第三話 ナタルの目的
「……俺も長年冒険者の荷物持ちでダンジョン潜ってたからな。鑑定スキルくらいは使えるんだ」
そう口にしながら、ナタルは己の視界に浮かぶ『鑑定』の結果を思い返していた。
長年の荷物持ち生活のなかで自然と身についた独学の鑑定スキル。その網膜に映し出されていたのは、目の前に立つ少女の常軌を逸したステータスだった。
【スターシャ】
種族:ハイエルフ
年齢:400歳
レベル:250
(外見は十代後半の可憐な少女にしか見えないが……Lv.250の長命種か)
世界の最高峰と呼ばれる冒険者ですら到達できない領域の強者。そんな規格外の存在が、なぜ迷宮の浅層で自分のような「最弱の荷物持ち」を観察していたのか。
「っ!? な、なんで私の名前とレベルを……!?」
スターシャは驚愕に目を見開き、思わず一歩後ろへ退がった。
無理もない。彼女が使っていたのは高高度からの完璧な気配遮断。それをLv.1の人間が見破るどころか、真のステータスまで一瞬で見破ってきたのだ。
「俺に言わせれば、Lv.250のあんたがなんでこんな浅層で俺を見てたのかの方が謎だがな」
ナタルは淡々とした調子で尋ね返す。
「そ、それは……! あなたがスライムに触れるたびに、あり得ないスピードで動きが速くなってたからよ!」
スターシャは動揺を隠せないまま、指を突きつけた。
「あなたのステータス、鑑定しても『Lv.1』のまま微動だにしない。なのに、スライムを一撃で叩き潰す威力も、私の気配を察知した反応速度も、絶対にLv.1の領域を超えている……! あなた、一体何者なの!?」
その問いに、ナタルは自分の手元を冷ややかに見つめた。
手袋を外した皮膚には、先ほどスライムに触れた感触がかすかに残っている。
『概念吸収』——。
レベルアップという世界の理を無視し、触れた対象の身体能力・耐性・魔力を100%そのまま己の血肉として加算する常時発動型の権能。
「何者、か。俺はただの……元パーティーを追放された荷物持ちだよ」
ナタルは自嘲気味に呟いた。
「追放……? あの勇者たちのパーティーに捨てられたっていうの?」
「ああ。レベルが1から上がらない足手まといだからと、深層の入り口で荷物を奪われて放り出された」
淡々と事実だけを口にするナタルの瞳には、静かだが底知れない闇と復讐の炎が宿っていた。
「……それで、これからどうする気なの? その異常な力を手に入れて、あのパーティーに追いついて復讐でもするつもり?」
スターシャが緊張した持ち前で尋ねる。
能力を際限なく奪い尽くす怪物のような存在になった男が、世界に惨劇を巻き起こすのではないかという危惧が彼女の頭をよぎった。
しかし、ナタルから返ってきた答えは、彼女の予想とは少し異なるものだった。
「復讐……か。あいつらに分からせてやるのは当然だ。俺を捨てたことを死ぬほど後悔させてやる」
ナタルは静かに拳を握りしめた。
「だが、俺の目的はそれだけじゃない」
「それだけじゃない……?」
「俺はこの迷宮の最深部——そして、この世界の頂点へ行く」
ナタルの言葉に、スターシャの息が止まる。
「世界の頂点……? ダンジョンの最深層には、レベル1000を超える『エンシェントドラゴン』や、世界を脅かす『魔神』どもが眠っていると言われているのよ? いくらあなたが異質な力を持っているとしても……」
「関係ない」
ナタルはスターシャの言葉を遮った。
「レベル1のまま『足手まとい』だと見下され、捨てられた俺だ。経験値を得てレベルを上げるという世界のシステムから見放された俺が、その理の頂点に立つ奴らを全員踏みにじる。触れて、奪って、すべてを吸収してな」
無詠唱で放たれる魔法、無限に青天井で跳ね上がる腕力、限界突破する魔法熟練度。
ナタルの身体はすでに、世界のあらゆる概念を呑み込む「器」へと変貌を遂げていた。
「仲間を引き連れて深層へ向かった元勇者たちも、神と崇められるドラゴンも、魔王も……俺にとってはただの『素材』でしかない」
淡々と、しかし恐ろしいほどの確信を込めて言い放つナタル。
スターシャはその姿に、背筋が凍りつくような戦慄を覚えると同時に、400年の退屈な生の中で感じたことのない途方もない高揚感を覚えていた。
(この男は……世界を根底から書き換えてしまう……!)
「……スターシャと言ったな」
「っ、な、なに……?」
ナタルは一歩、スターシャの方へと踏み出した。
「Lv.250の知識と経験、そしてその強さ……。俺の目的のために、少し付き合ってもらうぞ」
最弱の『Lv.1』による、世界の理への反逆と侵略。
追放された荷物持ちの物語は、美少女エルフを巻き込みながら、本格的に動き始めるのだった。




