強めに乳首を摘まんでみた。
「んぅっ!!」
さっきよりも強烈な刺激が体を巡り、股間も見事に反応してしまう。
そして景色がぐにゃりと曲がった後、車両の中に何人かの
魅力的な女性達が現れていた。
(この人達は..ボクの社畜時代の女性上司達だ…。
コレは幻だ。だけど、一体どんな関りを持って来るんだ?
恐怖で支配される事は無いんだ。そう、ココはボクの心的世界だ…。)
ボクは自分にそう言い聞かせて、気持ち良い事だけを考えた。
(そうだ、この女性上司達は今からボクを気持ち良くイジめようとして
むせ返るような女性フェロモンを漂わせながら寄って来るんだ…)
すると、コチラへ歩み寄って来る女上司から汗の匂いが漂った。
それは非常に媚臭であり、ボクは股間が完全に元気になってしまった。
(ヤバいヤバい、コレちょっとこのまま行くといくら幻とは言え、
かなり良い事になっちゃうんじゃないか!?
いや、それは望んだり叶ったりなんだけど、そんなので良いのかな?
このリミナルスペースから抜け出せなくなっちゃうぞ…?)
女上司はノースリーブの制服の脇をボクの顔に近付ける。
むわぁっとむせ返るような匂いが漂う。
脳が焼き切れてしまうかと思うような甘い痺れが体を伝う。
(ヤバいヤバいヤバいヤバい、コレはボクの心象風景なんかじゃない。
コレは….単なる罠だ!!)
気付いた瞬間、ボクは気付けば先程の車両へと戻っていた。
(あ、コレ…ループしてる。ゲームみたいだな、8番出口みたいな。)
また、隣の車両からスク水を来た車掌が来ている。
(どうする?アレに体当たりしてアチラ側に行く勇気は無い。
だったらやっぱり反対側の自動ドアを開いて、またあの
リミナルスペースに一度逃避するか。)
しかしその時一瞬、走る車両の外側の景色、そこにボクのクローン、
黒みぎゃ子の姿が見えたような気がした。
(まさか…!?いや、でも出口はもしかしたら車内じゃないかも知れない。
出口は…!!)
ボクはもういっそどうなっても良いと言う覚悟で、窓に向かって走った。
━ガッシャアーン!!!!━
飛び散るガラス、それが刺さり体中が痛みに包まれる。
「が・・・あ”ぁ・・・痛い!!!!!」
そのままボクは電車から振り落とされて、地面を転がる。
━ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!!!━
コレは死ぬ、選択を間違えた。そう思った。
だってこんなに痛みを伴う選択肢は失敗だ。
その時、ボクの耳元に聞き慣れた声が話しかけた。
「ヘェ、よく頑張ったじゃん。お前って案外偉いのな。
ホラ、ボクの血を飲めよ。同じ【研究体】だろ?」
それは明らかにボクのクローン、黒みぎゃ子の声だった。
大怪我によりコントロールを失った体は目が開かなかった。
ただ、上から流し込まれる血がボクの口に注ぎ込まれた。
物凄くマズかった。温くて、エグみしか無い。
それでもそれを吐き出さずに飲み込んだ。
次の瞬間、身体中がそれを吐き出させようとして内臓が動く。
嘔吐しようとしたが、口を手で強く塞がれてそれが適わない。
口の中にドッと吐き出されたそれは、口を塞がれた事により
再度のみ込むしか無かった。そうしないと呼吸が出来なかった。
再び血液の混じった吐瀉物を飲み込んだ時、身体の反応が薄まった。
吐き気はしたが、吐き出す事は無かった。
ボクは黒みぎゃ子の血液を体内に取り込んだ。
いつの間にか意識を失い、気付けば異世界コンカフェの中だった。
「あ、気付いた?大変な事になってたね。
でもボクが通りかかって良かったね。あのままだったらお前、
多分死んでたよ。色んな異世界存在がアレには関わってる。
女達は淫魔だし、車掌はアレ、エンティティだね。
電車は魔列車だし、他にも色々と居たよ。」
ボクはそれを聞かされて、たった一人でそれほど多くの異世界存在達に
立ち向かっていた事に驚き恐怖した。
「あーあと、最後にボクの血飲んだじゃん?
アレ、結構な量を分け与えてあげたんだけどさ、
面白い事になったからちょっと試してやるよ。」
そう言うと彼は自らの包帯の上から乳首を爪で引っかいた。
「ひぅっ!?」
ボクは何故か自分の乳首が引っかかれたかのような感覚に襲われた。
「ふふ、面白いだろ。ボクが意図すれば感覚共有出来るようになった。
コレでもっとお前の事イジめて遊べるな(笑)
本当にオリジナルってば、皆の玩具だよな~、哀れで可愛いよw」
ヒドい、ヒド過ぎる。ボクの身体を何だと思っているんだ。
もちろん、助けてくれた事には感謝している。
だけどこんなの、自分の身体の選択決定権を奪われる事は、
ある意味での人権侵害だ。ヒド過ぎる。ボクは黒みぎゃ子に抗議した。
「や、止めてよ!何でこんな事するの!?
ボク、もうコレ以上イジわるで辱められるの辛いよ…」
「ハ、何言ってんの?別にこういう事をするとは言ってないじゃん。
大丈夫だよ。コレやるとボクにもダメージあるんだからさ、
そんなイタズラにいつも遊んだりはしないってば。
だけど最終的な手綱って言うか、主導権を持っているのは
結構気分良いモノだね♪」
勝手だ、凄く勝手過ぎる。
それでもボクは、助けてくれた事のお礼を言う事にした。
「何だかヒドい事をされてるけどさ、それでも一応お礼を言うよ。
ありがとうね。それとコレ、お礼代わり。」
そう言って僕はおもむろに黒みぎゃ子にキスをした。
「んっ・・・!?」
「ふふ、自分が意図しないタイミングで急にイジめられる感覚、
少しはわかった?」
黒みぎゃ子は少し悔しそうな顔をしていた。
ボクはほんの少しだけやり返してやった事に満足した。
何にせよあのようなアチラ側からやって来る異世界存在、
今後は気を付けないとね。と言っても気を付けようもないけどね(困)




