第六話 限界
迷宮の中層を突破し、さらに深くへと進むナタルとスターシャ。
『概念吸収』により、襲い来る中層の強力な魔物たちから身体能力、耐性、武技、そして無詠唱発動などの固有概念を直接奪い取り、瞬く間に己の血肉へと加算していったナタルだったが、その歩みが突如として止まった。
「……ナタル? どうしたの?」
後ろを歩いていたスターシャが、異変に気づいて声をかける。
ナタルはその場に膝をつき、激しい息吐きとともに右腕を押さえていた。
彼の手袋から覗く皮膚には、赤黒いノイズのような奔流が不気味に明滅している。
(……くっ、身体が重い……! 頭の奥で、異物の概念が暴れ狂っている……!)
ナタルが持つ『概念吸収』は、相手に触れるだけで敵の能力やスキルを100%自身へ重複・加算する権能だ。しかし、その権能を受け止めるナタル自身の身体——「器」の限界が、ここにきて牙をむいたのだった。
これまでに喰らい尽くした無数のスライム、アーマービートルの剛力と外殻、ヘルハウンドの火炎適性、オークマスターの達人級剣術……。それぞれの魔物が持つ膨大かつ多岐にわたる概念データが、未だ発展途上なナタルの肉体と魂のキャパシティ(器)をオーバーフローさせ始めていたのだ。
「ちょっと、大丈夫!? 顔色が真っ青よ……!」
慌てて駆け寄ったスターシャがナタルの肩に手を伸ばそうとする。
だが、ナタルは即座にそれを制した。
「……触るな! お前(Lv.250)の持つ膨大な概念は、今の俺の『器』じゃ受け止めきれずに弾かれるか……最悪、強引に流入して俺の肉体が内側から崩壊する……!」
「っ……! 概念の過剰摂取……!?」
スターシャは息をのんだ。
『概念吸収』は強大な力を持つ反面、あまりにも格離れた存在には触れても発動せず、急激すぎる能力の過剰蓄積に「器」そのものの拡張が追いつかないというリスクを抱えている。
『鑑定』スキルを持つスターシャがナタルのステータスを覗き込むと、表示は依然として『Lv.1』のままだが、その内部に蓄積されたスキルやステータスの数値群が、限界領域を示す赤色に明滅していた。
「ハッ……ハッ……これが、今の俺の『器』の限界か……」
額から大量の汗を流しながら、ナタルは己の掌を見つめる。
どれほど強大な能力を奪おうと、それを処理し受け止める肉体と魂が脆弱であれば、権能そのものが自滅の刃へと変わる。
「……戻りましょう、ナタル。これ以上深く進んで強力な魔物の概念を喰らったら、あなたの精神と体が破裂するわ! 一度街に戻って、吸収した能力を馴染ませて『器』を拡張させる方法を」
「断る」
気遣うスターシャの言葉を、ナタルは激しい吐息とともに一蹴した。
「なっ……! あなた、死ぬ気なの!?」
「逃げてどうする……。この程度の過負荷で止まっているようじゃ……Lv.1000を超えるエンシェントドラゴンや魔神どもを呑み込むことなど、夢のまた夢だ……!」
ナタルの瞳に宿る冷徹な炎は、激痛の中でも消えることはなかった。
彼は荒い息を整えながら、歯を食いしばって力ずくで立ち上がる。
(『概念吸収』のシステムを力ずくで押さえ込むな……。奪った概念をただ溜め込むのではなく、自分の中で分解・統合し、新たな「己の概念」として再構築(最適化)するんだ……!)
ナタルは体内で暴れ回るアーマービートルの耐久力、ヘルハウンドの魔力、オークマスターの武技概念を、精神力で強引に押し潰し、一つの肉体構造へと圧縮・融合させていく。
ミシミシ、とナタルの骨と筋肉が不気味な音を立てて鳴った。
身体を苛んでいた激痛が、徐々に熱気へと変わり、溢れ出ていた赤黒いノイズが肉体の中へと静かに鎮まっていく。
【過剰概念の統合・最適化を完了しました】
【『器』の基本容量が拡張されました】
頭の中に無機質な通知が響く。
ナタルがゆっくりと目を開くと、その全身からは先ほどまでとは比べものにならない、重密で静かな圧力が漂っていた。
「……嘘でしょ? 溢れかえっていた概念を、根性で己の『器』の糧に統合して拡張させたというの……!?」
一部始終を目撃していたスターシャは、驚愕のあまり絶句していた。
普通なら自滅するはずの負荷を、持ち前の強靭な精神力と執念で力ずくでねじ伏せ、限界突破の糧にしてしまったのだ。
「……ふう。なんとか、一皮剥けたようだな」
ナタルは静かに手袋をはめ直し、拳を握り締めた。
依然として彼のステータス表記は『Lv.1』のままだが、その内側に秘めた「器」の底は、より深く、より広大に拡張されていた。
「心配させたな、スターシャ」
「ほんとよ……バカじゃないの……」
スターシャは安堵の溜め息をつきつつも、目の前に立つ男のどこまでも底知れない成長速度に、再び背筋がゾクゾクと震えるのを覚えずにはいられなかった。
「……行くぞ。俺の『器』は、まだまだこんなものじゃない」
限界を打ち破り、さらなる強者の概念を喰らうべく、最弱の『Lv.1』は迷宮のさらなる深淵へと足を進めるのだった。




