第十四話 ヒモ脱出?
古代水没迷宮の中層に鎮座していた『リヴァイアサン』との死闘を制し、ナタルたちは地上へと無事帰還を果たしていた。
潮風が心地よく吹き抜ける港町の賑やかな大通り。波打ち際に立ち並ぶ酒場の灯りが水面に揺れる夜、二人は海を臨むテラス席のある高給酒場へと足を運んでいた。
テーブルの上に次々と運ばれてくるのは、地元の新鮮な魚介を使った豪華な料理の数々だ。
「はー、生き返るわね! 迷宮の湿気と寒気から解放されて食べる温かい料理は最高だわ!」
スターシャは上機嫌に果実酒のグラスを傾け、豪快に料理へ手を伸ばす。
対照的に、ナタルは静かにフォークを動かしながら、心の中で冷静に計算を弾いていた。
(リヴァイアサンの『水の支配権』を喰らい、概念の『器』はさらに広がった……だが)
ナタルの視線は、皿の上の料理から、向かいで美味そうに料理を口に運ぶハイエルフの少女へと向けられる。
着替えの衣類、質の良いポーション、非常食、バックパック。そして今夜の宿代と、この豪華な夕食。ここまでの旅費の全てを、彼女が当然のように立て替えてくれていた。
追放された際、所持金も装備も全て奪われて着の身着のままだったナタルにとって、最初の支援は不可欠だった。しかし、強者たちの概念を喰らい続け、着実に世界の理を上書きしつつある今、いつまでも彼女の金に頼り続ける現状には、どこかくすぐったいような微かな引っかかりを覚えていた。
そろそろ、スターシャに金を立て替えてもらうのも気が引けてくる。
(能力や権能をいくら複製・獲得したところで、この世界の流通通貨そのものが懐から湧いて出るわけではない……。これ以上、彼女の財布に甘え続けるのは俺のプライドが許さん)
ナタルの表情の変化を敏ざとく察したのか、スターシャが不敵な笑みを浮かべて首をかしげた。
「なに? ナタル。急にしんみりした顔しちゃって。料理が口に合わなかった?」
「……いや、料理は美味い。そうではない」
ナタルは静かにフォークを置くと、スターシャを直視した。
「スターシャ。宿代に食事代、装備の準備代まで……これまでお前に立て替えさせた金は、近いうちに全て倍にして返す」
「……は?」
スターシャは一瞬ポカンと口を開けたが、すぐに思い当たったようにクスクスと笑い出した。
「なによそれ! 急にそんなこと気にしてたの? たかが人間数人分の一泊や二泊の旅費なんて、400年生きてる私にとっては誤差みたいなものよ? 別に返してくれなんて言ってないじゃない」
「お前が言わなくても、俺の問題だ」
ナタルは低く落とした声で、静かに言葉を続けた。
「俺は世界の理を踏みにじり、頂点へ立つ者だ。……いつまでも一人のハイエルフに飯を奢られ、世話になっ放しのままでは格好がつかない」
「あはは! 言うようになったじゃない!」
スターシャは楽しそうにテーブルを叩いた。
「いいわよ、そこまで言うならきっちり回収させてもらうわ。でも、どうやって稼ぐつもり? あなたのステータスは相変わらず『Lv.1』の表示のままだし、ギルドでまともな高額依頼を受けるには身分証明やランクが必要になるわよ?」
「問題ない」
ナタルは漆黒の手袋をはめ直した手を軽く握りしめた。
「リヴァイアサンから奪った素材や、ダンジョンの深層でしか手に入らない希少な魔導物質……それらをギルドを通さず闇の買取商に持ち込むか、あるいは直接換金すれば一瞬で終わる。それに……」
ナタルの瞳に、冷たい嘲笑の色が宿る。
「俺を切り捨てた元仲間どもが浅層で地道に依頼をこなして稼いでいる金など、一瞬で置き去りにしてやるさ」
「ふふ、頼もしいことね。じゃあ、明日はまずその『素材』の換金と、あなたの身証作りから始めましょうか」
スターシャはグラスを掲げ、ナタルに向かって悪戯っぽくウィンクしてみせた。
「期待してるわよ、私の『未来のパトロン』さん?」




