第十三話 リヴァイアサン戦
水没迷宮の中層、暗澹たる広がりを見せる巨大な地下海『アンダーシー』。その巨体は、一目見ただけで絶望を植え付けるに十分な質量と威圧感を放っていた。
水面を切り裂き現れたのは、水と氷の支配権を司る天災級の巨獣『リヴァイアサン』。全身を蒼銀の硬質鱗で覆った竜の如き躯躯は100メートルを優に超え、その瞳には知性と苛烈な殺意が宿っていた。
ナタルは浅瀬に立ち、無防備にその巨獣と相対する。後方では気配を完全に遮断したスターシャが、緊張感をも含んだ瞳で静かに戦局を見つめていた。
リヴァイアサンが巨大な顎を開くと、地下海全体の水流が咆哮とともにうねり始めた。直後、圧縮された超高圧の水流ブレス——『海神の断罪』が音速を超えて撃ち出される。水圧だけで山をも削り取る壊滅的な奔流。
だが、ナタルは退かない。アビスギルマンから複製した『水中機動』と、かつてアース・ドラゴンから喰らった『怪力乱神』の重力干渉を足元に集中させ、爆発的な推進力で垂直に跳躍。水流ブレスの直撃を最小限の動作で回避すると、空中で『飛翔・風圧制御』を展開し、まっすぐ巨獣の頭部へと滑空した。
「……調子に乗るなよ、巨獣」
ナタルが空中で腕を振ると、リヴァイアサンは俊敏に尾を薙ぎ払う。巨大な尾が空気を裂く音とともにナタルの前腕と激突した。
ズゴォォォンッ!!
激しい衝撃波が地下海の空間を揺らす。アーマービートルの『外殻硬度』とアース・ドラゴンの『龍鱗絶対防御』を体現したナタルの腕は、巨獣の一撃を正面から受け止めてみせた。そしてそのまま、巨尾の鱗に直接指先を力強く突き立てる。
【概念吸収が発動しました】
【リヴァイアサンの『水流絶対支配』『水圧無効』『絶対零度領域』を複製・加算しました】
瞬間、ナタルの体内を世界を凍てつかせるほどの冷気と、莫大な「水の概念」が駆け巡る。相手から能力を削ぎ落とすわけではない。リヴァイアサンは一切の弱体化を起こすことなく、むしろプライドを傷つけられた激昂から全魔力を解放した。
「グルオオオオオオオッ!!」
リヴァイアサンが雄叫びを上げると、地下海全体の水が急速に凍結し始めた。空間そのものを絶対零度で閉ざす特有の領域展開。ナタルの身体も一瞬で超硬度の氷塊へと閉じ込められていく。
「……なるほど。これが『絶対零度領域』か」
氷の中でナタルの瞳が冷たく光る。直前に複製・加算した『氷絶対耐性』と『凍結無効』、そして今得たばかりの『水流絶対支配』が互いに噛み合い、莫大な魔力として体内で最適化されていく。
パキィンッ!
氷の領域を内側から容易く砕き割ったナタルは、氷片を散らしながらリヴァイアサンの頭上へと降り立った。概念を奪われていないリヴァイアサンは、なおもその巨体と猛威を振るい、頭部から無数の氷の棘を突き出そうとする。
だが、ナタルはその巨大な頭蓋へ静かに両手を置いた。
【概念吸収——重複加算】
【リヴァイアサンの『水神の加護』『海竜の生命力』『極超音速水中突進』を複製・加算しました】
「ガ……ァ……!?」
二重に概念をコピーされ、己の持つすべての「理」を100%持ったまま完璧に模倣・再現されたことを察知したのか、巨獣の瞳に初めての慄きが走る。
ナタルは複製した『水神の加護』と『怪力乱神』を腕力へと集中させた。握りしめた拳に極小の超高圧水流と重力波を纏わせ、巨獣の頭蓋へ向けて一直線に叩きつける。
ドゴォォォォンッ!!
地下海全体が鳴動するほどの打撃音。リヴァイアサンの巨体は莫大な衝撃に耐えかね、水面を大きく叩き割って地下海の底へと沈み込んでいった。
静寂が戻った水面の上に、ナタルは滑るように着地する。
後方で一部始終を見ていたスターシャが、深いため息とともに歩み寄ってきた。
「……相手の力を一切弱めないまま、完全にその上を行くなんてね。天災と呼ばれるリヴァイアサンの水と氷の概念を、あっさり自分の血肉にしちゃうなんて……もう呆れるのを通り越して怖いわ」
ナタルは静かに手袋をはめ直し、己の体内で渦巻く莫大な『水の絶対支配』の感覚を確かめた。




