第三十三話 参戦
立ち塞がる数百、数千のモンスターの大軍勢を前に、ナタルは躊躇なくその真っ只中へと歩みを進めた。気配遮断を完璧にこなすスターシャの背後で、黒い手を解き放ったナタルの全身から冷たい圧力が溢れ出す。
ギチギチと顎を鳴らす巨大甲虫が鋭い鎌を振り下ろし、黒炎を噴き上げる魔獣が灼熱の息吹を放ちながら一斉に躍りかかる。だが、ナタルはその攻撃の全てを最短の動作で叩き落とし、あるいはすれ違いざまにその身体へと触れ渡っていった。
接触した瞬間、モンスターたちの命の灯火とともに、その肉体の力や特殊な概念が膨大な濁流となってナタルの『器』へと流れ込んでいく。
「ギギャッ……!?」
「ガァァァッ……!」
群れをなしていたはずの魔物たちが、ナタルに触れられた端から乾いた土塊のように崩れ落ち、次々と消滅していく。前衛を粉砕し、ナタルたちが『常闇の深淵迷宮』の中層——空間が一変し、複雑に折り重なる黒結晶の回廊へと足を踏み入れた頃には、道中に転がっていた数百の命はすべて彼の血肉へと変貌していた。
群れを蹴散らし、なおも底知れぬ強欲さを覗かせるナタルの背中を見つめながら、傍らを歩くスターシャがふっと息を漏らした。
「……ねえ、ナタル」
気配遮断を維持したまま、スターシャがどこか楽しげで、それでいて探るような眼差しをナタルに向けてくる。
「そろそろ中層に入って、敵の質も量も一段と跳ね上がってきたけれど……流石に今回は、私も少し参戦していいかしら?」
「……参戦だと?」
ナタルは足を止めず、振り返りもせずに短く問い返した。
「ええ。せっかくここまで来たんだもの、ずっと観客席で見物しているのも退屈じゃない? もちろん、あなたの『素材』を横取りするつもりはないわよ。私が適度に群れを散らして『間引き』してあげれば、あなたが本命の概念を効率よく喰らうための手助けになると思うのだけれど……どうかしら?」
Lv.250の強者としての笑みを深めるスターシャ。自身を『素材調達の邪魔』にならないよう隠蔽させられてきた彼女からの提案に、ナタルは静かに思考を巡らせた。
スターシャの打診に対し、ナタルは視線を正面に向けたまま、静かに口を開いた。
「雑魚の死体をいくら積み上げようが、俺の『器』を満たす足しにはならん。間引きの申し出自体は構わない」
ナタルは歩みを緩めることなく、黒い手を軽く握り込みながら言葉を続ける。
「——ただし、強そうなやつは残しておけ」
「強そうなやつを残す……?」
スターシャが楽しそうに首を傾げた。
「そうだ。中層の奥や階層主に近い上位種……固有の概念や特別な武技、洗練された魔力構成を持つような個体だ。そいつらは群れの露払い程度で片付けるな。直接俺に触れさせ、その能力ごと『器』へと取り込む」
ナタルの声には、一切の迷いも容赦もなかった。
膨大な敵の大軍勢を前にしてなお、彼にとってこの状況はただの効率的な「素材選別」の場に過ぎない。スターシャ(Lv.250)という未だ届かぬ圧倒的な高みに手をかけるためにも、中途半端な雑兵で時間を浪費するわけにはいかなかった。
「ふふっ、了解よ。要するに『有能な素材』だけを選り分けて、あなたの前に並べてあげればいいのね?」
スターシャは気安く微笑むと、長年にわたり洗練させてきた気配遮断を保ちつつ、軽やかな足取りでナタルの側方へと展開した。
「任せなさい。雑多な数の暴力は私が散らしてあげるわ。あなたの『器』をさらに広げるための上質な概念だけ……きっちり残しておいてあげるから」
「頼む」
短く応じたナタルの前方に、黒結晶の回廊を圧迫するほどの巨大な影——中層の精鋭である巨大な異形のアドバンスド・モンスターたちが、咆哮とともに姿を現した。
「『風刃嵐舞』——散りなさい」
気配遮断を保ったまま、スターシャの指先から放たれた無数の風の刃が、黒結晶の回廊を瞬時に埋め尽くす。前衛の雑兵どもは、叫びをあげる猶予すら与えられず、一瞬にして千々に切り刻まれて肉片へと変わり、血の霧となって霧散した。
「ふふ、これで前払いの露払いは完了よ。……さあ、お望み通りの『強そうなの』が残ったわ」
スターシャの軽やかな言葉通り、散散に吹き飛んだ雑兵たちの奥から、一対の異形が姿を現す。
中層の生態系の頂点に君臨する、全身を重厚な黒鉄の地殻鱗で覆った二頭の巨大竜——『アース・ドラゴン』。
「グオオオオオオオオッ!!!」
咆哮一閃、重力場を歪める圧力を撒き散らしながら、地竜たちがナタルへと襲いかかる。かつて最深層でナタルがその権能を貪り食い、未だトラウマに怯えながら主の座に収まっているあの同種個体たちだ。
それを見たナタルは、呆れたように低く鼻で笑った。
「アース・ドラゴンクラスが雑魚か、笑えないな」
かつては絶望的な強敵として立ちはだかり、その『大地絶対支配』や『絶対地殻結晶』を喰らうことで、己の『器』を大きく拡張させる足台となった天災級の巨竜。だが、さらに上の圧倒的な強者や、概念すら介在させない理不尽な巨体の暴力的風圧を体感してきた今のナタルにとって、中層で群れるアース・ドラゴンなど、もはや『選り取り見取りの素材』にすらなり得ない。
「グラアッ!」
襲い来るアース・ドラゴンの爪撃に対し、ナタルは手袋を外した右手一枚で正面から受け止めた。
【概念吸収が発動しました】
【アース・ドラゴンの『地脈共鳴・極』を複製・加算しました】
「……チッ、同種の概念はほとんど重複して足し増しにもならん。時間を無駄にしたか」
ナタルは冷淡に言い放つと、握り潰すように腕をひねり、巨竜の巨躯を回廊の壁面へと叩きつけた。
「スターシャ! 雑兵の選別基準を上げろ! この程度の『素材』では、俺の『器』の隙間すら埋まらん!」
一蹴される地竜の姿とナタルの圧倒的な怒声に、スターシャはクスリと笑いを漏らした。
ナタルたちが目指すのは、さらに深き闇——常闇の深淵迷宮の最深部。彼らの渇望を満たす『本物の理不尽』は、まだこの先で蠢いている。




