↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/58

第四話 奇妙な二人組

街に帰還したのはそれから数時間後だった。

本来であれば、迷宮の浅層であっても徘徊するスライムやゴブリンといった魔物たちが容赦なく襲いかかってくるはずの道のりだ。しかし、ナタルの隣を歩くスターシャが放つLv.250の威圧感——ハイエルフ特有の冷徹で圧倒的な気配の前に、魔物たちは陰から怯えたように見つめることしかできず、誰一人として手出しをすることができなかった。

ナタルは指先に触れたスライムの感覚と加算された身体能力を確かめつつ、静かに歩みを進める。

(なるほど……直接倒さずとも、触れた瞬間に相手の力をそのまま己の血肉にできる。スターシャの圧力で魔物が逃げ出すのは好都合だが、力を吸収する機会としては少し勿体ないな)

そんなナタルの横顔を、スターシャはチラチラと窺うように見つめていた。

「ねぇ、ナタル……本当に街に戻って大丈夫なの? あなたを追放した勇者たちのパーティーが、まだ街の拠点やギルドにいるかもしれないのよ?」

スターシャの声には、少しの懸念が混じっていた。

彼女にとってナタルという存在は、もはや理を無視した未知の怪物だ。しかし、その体質は『鑑定』を行っても変わらず「Lv.1」としか表示されない。もし元パーティーの仲間たちと鉢合わせすれば、無用のトラブルや無理解な蔑視を受けることは目に見えている。

「構わない」

ナタルは表情一つ変えずに答えた。

「今の俺に必要なのは、さらなる情報と……この世界で自由に動くための拠点だ。あいつらがどこに居ようが、俺の足を止める理由にはならない」

そうこうしているうちに、二人の視界に巨大な外壁と、冒険者たちが賑やかに行き交う街の巨大な城門が見えてきた。

「それに……」

ナタルは城門を潜り抜けながら、ふっと口元に冷ややかな笑みを浮かべた。

「あの勇者たちが俺を『足手ま coil(手かせ)』だと切り捨ててくれたおかげで、俺の覚醒が始まったんだ。せいぜい彼らには、これから始まる世界の変革を最前線で指をくわえて見ていてもらうさ」

Lv.250のハイエルフ・スターシャを連れた「Lv.1の最弱の荷物持ち」。

一見すると不釣り合いすぎる二人の帰還に、街の門番や擦れ違う冒険者たちが不審な視線を向けるなか、ナタルは新たな一歩を踏み出した。


 無事に街へと帰還した二人は、賑やかな大通りを抜けて一軒の酒場兼宿屋へと足を運んだ。

木製のテーブルを挟んで向かい合わせに座ると、スターシャは豪快に料理を注文し、湯気が立つ大きな肉料理や焼き立てのパン、スープをナタルの前に押しやった。

「ほら、遠慮しないで食べなさいよ。どうせ一銭も持ってないんでしょ?」

「……すまない、助かる」

ナタルは静かに礼を言い、スープに口を付けた。元パーティーから追放された際、所持金や荷物はすべて奪われていた。実質着の身着のままだったナタルにとって、温かい食事は胃に沁み渡るものだった。

「勘違いしないでよね。別に哀れんでるわけじゃないんだから」

スターシャは肘をつき、どこか複雑そうな眼差しでナタルを見つめる。

(能力値(ステータス)は確かに『Lv.1』のまま……。スライムの能力を吸収したとはいえ、現時点での総合的な強さなら、圧倒的に私(Lv.250)の方が上。本気で戦えば一瞬で捻り潰せるレベルなのに……)

しかし、スターシャの胸の内にあったのは優越感ではなかった。

彼の内に秘められた『概念吸収』という世界の理を揺るがす権能。そして何より、レベル1と見下され、すべてを奪われて追放されながらも、その瞳に絶望ではなく淡々とした野心と冷徹な復讐心を宿すナタルの異質さ。

(なんなのよ、この男……。ほっとけるわけがないじゃない)

400年という長い年月を生きてきたハイエルフの直感が告げていた。

いま目の前で静かにパンを噛みしめているこの男は、遠くない未来、確実に世界の頂点へと駆け上がる。そしてその途上で、彼を蔑んだ者たちや世界の理そのものを踏みにじっていくのだと。

「……ナタル。さっき『世界の頂点に行く』って言ってたけど、具体的にどうするつもりなの?」

スターシャは身を乗り出し、真剣な瞳で尋ねた。

「まずはこの街で身証(身分証明)を作り直し、ダンジョン攻略の手がかりを得る。それと……俺を捨てた元パーティーの足取りを追う」

ナタルは短く答え、手元を見つめた。

「俺の手はまだ、スライム数匹の概念しか食っていない。だが……強者と触れ合えば触れ合うほど、俺の『器』は際限なく満たされていく」

「……本当におそろしい男ね」

スターシャは溜め息をつきつつも、どこか楽しそうに口元を緩めた。

「いいわ。あなたが私を超える怪物理(モンスター)になるまで……せいぜい特等席で見物させてもらうわよ、ナタル」


 卓上に置かれた香ばしいパンへ、ナタルが何気なく手を伸ばしたその瞬間だった。

「あ、これ焼きたてだから温かいわよ」

同時に手を伸ばしてきたスターシャの指先と、ナタルの手が僅かに触れ合う。

ほんの一瞬、皮膚と皮膚が重なり合った。

ナタルは無意識のうちに息を呑み、己の内に眠る『概念吸収(システム・オーバーライド)』の反応を待った。Lv.250という常軌を逸した膨大なスペック、ハイエルフの膨大な魔力と気配遮断の概念が、雪崩のように流れ込んでくるのではないかと。

……しかし。

頭の中に不気味なシステムメッセージが響くことはなかった。

何も起きない。胸の奥で静かな沈黙だけが横たわっている。

(……発動、しない……?)

ナタルはそっと手を引き、自分の掌を見つめた。

先ほどスライムに触れた時は、問題なくその概念を吸収できた。だが、目の前にいるのは400年を生き抜き、世界の頂点の一角に君臨するLv.250の超高位存在だ。

(……そうか。スライム数匹分程度の今の俺の『器』じゃ、膨大すぎるスターシャの概念を受け止めきれないのか)

『概念吸収』は相手に触れさえすれば際限なく力を奪える絶対的な権能。しかし、それを受け止めるナタル自身の身体——「器」の容量があまりにも小さすぎれば、対象の強大すぎる概念を処理しきれず、発動条件そのものが満たされないのだ。

「……? どうしたの、ナタル? パン、食べないの?」

急に手を止めて自分の手袋を見つめ出したナタルを、スターシャが不思議そうに覗き込んでくる。

「……いや、なんでもない」

ナタルは表情を変えず、静かにパンを取り上げて口に運んだ。

(Lv.250の概念を呑み込むには、もっと多くの魔物や人間から能力を削り取り、俺自身の『器』を拡張しておく必要がある……)

目の前にいる美少女が、自分にとってどれほど遠く、巨大な存在であるかを改めて突きつけられた感覚だった。

だが、ナタルの瞳の奥にある冷徹な炎が消えることはなかった。

「スターシャ」

「ん? なに?」

「……俺がもっと強く……お前という存在を飲み込めるほどの『器』になった時、覚悟しておけよ」

「はぁ? なによそれ、変な冗談ね」

ナタルの真意を測りかねたスターシャは、くすっと呆れたように笑う。

「ふーん……まあいいわ。どうせ当分、急ぐ用事もあてもないしね」

スターシャは腕を組み、長い耳を小さく揺らしながら、ナタルの少し先を歩く背中を見つめた。

実年齢400歳という悠久の時を生きるハイエルフの彼女にとって、人間の一生など一瞬の出来事に過ぎない。数年や数十年程度の時間は、スターシャにとっては「ちょっとした暇つぶし」や「散歩」程度の感覚でしかなかった。

しかし、目の前を行く男——ナタルだけは違っていた。

レベル1のままで成長が止まっているはずなのに、触れた対象の力を底なしに吸収し、ハイエルフの秘伝魔法すら一瞬で使いこなしてみせた常識外れの怪物。

(レベル1の『器』のまま、どこまで何でも飲み込んでいく気かしら? この目で見届けるのも悪くないわね)

スターシャは面白がるような、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべると、ナタルの隣へと歩調を合わせた。

「ねえナタル、これからどこへ向かうの? 私が付き合ってあげてもいいわよ。……ほんの数年くらいなら、ただの暇つぶしみたいなものだしね」

「……好きにしろ。ただし、俺の邪魔はするなよ」

ナタルは表情ひとつ変えず、淡々と迷宮(ダンジョン)の奥へと歩みを進める。

こうして、規格外の能力を持つレベル1の元荷物持ちと、400年を生きる最強クラスのエルフ美少女による、一風変わったふたり旅が本格的に始まるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。