第四十七話 事前準備とピエロ
「ふふ、熱いのも寒いのも苦手なんて言っていた割には、ずいぶんと入念な準備ね? ナタル」
街の大通りにある大型冒険者商店の店先で、スターシャは優雅に扇子を揺らしながら、ナタルの手元を面白そうに覗き込んだ。
ナタルが台の上に並べていたのは、耐熱性の高い特殊加工の革製防具に、極寒の地でも体温を保つ魔導インナー、さらには火山ガスや冷気を防ぐ高品質なポーション類やろ過マスクの山だった。
「……無駄な不快感や余計な体力の消耗は、戦いにおける不要なノイズだ」
ナタルは表情一つ変えずに、それらの備品を検品しながら淡々と答える。
「それに『概念吸収』で耐性を手に入れるにしても、現地に到達して対象を喰らうまでの間は生身の肉体で耐えねばならない。わざわざ不快な熱さや寒さを我慢しながら歩く理由がどこにある」
「理屈っぽいところは相変わらずね」
スターシャはクスクスと可憐に微笑むと、店主から手渡された大きな荷物袋をナタルの腕にポンと押し付けた。
「はい、これ。あなたの頼んでいた耐熱のマントと補給用の水袋よ。……まあ、いくら中で強力な概念を捏ね回していようと、見た目はしっかり『荷物持ち』なんだから、このくらいの荷物は文句言わずに持ちなさいな」
「問題ない。荷物持ちの仕事なら手慣れている」
ナタルは片手でズシリと重い荷物袋を受け取ると、長年培われた無駄のない動作でバックパックへと綺麗にパッキングしていく。その手際の良さは、かつて勇者パーティーで不遇な扱いを受けながらも、雑務のすべてを完璧にこなしてきた名残でもあった。
一通りの買い物を終え、重厚な荷物を背負ったナタルを見て、スターシャは満足そうに頷いた。
「準備万端ね。……さあ、熱気と冷気が狂い咲く極限の環境で、今度はどんな理を奪い取ってくるのかしら?」
「フッ……。熱さも寒さも、まとめてただの『データ』に変えて終わりだ」
火山地帯への遠征準備を終え、街の通りを歩いていたナタルとスターシャ。その前に、威勢よく大声を張り上げる数人の冒険者たちが立ちはだかった。
「おいおい! 聞けよ、街じゅうで話題の『エンシェントドラゴンを倒した伝説のパーティー』ってのは俺たちのことだぜ!」
通りかかる冒険者や町人に聞こえよがしに吹聴していたその男は、ふとナタルの姿を視界に捉えると、下品な薄笑いを浮かべて歩み寄ってきた。その背後には、同じように調子に乗った様子の仲間たちが控えている。
「ん……? なんだぁ、お前? 懐に差してるそれ……ギルドの黒金(Sランク)プレートか? おいおい冗談だろ、鑑定してみりゃあ……ハッ、たったの『Lv.1』じゃねえか!!」
男は腹を抱えて大笑いし、周囲の野次馬たちを煽るように手を広げた。
「おいみんな見ろよ! たかがLv.1の荷物持ち風情がSランク様だとよ! お前、どうせ隣にいるその上等な女に金を握らせて、ギルドの幹部を丸め込んだんだろ? 俺たちみたいに命がけでエンシェントドラゴンを倒した本物の英雄からすりゃ、胸糞悪ぃんだよ!」
「……ふふっ」
あまりの出来損ないの芝居に、スターシャは思わず扇子で口元を覆い、くすくすと肩を揺らした。
「ねえナタル。あちらの『自称・竜殺しの英雄様』たちが、あなたに言いがかりをつけていらっしゃるわよ? 私が以前話していた『偽りの手柄でランクを上げようとしている愚者ども』って、まさか彼らのことだったのかしら」
スターシャの揶揄を含んだ視線を受け、パーティーのリーダー格の男は真っ赤になって怒鳴り散らす。
「ああん!? 偽りだと!? 俺たちはなぁ、あの伝説のエンシェントドラゴンを討伐した凄腕なんだよ! おい、Lv.1の買収Sランク! 恥を知れ! 俺たちの顔を立てて黙っててほしけりゃ、そのSランクの看板と溜め込んだ金をここに置いていきな!!」
大威張りで胸を張る男たちに対し、ナタルはピクリとも表情を変えない。背中の重い荷物袋を少しだけ背負い直すと、氷のように冷徹な瞳で男たちを削ぎ落とすように見下ろした。
「……ほっとけと言ったはずだ、スターシャ」
「ええ、分かっているわ。直接手を下す価値すらないゴミ屑だものね」
スターシャが可憐に微笑むと、いよいよナタルは男たちを一瞥もしないまま、その横を通り過ぎようと足を踏み出した。
「て、てめぇ! シカトこいてんじゃねえぞ!! たかがLv.1が調子に乗りやがって!!」
面目を潰された男が逆上し、腰の剣に手をかけた——その瞬間。
「——失せろ」
ナタルが振り返りもせずに放った、ただの威圧(データ圧)の一波。
空間そのものが歪むような無重力の錯覚と、死そのものが目の前に顕現したかのような圧倒的な「本物の殺意」が、男たちの全身を貫いた。
「ひっ……!? が、あ……ッ!?」
剣を抜くことすらできず、男たちはガタガタと膝を激しく震わせ、その場に崩れ落ちた。喉からは引きつった呼吸漏れしか出てこない。本物の「絶対者」と対峙した生物としての防衛本能が、一瞬で彼らの精神を叩き折ったのだ。
ナタルは足を止めることすらなく、冷ややかな声を残して歩みを進める。
「……身の程知らずに『エンシェントドラゴンを倒した』などと嘘を吹聴していればどうなるか。遠からず、国家規模の指名依頼や、本物の化け物を退治する実力級の危険な依頼が貴様らに舞い込む」
恐怖で冷や汗を流す男たちを見下ろすこともせず、ナタルは淡々と告げた。
「自分たちがついた身の丈に合わない嘘の重さに押し潰され、本物の怪物の前で絶望しながら惨死するがいい。俺の手を汚すまでもない」
ナタルの冷酷な言葉が通りに響き渡り、いちゃもんをつけていた冒険者たちは言葉を失って恐怖に怯えることしかできなかった。
「ふふ……本当に残酷なこと。でも、自業自得ね」
スターシャは楽しそうにクスクスと笑いながら、ナタルの後に続く。二人は愚者たちの悲惨な未来など意にも介さず、次なる目的地——熱気と冷気の渦巻く過酷な地へと足を向けるのだった。




