第4話 矯正期間、延長に次ぐ延長で……
矯正期間は1年半のはずだった。でも1年半かけて矯正が完了したのは、下の歯だけ。上の歯は手付かずだった。
そう。矯正の大幅延長である。
矯正開始から、1年半が経過した。ようやく上にも矯正器具が入るとの話が浮上。そこでふと思った。
「矯正期間って、たしか上下合わせて1年半じゃねかったっけ?」
矯正歯科から帰って、ダラダラ家で晩ごはんを食べていたとき、私が記憶を掘起こして問いかける。
「そうらしいけど、下しか終わってないから今日から上が始まった」
テレビを眺め、他人事のように話す同居人。
「延長って事なん?」
「うん」
「知ってたんか」
「うん」
"うん"じゃねんだよ。言えよ。いつも病院引率してんだろ。なんで黙ってんだよ。と、愚痴りたい気持ちをグッと抑えた。
「言わなわからんやろ」
抑えきれずにこれだけ言ったのを覚えている。
上の矯正器具を入れ始めた段階で、矯正完了目安の1年半は終了していた。ここからは、言葉はよくないが"ゴールの見えない延長戦"となる。
矯正歯科の先生でさえ、多分いつぐらいに矯正が終わるかは分からなかったんだと思う。終わりが分かってるなら、早い段階で言ったはず。なにも言わないということは、きっとそういうことなんだろうなと私は思った。
同居人自身は、特に焦っている様子はなかった。上下に矯正器具が入って以降、どんどんかみ合わせは合わなくなっていく。そのことに対しての不満は、大層ぶちまけていた。偉いのは、家の中でしかオラつかなかったことだろう。聞かされるこちらの身にもなってほしいと思ったが、私もいろいろ愚痴が多い。お互い様ということで、あまり小言は言わず。でも共感もできないので聞き流していた。
下の矯正が終わって上の矯正に入ったため、施術時間そのものは普段と変わらなかった。下の部分は特に締め上げる等の処置がなかったのではないだろうか。処置室まで入っていないので、そこはなんとも言えない。
ただ、上の矯正まで入ると、本当に食べるものを選んだ。好き嫌いの問題ではなく、食える食えないの問題が加速したのだ。
その当時、同居人は会社の給食を食べていた。ずっとそれのお世話になっていたわけだが、下顎の矯正の終わりが見えてきたころからかみ合わせが悪くなり、上の矯正器具まで入って以降噛めないものが増えた。丸呑みできるものってのは、世の中にそう多くない。噛めない飲めないでは、食事にならず。
上の矯正器具が入って以降、どのタイミングかまでは覚えていないが、弁当を持って行くようになった。
ごはんも柔らかめのごはんを持って行っていたが、だんだん噛めなくなって行って、最後はお粥に近い状態のものを持って行っていたように記憶している。卵焼きと冷凍の衣が主張しない唐揚げみたいな、ほぼ同じ内容の弁当を持たせていた。
かわいそうだなと思っていたが、さすが食への執念が強いだけある。ファミチキはこの段階でも食っていた。
「ファミチキは食べるんやな」
結構衣もついてるのになー、なんて私は思いながら、モリモリファミチキを食う同居人に声を飛ばす。
「ファミチキは飲める」
きついことを言い出してしまい、とんでもない奴だなと思った。
外食は減ったが、それでも大好きなラーメンはあきらめなかった。噛めないと騒ぐ割に、なんとしてもラーメンを食べに行くという根性は健在。ファミチキを飲むような人なので、チャーシューも飲んでいたと思う。
上の矯正期間は、1年半かかった。
トータル3年間矯正歯科に通ったことになる。
「結構長くかかったねぇ」
矯正の終わりが見えてきて、先生が処置室で話していた。同居人は口下手なので、「あ、はい。ははは……」みたいな返しをしていた。思春期かよと思った。
処置室から同居人が出てきて、先生も後から出てきた。
「終わりが見えてきたので、大きい病院の予約取って手術のこととかを話してきてください」
先生のやり切ったぞって感じの顔を、今でも鮮明に覚えている。とても清々しかった。
「ありがとうございます。普通延長ってこれくらいになることもあるんですか?」
歯科矯正ド素人の私が抱いた疑問。
「普通ここまで延長しないですね」
前代未聞だったようで、大仕事をやり切った先生の表情は納得のものだったということになる。
「そうですよね」
としか、私は言えなかった。さすがの私も、延長期間があまりにも長くないかとは思っていたところ。その感覚は、間違っていなかったということにある。
約3年間の矯正期間に終わりはが見え、いざ大きな病院へ!
ここからも未知の領域。私はそこでも、やっぱり引率することになる。
3年に及ぶ矯正期間を経て、ついに手術に向けて大きな病院へ。大病院の口腔外科は、術前の精密検査を受けに行く。




