第五十二話 業火の洞窟からの帰還、そして——
極南の業火の大火山帯で獄炎巨龍・プロメテウス・ドラゴンと対峙し、思いがけず言葉を交わしたナタルは、その現場からアジトへと戻ってきた。
薄暗い地下室のテーブルには、お馴染みの琥珀色の酒が入ったグラスが置かれ、魔神ヴァルネが妖しく微笑みながらナタルを迎え入れる。ナタルは腰を下ろすと、あの灼熱と絶対零度が交差する最奥での出来事を、ヴァルネへと淡く報告した。
「……戻ったか、ナタル。どうだった、『獄炎巨龍・プロメテウス・ドラゴン』の様子は?」
ヴァルネがグラスを軽く揺らしながら、興味深そうに尋ねる。
「あいつは襲いかかってくるどころか、まるでエラー検体を前にしたかのように、じっと巨体を静止させてやがった」
ナタルは不敵な笑みを浮かべ、黒い手袋を外しつつ言葉を続ける。
「だから、あえて話しかけてやったのさ。『動かないのか?』ってな」
その言葉に、ヴァルネは目を見張り、そしてクスクスと愉しげな声を上げて笑った。
「ふふっ……! 世界の理を司るセキュリティコアの頂点に向かって、わざわざ話しかけたっていうの? 本当にあなたという男は、システムにとって最高の予測不能なバグね……!」
「『プログラムなら、交渉もハッキングもやることは一つだ』と言って、眉間に跳躍してやったがな」
ナタルが冷徹な瞳を光らせると、ヴァルネは妖しく微笑みを深め、グラスの酒を一口飲んだ。
「それでいいわ。あいつが発していたのは殺意ではなく、システム稼働音のような低い唸り声……つまり、あなたの『概念焼却』や『熱死領域』への干渉に、防衛ルーチンが一時的な処理戸惑いを起こしていた証拠よ」
ヴァルネは身を乗り出し、ナタルをじっと見据えた。
「さあ、その『熱力学』と『絶対零度』のコードを完全に取り込むための準備はできた? 獄炎巨龍とのやりとりで得た手応えを糧に、次は一気にその不条理な理を喰らい尽くしに行きましょうか」
「ヴァルネ。一つ聞いておこう——お前は何を望んでいる?」
その問いに、ヴァルネはグラスを揺らす手を止め、くすりと妖しく微笑んだ。
「あら、いきね。私の望みを知りたいの?」
ヴァルネは艶やかな髪を指先で巻きながら、わずかに視線を伏せた。
「さっきも言った通り、私たちはかつて高次元の管理者に『エラー』として排除され、コードの片隅に隠れ潜むしかなかった落ちこぼれの先住エラーよ。仲間は消され、自由を奪われ、数百年間も息をひそめて生き延びるだけの存在だったわ」
ヴァルネは顔を上げ、冷徹かつ熱を帯びた瞳でナタルをまっすぐに見据えた。
「私の望みはね……あの忌々しい管理者のシステムを根底からひっくり返し、私たちが『バグ』として切り捨てられたこの世界の理を、私たちの手で完全に上書き(オーバーライド)することよ。神気取りでこの箱庭を遊園地か何かのように弄ぶあいつらに、自分たちが絶対的な存在などではないと思い知らせてやりたいの」
「……それが、お前の目的か」
ナタルが冷徹な笑みを浮かべると、ヴァルネはさらに愉しげに口元を歪めた。
「ええ。そして、その不条理なシステムを喰らい尽くし、唯一無二の『破壊者』として君臨し始めているのが、他ならぬあなた——ナタル、あなたよ。あなたが管理者の理を次々とバグらせ、破壊してくれるおかげで、私の長年の夢が現実味を帯びてきているわ」
ヴァルネはグラスを掲げ、ナタルのグラスへと軽く合わせた。
「さあ、教えてちょうだい。管理者の下僕である残りの障害をすべて排除し、あの高次元の『オペレーターども』の首根っこをつかみ取るその日まで……あなたは私と、最後までこの最高の賭けに付き合ってくれるかしら?」




