第八話 第一の復讐 女魔法使い編
「……あら? 追放された腹いせに、この街で暴れるおつもりかしら? 『Lv.1』の無力な雑用係さん」
軽蔑と嘲笑の混じる、澄んだ高飛車な声が迷宮街の路地裏に響いた。
ナタルとスターシャの前に立ち塞がったのは、かつてナタルを「足手まとい」と切り捨てた元パーティーの女魔法使いだった。彼女のレベルはすでに40を超え、豪奢な杖を優雅に持ちながら、隠そうともしない優越感を漂わせている。
「スターシャ様ともあろうお方が、どのような理由でそのような価値のない男と同伴なさっているのかは存じませんけれど……」
女魔法使いはナタルを冷ややかな眼差しで見下し、杖の先を優美に突きつけた。
「まあよろしいわ。ちょうどよい興興の的にして差し上げます。私が長年の深き探求と努力によって賜った高位の魔法で、ご自身の惨めさを身に染みてご覧なさいな」
彼女が澄んだ声で優雅に詠唱を始めると、周囲の魔力が渦巻き、高威力の極大炎魔法『プロミネンス』の構築が始まった。絢爛な魔法陣が空中に描かれ、圧倒的な熱量が満ちていく。
ナタルは静かに手袋を外し、一歩踏み出した。
「ナタル……」
「手を出すな、スターシャ。これは俺の復讐だ」
スターシャは息を呑み、静観を決める。
女魔法使いが詠唱を完了させ、放たれようとした圧倒的な火柱。ナタルはその極大の炎に怯むことなく、正面から無防備に歩み寄る。
「消えなさいな! 『プロミネンス』!」
爆風とともに猛烈な熱炎がナタルを呑み込んだ。女魔法使いは完璧な勝利を確信し、優雅に微笑を浮かべる。
しかし——。
炎の中から、影がゆらりと伸びた。
「な……ッ!?」
ナタルの皮膚一枚焼けてはいない。彼は炎を突き抜け、呆然と立ち尽くす女魔法使いの目の前に立ち、その華奢な首元へ静かに手を伸ばした。
スッ……。
指先が、彼女の肌に触れる。
【概念吸収が発動しました】
【上位魔法使いの『属性適性:極』『魔力総量』『詠唱省略・極意』『極大炎魔法:プロミネンス』を複製・加算しました】
「な……なんですの、これ……!?」
相手から能力を奪い取って弱体化させるわけではない。彼女の強さや魔力はそのままだ。しかし、彼女が誇りをもって血の滲むような鍛錬と探求で積み上げてきた魔法の全概念、属性適性、魔力、そして技術の全てが、ナタルの体内へと寸分違わず複製され、そのまま上乗せで加算されていく。
ナタルは複製したばかりの『プロミネンス』の構造と『詠唱省略・極意』を、その一瞬で完全に理解・熟達した。
「なるほど。これが……お前が何年もかけて深めてきた『努力』の成果か」
確かに、俺が置き去りにされた時の勇者なら倒せる攻撃魔法だ。ナタルは冷徹な眼差しで彼女を見つめ、左手の指先を向けた。
詠唱も、魔法陣すら存在しない。彼女の技術を習得した上での、完全なる無詠唱。
瞬間、女魔法使いが放ったものを遥かに凌駕する、白熱の超極大炎がナタルの指先から暴威となって噴き出した。
「ひっ……きゃああああぁぁぁッ!?」
圧倒的な熱量と魔力の奔流が路地裏を焼き尽くし、女魔法使いは品性を保つ暇もなく悲鳴を上げて吹き飛んだ。
「詠唱に時間をかけすぎだ。……使いこなせていないな」
ナタルは倒れ伏す彼女を見下ろし、複製した魔力の心地よい熱感を確かめるように指を握りしめた。
能力を失ったわけではない。しかし、己が一生をかけて積み上げた誇りの魔法を、触れられただけで一瞬で完璧に模倣され、遥かな上位互換として放たれたのだ。その事実は、彼女の自尊心を根底から叩き潰すのに十分すぎた。
後ろで見守っていたスターシャは、震える声で呟いた。
「能力を奪い取って弱らせるわけじゃない……。相手の矜持も、積み重ねた努力も、すべてを寸分違わず自分のものにして上回るのね……」
「一つ目の復讐は終わりだ」
ナタルは一瞥もくれず、歩き出す。
「残るは……勇者と僧侶か」
最弱の荷物持ちによる最初の復讐劇は、残酷なまでの理不尽をもって幕を開けた。




