第五十話 氷とマグマ
「チッ……上か!」
足元ではドス黒いマグマが煮えくり返り、灼熱の熱気が皮膚を焼き焦がさんばかりに渦巻いている。その直後、天井の岩盤を貫いて降り注いだのは、激しい蒸気とともに極彩色の冷気を纏った巨大な「氷の槍」の群れだった。
一瞬にして周囲のマグマが凍りつき、黒い黒曜石へと変質していくほどの絶対零度。熱気と冷気が激しく衝突し、視界を白い爆煙が埋め尽くす。
「気を付けて、ナタル! ただの物理攻撃じゃないわ! マグマの熱力学を強引に凍結・崩壊させる『逆転の氷槍』よ!」
後方で気配を消したスターシャが、フードの隙間から頭上を見上げて叫ぶ。
降り注ぐ数千の氷の槍が、ナタルの頭上へと一直線に突き刺さる。
だが——ナタルは避ける素振りすら見せず、頭上に向かって無造作に右手を突き上げた。
ドカアアンッ!!
激しい衝撃波が駆け抜け、氷の槍がナタルの手に触れた瞬間、その凄まじい冷気と威力が一瞬でナタルの体内に吸い込まれていく。
【概念吸収が発動しました】
【襲撃者より『熱力学無視:絶対凍結槍』『局所空間冷却』を複製・加算しました】
相手の威力を100%保持させたまま、その『氷結の理』のみが瞬時にナタルの体内にコピー&学習される。
「マグマの熱気だけでも不快だというのに、今度は上から氷か……」
ナタルは鬱陶しそうに溜め息をつき、漆黒の手袋をキュッと締め直した。
「……本当に、熱いのも寒いのも嫌いなんだがな」
体内に取り込んだ『絶対凍結』の概念を即座に最適化・解放する。
ナタルの体表から広がった領域が、頭上から降り注ぐ残りの氷槍を全て空中で凍結相殺し、周囲の不快な灼熱と極寒をまとめて『無効化』した。
ナタルは冷たい瞳で、氷の槍が放たれた天井の闇の果て——この異常領域を統べる新たな異形の気配を静かに見据えた。
「……引きずり出してやる」
ナタルが体表の概念領域を軽く揺らすと、相殺された氷槍の破片が衝撃波となって頭上の闇を穿った。
ゴガガガガガッ!!
天井の岩盤が激しく崩落し、落ちてきたのは膨大な岩石だけではない。
立ち昇る真っ白な蒸気の奥から、二つの巨大な『理』を身に纏った巨大な影が滑り降りてきた。
上半身は冷気を纏い、水晶のように透き通った硬質な氷の甲殻。
下半身はマグマの川を泳ぎ、灼熱の熱量を撒き散らす溶岩の巨躯。
火山の地下深層を統べる階層主——『熱氷の二重龍』。
「グルアァァァァァッ!!!!」
咆哮一発。
空洞内の空気が一瞬で「一死を伴う熱風」と「全てを粉砕する凍結波」の二つに引き裂かれる。
「気をつけて、ナタル! あいつは火山のマグマと深層の極寒を同時に管理する、ダンジョンの環境調整ボスよ! 左右で全く異なる理を押し付けてくる……物理攻撃も魔法も、相殺されて通りにくいわ!」
後ろで息を潜めるスターシャが急ぎ忠告を飛ばす。
だが、ナタルは口元を酷薄に歪め、漆黒の手袋をゆっくりと外し始めた。
「異なる理の相殺……? ふん、下らん」
ナタルは避ける素振りすら見せず、真正面から足を踏み出す。
主の右手が放つ「絶対零度の氷結領域」と、左手が叩きつける「万物を溶かす灼熱の猛炎」が、同時にナタルの全身を飲み込んだ。
普通ならば、熱膨張と急激な冷却の崩壊作用によって肉体が分子レベルで破壊される絶望的な一撃。
しかし——。
【概念吸収】
ズズズズズ……ッ!
「……なっ!?」
主の複眼が驚愕に細まる。
ナタルの体に触れた瞬間、猛炎と極寒の両方が「不協和音を起こすことなく」、そのまま凄まじい勢いでナタルの皮膚へと吸い込まれていった。
【『熱氷の二重龍』より『熱力学二重相反制御』『局所絶対相殺』の概念を複製・加算しました】
【相反するふたつの属性を同時に100%の威力で自立運用可能になりました】
「二つの理を同時に扱うのがそれほど珍しいか?」
ナタルの手から熱気と冷気が完璧な調和を保ちながら渦を巻く。
相手の威力を減衰させることなく完全に保持したまま体内に取り込み、さらに自身の『器』で最適化する。
「見せてやる。これが……『本物の二重支配』だ」
直後、ナタルが突き出した右拳から放たれたのは、熱気と冷気が螺旋を描いて激突する極大の概念衝撃波。
ドカァァァァァンッ!!!!
主が放った渾身の防衛障壁を一瞬で砕き割り、その巨躯の半分(灼熱エリア)を氷漬けにし、もう半分(極寒エリア)を跡形もなく焼き尽くす——相反する絶望の直撃。
悲鳴すら上げる間もなく、階層の主は己が誇る二つの理に沈み込み、崩れ去っていった。
「……ふん。不快な温度差も、これで少しはマシになったな」




