第二十六話 高次元の存在
「さて、これから俺が知ってることを話すとするか……」
地下室の中央で、魔神はおもむろに口を開いた。……しかし、二言目を口にしようとしたところで、ピタリと動きを止める。
自分の胸元や手首に視線を落とし、ハッと息を呑んだ魔神は、顔を引きつらせながら額を押さえた。
「……あ。しまった。思考と喋り方を『女性』に切り替えるの忘れてたわ。せっかく身体を女の姿に変えた(エラー利用した)のに、中身が男のノリのままじゃ台無しじゃないの」
魔神はコホンとひとつ咳払いをすると、瞬時に喉のコードを調整し、艶やかな低音の女性声へと切り替えた。
「……失礼。改めまして、と。せっかく同居人になるんだから、いつまでも『魔神』なんて物騒な肩書で呼ばれるのも不便でしょう? 仮の名前くらい名乗っておくわね」
彼女はフッと妖しく微笑むと、胸に手を当てて優雅にお辞儀をしてみせた。
「私のことは……そうね、『ヴァルネ』とでも呼びなさいな。古代コードの端切れから取った、ただの仮名だけど」
「ヴァルネ……ね。まあ、魔神と呼ぶよりは人前で都合が良いかしら」
未だに怪しげな視線を崩さないスターシャに対し、ヴァルネ(魔神)はくすくすと余裕の笑みを浮かべる。
「ええ、お姉さん。これからは可憐な協力者『ヴァルネ』として、ナタルの役に立ってみせるわ。……で、本題に戻るけれど」
ヴァルネは一転して真剣な眼差しになり、ナタルをじっと見つめた。
「あなたがぶっ潰したエンシェントドラゴンは、単なる強大な魔物じゃない。高次元の管理者が設置した『メイン・セキュリティコア』よ。……それを取り込んだあなたのせいで、世界の基幹システムには今、過去最大の異常アラート(エラー)が鳴り響いているはずだわ」
ヴァルネは一呼吸置き、身体のバランスを崩さないよう指先で壁を叩きながら話を続けた。
「いい? この箱庭世界には、管理者が決めた明確なルール……『レベル上限』と『領域制限』がある。人がLv.150以上に上がらないようプログラムされているのは、ただの制約じゃない。その数値を越えた存在を『異物』として自動的に検知・デバッグ(消去)するための網なのよ」
彼女は妖しく微笑み、ナタルの胸元を指差した。
「でも、あなたは『Lv.1固定』のまま概念を直接書き換えて強くなっている。レベルという枠組みの上に乗っていないから、システムの『異常レベル検知アラート』を完全にかいくぐっている……これ、管理者からすれば一番厄介で恐ろしいバグなのよね」
「……それが、エンシェントドラゴンを壊された管理者の今の状況か」
ナタルが冷ややかに応じると、ヴァルネは「その通り」と頷いた。
「メイン・セキュリティコア(エンシェントドラゴン)が落とされたことで、あいつらはついに『システム内部に重大なエラーが存在する』と確信したわ。ただ、あなたの能力が特殊すぎて、まだ『どこにエラーが存在するのか』までは特定できていないはずよ」
ヴァルネは髪をかき上げ、スターシャとナタルの顔を交互に見つめる。
「だから管理者が次に取ってくる手は一つ。特定できないなら『領域ごと一括削除(全体フォーマット)』するか、あるいは……直接システムコードを書き換えに降臨する『管理者直属の特攻デバッガー』を解き放つかよ」
「全体フォーマット……ですって!?」
スターシャが息を呑む。この世界で400年を生きてきた彼女にとっても、それは世界の存続すら揺るがす恐ろしい危機だった。
「ええ。だけど安心しなさいな。この私……ヴァルネがここにいるじゃない。何百年も管理者のデバッグをかわし続けてきた生き知恵と、バグの擬態術(エラーコード利用)をたっぷりナタルに教えてあげるわ」
ヴァルネは胸を張り、自信満々に笑ってみせた。
「……ちょっと待て」
自信満々に講釈を垂れていたヴァルネの言葉を遮り、ナタルが冷たい視線を向けた。
「お前の言っている『領域制限』の前提が狂っている。レベルの上限は150などではない。人類でも鍛錬次第でLv.200から300に達する『英雄級』が存在する。現にそこにいるスターシャはLv.250だ」
「えっ……あ、あれ? そうだったかしら……?」
ナタルに指摘され、ヴァルネは一瞬言葉を詰まらせた。
彼女は指先で顎を突き、自分の頭の中に記憶されているエラーデータ(コード)を慌てて手繰り寄せる。
「あ、ああーっ! ごめんなさい、コードの解釈を間違えてたわ! そうだったわね、通常レベルの上限はそこじゃないわ! 150が上限なのは……『魔法レベル(熟練度)』の方よ!」
ヴァルネは恥ずかしそうに頬を掻きながら、バツの悪そうな顔で言い直した。
「高次元の管理者が一番恐れたのは、世界やシステムそのものを直接書き換えてしまう『概念干渉(魔法)』の突出なの。だから、腕力や身体能力のレベル(通常Lv)は200〜300の英雄級まで育つ余地を残しておきながら、魔法レベルだけは歴史上どんな大賢者であっても『Lv.150(最高位魔法)』で絶対に成長がストップするように強力なキャップ(プロテクト)をかけていたのよ!」
「魔法レベルの上限が150……。だからどれほど強力な魔導師であっても、管理者のシステムそのものを打ち破る魔法には届かなかったわけね」
スターシャが納得したように頷く。
「そう! なのにナタル……あなたはレベル1固定のまま、自分自身の『魔法レベル』だけを例外的に限界突破させて、Lv.151、Lv.200と独立して無限上昇させている! 管理者の敷いた絶対不可侵の『Lv.150の壁』をただ一人食い破っているからこそ、あなたはシステムにとって最大級のエラーなのよ!」
照れ隠しのように勢いよく言い切ったヴァルネは、「ふぅ、言い直せて良かったわ」と胸を撫で下ろした。




