第五十四話 まさかの苦戦!?
「……っ!!」
油断などしていなかったはずのナタルの瞳が、初めて驚愕に見開かれた。
目の前に立つ蘇りし勇者――その踏み込みは、以前のレベル150のそれを遥かに凌駕していた。管理者の特権コードによって肉体そのものが神話領域へ強制書き換えられた男が振るった大剣は、もはや純粋な物理の枠すら超越している。
——ゴオオッ!!
一瞬で目前に迫った刃を、ナタルは反射的に両手で受け止めようとした。だが、衝突した瞬間に伝わってきたのは、これまでの人間離れした敵たちとは次元の違う、あまりにも重く圧倒的な「世界の管理者直通の特権質量」だった。
「がっ……!?」
ナタルの足元の石畳が放射状に粉砕され、彼の身体はまるで砲弾のように吹き飛ばされた。邸宅の分厚い外壁を豪快に突き破り、そのまま庭園の奥深くへと激突して土煙が舞い上がる。
これまであらゆるスキルや概念を素手で受け止め、圧倒的な『器』の力でねじ伏せてきたナタルにとって、初めて「受け止めきれずに弾き飛ばされた」瞬間だった。
土煙の立ち込める瓦礫の中、ナタルは口元から鮮血を拭いながら、ゆっくりと上半身を起こした。その黒い手袋の指先が、わずかに、しかし確実に軋み、痺れている。
「……は……ははッ……!」
ナタルは低く笑い声を漏らし、狂気を孕んだ不敵な笑みを深めた。
管理者の加護を受け、ただの人間から「特異点討伐のデバッガー」へと無理やり神話級に引き上げられた元勇者たち。それは確かに、これまでの「お古の雑魚」とは一線を画す脅威だった。
「いいぞ……。管理者が本気で仕組んだ特権コードなら、喰らい甲斐がある……!!」
「ナタルッ!!」
スターシャの悲鳴が聞こえた瞬間、視界の端から圧倒的な密度を誇る“絶対零度の神話魔弾”が、逃げ場のない死角へと容赦なく撃ち込まれていた。
管理者の直通特権によって強化された女魔法使いと僧侶が、神話領域の極限まで高められた詠唱なしの超広域殲滅魔法を同時に叩き込んだのだ。
——ガァァァァンッ!!
「ぐっ……!?」
先ほどの勇者の強烈な物理一撃で体制を崩していたナタルは、その回避不能の死角からの奇襲を完全にいなすことができなかった。
熱いのも寒いのも嫌いなナタルにとって最悪の相性である、世界の理を無視した極寒の魔弾が直撃し、彼の身体は凍結と衝撃の二重苦に呑み込まれながら、さらに深く地中へと叩き落とされる。
バキバキバキッと、ナタルの体表を覆っていた強化肉体の装甲が音を立てて砕け散り、周囲の空間ごと絶対零度の氷原へと変貌していく。
瓦礫の底で、ナタルは口元から溢れ出た血を氷結させながら、ふらつきつつもその身を起こした。
黒い手袋の指先がかすかに凍りつき、かつてないほどの激痛と冷気が全身の神経を逆なでる。
「……は……ははっ……!」
ナタルは冷たく歪んだ笑みを浮かべ、上空で神話の光を纏いながら見下ろす蘇りし勇者パーティーを睨みつけた。
物理の極致を叩きつける勇者、そして全方向から死角を抉る管理者の特権魔法。
それは確かに、ただの「お古の雑魚」では到底たどり着けない、管理者直属の最高峰のデバッガー(討伐プログラム)だった。
「いいぞ……。管理者が本気で俺を消し去るために用意した『例外コード』なら、この程度で終わるわけがない……ッ!!」
「……はぁ、はぁ……っ!」
激しい衝撃と冷気の余韻を振り払い、ナタルは荒い息を整えながら身構えた。
すでに1時間。
管理者の特権コードによって蘇らされた勇者パーティーの猛撃を、ナタルはひたすらに捌き続け、容赦なく放たれる神話級の魔法を紙一重でかわし続けていた。これほどの長丁場、いかに神話領域の肉体や高度な概念吸収を行っていようとも、通常の人間であれば蓄積する疲労や魔力の消耗で、とっくに動きが鈍っているはずだった。
だが——。
「おいおい、もう息が切れたのか? バグ風情が、その程度の執念かよ!」
勇者は一切の衰えを見せず、むしろ先ほどよりも鋭さを増した神話級の大剣を振り下ろしてきた。その背後で絶え間なく極大魔法を放ち続ける女魔法使いと僧侶の顔にも、疲労の色どころか、無限に湧き出る神聖な光のオーラさえ纏っていた。
(……おかしい。汗ひとつかいていない。それに、魔力の出力も息切れする気配すら全くない……っ!)
ナタルは研ぎ澄まされた直感で看破する。
彼らには、人間にあるべき「スタミナ」や「疲労」という概念そのものが、管理者のシステムによって完全に切り離されていた。どれだけ攻撃をいなそうが、どれだけ消耗させようが、管理者直通の無限リソースが接続されている彼らは、永遠に止まらない「特異点討伐の永久機関」そのものだったのだ。
「……なるほど。ナタルの『概念吸収』を見越して、肉体の限界も疲労の概念すらもコードで踏み潰してやがるか……!」
ナタルは舌打ちを一つ。無限に動き続ける怪物どもの同時攻撃が、再び容赦なくその身に迫り来る。




